女王討伐 後編
窪地に近づくにつれ、小鬼の数が増えてくる。
どこかしらからあふれ出ているようだったが、幸い、隠し通路の方に小鬼の影はなかった。
低い通路に入った瞬間、小鬼たちのざわめきがうるさいくらいに反響していた。
そっと中を覗くと、いるわいるわ、数時間前とは比べ物にならないほどに増えていた。
「一体、なんだってこんな早く……」
見ると中央に鎮座する女王が、無数の肉袋を吐き出している。
床に打ち付けられた肉袋が裂け、中から次々と小鬼が這い出していた。
「やれやれ……見れたもんじゃねぇな」
俺はそのまま中央へ飛び降りた。
女王の前に着地すると周囲の小鬼たちが一斉に俺を見る。
『『ギャッ!!?』』
『ギャギャギャッ! ギャギャァッ!!』
女王の脇を固めていたゴブリンメイジが俺に杖を向ける。
『――ギャギャガギャ!』
杖から火球が放たれる。
俺は魔術杖を手に取り、火球に向けた。
「よっと」
ふっと吹き消したように火球が消える。
『ギャ……ギャッ⁉』
ゴブリンメイジたちが狼狽えている。
何が起きたのか理解できないようだ。
「お前たちの魔術は、原初に近い。その分、こんな単純な魔術でも強さはあるが……」
『ガギャギャッ!!』『ギャーガギャッ!!』
他のゴブリンメイジも火球を放ってきた。
「よっ、ほいっ」
俺は同じように打ち消した。
「簡単に相殺できる――」
『ギギャアアアアァァァァ――――!!!』
女王が凄まじい叫び声をあげる。場の空気が震えた。
そして、ゴブリンメイジを雑に掴むと、そのまま喰い殺した。
『ニ……ニンゲン……コロス……!』
俺は周囲を見回した。
一触即発、四方に数えきれないほどの小鬼が蠢いている。
俺は魔術杖を手に、ぽんぽんと手のひらで受け止めながら言った。
「いい状況だ」
『『ギャギャギャッ! ギャーギャァッ!!』』
小鬼たちが飛び跳ね、地鳴りのような音が響く。
「魔術というのは面白くてな……」
俺は女王に近づき、その巨体を見上げた。
『ニンゲン……クウ……』
女王は俺に手を伸ばそうとする。
「圧倒的な魔力量の差があれば、こういうこともできる」
俺の足元に多重魔法陣が構成されていく。
『――即死』
何も、起きなかった。
音が消える。
風も、呼吸も、すべてが止まったような静寂。
そして――。
ドサリ、ドサリと。
命という熱を失った肉の塊たちが、崩れ落ちていった。
* * *
――白い光に満ちた神殿の一室。
机の上を指先でトントンと叩くモロス。
「ラケシスよ、これはどういうことかね?」
「あ……えっと……そのぉ……」
水鏡に映し出されているのは、あのウェイトリー・ブラムスが『即死』魔術を使ったところだった。
「この世界に『即死』魔術は存在しないはずだが?」
「な、なんででしょうねぇ……あは、あははは」
「笑い事ではない」
威厳に満ちた表情に、ラケシスは顔を青くした。
「ひぃっ⁉ も、申し訳ございませんっ! 彼の者は魂の安定を確認後、本人同意の上、転移を行い……」
「恩恵は?」
「あ、与えておりません! 魔術格納の中もすべて回収しました! 最低限の装備のみです!」
「魔術の確認は?」
「そ、それは……」
ラケシスは目を反らした。
「……たかが人間と舐めていたな?」
「た、魂に気を取られ……申し訳ございません! 確認を怠りました!」
モロスはため息をつく。
「世界の均衡を揺るがすようであれば介入が必要だ。監視して随時報告しろ」
「は、はいっ!」
モロスはふたたび水鏡へ視線を移した。
「しかし……面白い人間を送り込んだものだ」
「はい?」
「――いってよし」
「失礼しましたっ!」
ラケシスは逃げるように部屋を出た。
「はぁ……。怖そうな人だと思ったけど、まさかあんなに強かったなんて……とほほ」
がっくりと肩を落としたまま、ラケシスは下界を監視する準備を始めた。
* * *
『ギ……ニ、ニンゲン……ナニヲ……シタ!!?』
ただ一体、残された女王が狼狽する。
「さすがに上位種には効かねぇか」
フンと鼻を鳴らし、俺は魔術杖を女王に向ける。
「じゃあな、女王さま――」
魔術杖の先端に、魔力粒子が渦を巻いた。
『暗葬閃』
音もなく黒い閃光が走った。
『……?』
女王が大穴の開いた自分の腹部を不思議そうに見下ろした。
そして、そのまま俯くようにして力尽きた。




