最高のチーズと最高のエール
ファルデンギルド近くの酒場で皆が集まっていた。
「諸君、本当に良く頑張ってくれた……! 皆のお陰でこうしてまた酒が飲める。本当にありがとう! ウェイトリー、一言頼む」
ゴルダに背中を押され、俺は仕方なく前に出た。
「あー、なんていうか、今回の成功は、各々が自分の仕事をこなしてくれたからだ。特に波を食い止めた新人たちは誇っていいと思うぞ」
「ほとんど儂がやったがの」
ルーファスが茶々を入れる。
皆が笑った。
「まあ、反省会は各自でやってくれ。俺は一秒でもはやく、このチーズとエールを楽しみたいんだ」
「賛成!」とヒューゴ。
俺はジョッキを掲げた。
「では――ファルデンに!」
「「ファルデンに!」」
乾杯を済ませ、席に着くと俺はゴルダが用意した最高のチーズと最高のエールを前にした。
「これが……」
生唾を飲み込む。
「まずはそのまま試すのがいいじゃろう」
ルーファス師匠がニヤッと笑う。
俺は静かにチーズを一欠け、口に運んだ。
「⁉」
「ほっほっほ、顔を見ればわかるの」
まるでクリームのような滑らかさと濃厚な風味……。
程よい酸味の残るうちに、エールを流し込んだ。
「くっ……!」
た、たまらん……!
本当にチーズなのか? 次元が違うぞ……!
「ほれ、何か忘れとらんか?」
「……忘れてませんよ、これですよね?」
俺は魔術格納から香辛料を取り出した。
「ほっほ、どれ、儂のにも頼む」
俺はルーファスのチーズに香辛料をかけた。
ルーファスは迷わず口に入れる。
「かぁ~! これじゃこれ、働いた甲斐があるというものよ!」
自分のチーズにもかけ、急ぎ口へ放り込む。
「んん! これはまた別物ですね!」
「エールが進むわい」
ふと、視線を感じる。
見ると、ヒューゴやリズたちが俺たちのチーズを羨ましそうに見つめていた。
「……食ってみるか?」
「いいんすかっ⁉」
「やったぁ!」
俺はヒューゴに香辛料の小瓶を渡した。
「全員にかけてやれ」
「はい! えっと、少量をチーズの上に、ですよね」
「そう。それからエールを一口」
ヒューゴが一人ひとりのチーズに丁寧にかけていく。
「私のにもお願いします!」とミア。
「ゴルダさんも?」
「……頼む」
珍しくゴルダが素直に頷いた。
全員に行き渡ったのを確認して、俺は言った。
「じゃあ、一緒に」
各々がチーズを口に運ぶ。
「「「……っ⁉」」」
「う、うまっ⁉」
ヒューゴが目を見開いた。
「なんですかこれ……!」
リズが両手で口を押さえている。
「エール、エール!」
ハリーが慌ててジョッキを傾けた。
「か、かぁ~!」
「すごい、チーズがこんなに変わるなんて……!」
ノエレが自分の分を口に入れた途端、固まった。
「……師匠、これ反則じゃないですか」
「ほっほっほ、だから言ったじゃろうが」
ルーファスが得意げに鼻を鳴らした。
しばらく、テーブルに言葉はなかった。
皆が黙って、チーズとエールに集中していた。
「ウェイトリーさん」
リズがおずおずと声をかけてきた。
「この香辛料、どこで手に入れたんですか?」
「ある錬金術師にもらった」
俺はルーファスに目をやった。
「……ノエレが育てた薬草畑の端に生えとったやつじゃ」
「え、そうなんですか⁉」とノエレが驚く。
「気づかんかったか。まったく、見習いとはいえ情けない」
「だって師匠が教えてくれないから……!」
また始まった。
俺は苦笑しながらエールを一口飲んだ。
ゴルダがそっと隣に座った。
「……約束通り、最高のものを用意できたか?」
「十分すぎるくらいだ」
「そうか」
ゴルダは自分のジョッキを静かに傾けた。
「正直に言う。今回、お前がいなければ終わっていた」
「いや、俺がいなくてもルーファス師匠が」
「儂だけでは無理じゃな」
ルーファスが珍しく真顔で言った。
「千を超える群れ、時間をかけて倒すことは可能じゃろう。しかし、街を守りながらとなると話は別よ」
「……そうですか」
「素直に礼を受け取れ、この朴念仁が」
笑いが起きた。
「ウェイトリーさん!」
ヒューゴが立ち上がった。
「俺たち、もっと強くなります。次に会う時には……ちゃんと、力になれるように」
リズとハリーも頷いていた。
「ああ」
俺はジョッキを持ち上げた。
「楽しみにしてるよ」
ヒューゴがぱっと顔を輝かせた。
やがて夜も更け、皆が三々五々帰っていく。
最後に残ったのは俺とルーファスとノエレだった。
「でも、めんどくさがりの師匠が手伝うなんて思わなかったですよ、見直しました!」
「まったく、儂をなんだと思っとるんじゃお前は……」
ルーファスはそっぽを向きながら、しかしどこか満足そうだった。
「ウェイトリーよ」
「はい」
「次はどこへ行く?」
「まだ決めてません。のんびり決めます」
「そうか」
少し間があった。
「どこかで遊戯盤を見かけたら……相手をしてやれ。強い相手を求めている奴は、どこにでもおるからの」
俺はルーファスの顔を見た。
遊戯盤の話をしているのか、そうでないのか、判断がつかなかった。
「……覚えておきます」
三人で外に出ると、夜空に星が広がっていた。
「うわあ……きれいですねぇ」
ノエレが空を見上げた。
「田舎はこれがいいんじゃよ」とルーファス。
俺もしばらく、空を見上げた。
リスボルンの魚と白ワイン、そしてこのファルデンのチーズとエール。
悪くない旅だな。
「では、俺はそろそろ」
「うむ。達者でな」
「ウェイトリーさん、またいつか!」
宿に戻り、チスパに草をやる。
チスパは黙って食んでいた。
宿の部屋に戻り、手帳を開く。
ペンを手に取って、少し考えてから書いた。
――ファルデンのチーズは本物だった。エールも。
書いてから、もう一行。
――また来よう。
手帳を閉じようとしてページを戻り、最初の一行を見返す。
――リスボルンに着いた。魚がうまい。
我ながら子供みたいだな、と思った。
でも、悪くない。
あの地下牢で何千回も同じ天井を見上げていた俺が、今は見知らぬ街の宿で手帳を開いている。
書くことがある。
また来たいと思う場所がある。
行きたい場所にいける。
たった、それだけのことだが、それだけで俺は十分満足だった。
手帳を閉じて、ベッドに倒れ込む。
次はどこへ行くか。
それは明日、チスパと一緒に決めるとしよう。
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