異世界で夜は踊り子。依頼があれば暗殺も請け負う可愛い男の娘の小説を書いて下さい!
夜の帳が落ちると、その街は別の顔を見せる。
石畳の路地に灯るランタンの光が揺れ、酒場から漏れる笑い声と音楽が混ざり合う中――その一角にある小さな劇場「月影亭」で、一人の踊り子が舞台へと現れた。
銀糸のような髪を揺らし、淡い装束に身を包んだその人物は、息を呑むほどに美しかった。観客の誰もが「少女だ」と思うほどに、儚く、可憐で、そして危うい魅力を放っている。
だが彼は少女ではない。
可愛い男の娘――リュシアン。
昼はどこにでもいる旅芸人の一員。夜は月影亭の看板踊り子。そして、裏の顔はもう一つ。
「依頼が来てるぞ、リュシアン」
舞台裏で声をかけたのは、劇団の支配人を名乗る男だった。手渡されたのは封蝋で閉じられた一通の手紙。封には貴族の紋章。
リュシアンはそれを一瞥し、舞台衣装のまま軽く指先で封を切った。
『対象:北区貴族街・第三邸宅の主』
短い依頼文。報酬は破格。
「……また“静かな仕事”か」
ため息混じりに呟くと、彼は鏡の前に立ち、舞台用の化粧をわずかに整えた。踊り子としての顔はそのままに、瞳だけがわずかに冷たくなる。
その夜の舞台は、いつも以上に熱狂的だった。
リュシアンが舞うたびに、観客は息を呑み、誰もが視線を奪われる。指先ひとつの動きで空気が変わる。そこには“芸術”と呼ぶにはあまりにも鋭い何かがあった。
そして終幕。
拍手喝采の中、彼は静かに舞台袖へ消えた。
――夜の本当の幕開けだ。
***
貴族街は静かだった。月光が白く石造りの屋敷を照らし、警備兵の足音だけが一定のリズムで響く。
リュシアンは影のように屋根を渡る。踊り子の柔らかな動きは、そのまま暗殺者の歩法になる。風に溶けるように、彼は一切の気配を残さない。
「……あの屋敷か」
目標の窓に、わずかな灯り。
彼はそっと侵入した。鍵は不要だった。扉の構造、警備の癖、逃走経路――すべては依頼前に“舞台の下準備”として把握済みだ。
室内には一人。
貴族の主は書類に目を通していた。その背後に、影が落ちるまで気づかない。
「――誰だ」
振り向いた瞬間、彼の言葉は途切れた。
リュシアンの指先には、小さな刃。舞台衣装の装飾に紛れた、踊り子には似つかわしくない銀の凶器。
しかし、その動きは驚くほど静かで、美しかった。
「踊りは終わりです」
それだけ告げると、彼は一瞬で距離を詰める。
苦痛の声は、ほとんど漏れなかった。
仕事は数秒で終わる。
***
夜明け前。
リュシアンは再び月影亭の舞台裏に戻っていた。衣装についたわずかな血の跡は、踊りの汗と同じように丁寧に拭い取られる。
鏡の中には、何事もなかったような可憐な踊り子。
「次は……どんな曲がいいかな」
そう呟き、彼は小さく笑った。
夜の舞台は、まだ終わらない。
そしてこの街は今日も知らない。
月の下で踊るその男の娘が、どれほど静かに、そして美しく――闇を歩いているのかを。




