真の正体を隠してのどかな田舎で余生を過ごす森蘭丸は実は男の娘だった小説を書いて下さい!
戦国の喧騒が遠い昔のものとなった時代。
かつて主君に最も近く仕え、その最期の瞬間に名を刻んだ少年がいた。
森蘭丸——その名は歴史書の中では、忠義と美しさを象徴する存在として語られている。
だが、それはあくまで「表の記録」にすぎなかった。
本能寺の変の混乱の中、彼は確かに死んだとされた。
しかし実際には、その名を捨て、姿を変え、まったく別の人生へと逃れていた。
そして今。
山あいの小さな村に、「凛」と名乗る一人の娘が暮らしている。
肩で揺れる黒髪、少し高い位置で結ばれた髪紐、静かな物腰。
村の誰もが、ただの“行儀の良い娘”としか思っていない。
畑を手伝い、子どもたちに文字を教え、雨の日は縁側で本を読む。
そんな穏やかな日々の中で、凛はただひとつだけ徹底していた。
「過去を、語らないこと」
それでも、ときどき。
風が強い夜になると、彼女——いや彼は、無意識に姿勢を正してしまう。
まるで、誰かの命令を待つように。
ある日、村に旅の武士が立ち寄った。
彼は凛の姿を見るなり、言葉を失う。
「……蘭丸殿に、似ている」
凛は一瞬だけ目を細めたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「人違いですよ。私はただの村人です」
その声は、驚くほど落ち着いていた。
しかし武士は去り際に、小さく呟く。
「もしや生きておられるのか……あの“森蘭丸”が」
その夜。
凛は一人、川辺に立っていた。
水面に映る顔は、確かに美しい少女のそれだった。
けれど、その瞳の奥には、かつて戦場で主君の背を見つめ続けた少年の影がある。
「もう、戦はない」
そう呟く声は、どこか自分に言い聞かせるようだった。
風が揺れる。
草が鳴る。
そして静かに、もう一つの記憶が蘇る。
血と炎の中で交わされた最後の命令。
「生きよ」
それだけだった。
翌朝、村の子どもが尋ねる。
「凛お姉ちゃんって、昔はどこにいたの?」
凛は少しだけ目を伏せ、そして笑った。
「遠いところよ。とても、騒がしくて……でも、もう終わった場所」
その笑みは、優しくもあり、どこか寂しさを含んでいた。
誰も知らない。
この穏やかな村で微笑む少女が、かつて戦国の炎の中心で生きた「小姓」だったことを。
そしてさらに誰も知らない。
その正体が、“男の娘”として生まれながら、戦の中で自分さえも置き去りにしてきた存在だということを。
ただ一人、凛だけが知っている。
この静けさこそが、かつて何よりも遠かった「理想の戦なき世界」だということを。




