主人公の可愛い男の娘がある日突然億万長者になる小説を書いて下さい!
朝はいつもと同じだった。
駅までの道。少し冷たい風。スマホの通知。変わらない日常。
主人公の少年——いや、見た目だけなら「可愛い男の娘」と言われることにまだ慣れきっていない彼は、コンビニのパンを片手に学校へ向かっていた。
名前は綾瀬ユウ。
制服のリボンを結び直しながら、彼はぼんやり考える。
(今日も普通の日だろうな……)
その“普通”は、あっさり崩れた。
昼休み。教室の隅でスマホを開いた瞬間、画面に表示されたのは銀行アプリの通知だった。
「入金のお知らせ:¥1,000,000,000」
一瞬、意味がわからなかった。
「……いち、じゅう、ひゃく……え?」
数字を数え直す。桁が多すぎる。バグか、詐欺か、夢か。
手が少し震える。
そのとき、もう一件通知が入った。
『ご当選おめでとうございます。遺産相続手続きが完了しました』
差出人は、まったく知らない海外の法律事務所の名前だった。
「遺産……?」
放課後、ユウは半ば放心状態で帰路についた。
しかし帰宅してからも状況は変わらない。むしろ現実味を増していく。
玄関には見知らぬ封筒。
中には丁寧に書かれた英文と、日本語訳の書類。
そこにはこう書かれていた。
——遠縁の親族が海外で亡くなり、唯一の法定相続人として全資産を相続した、と。
資産総額、数十億円。
「いやいやいやいや……」
思わず声が出る。
さっきまでの自分の生活と、あまりにもかけ離れている。
しかし翌日には、事態はさらに現実へと踏み込んでくる。
弁護士、銀行、資産管理会社の担当者。
次々と現れる「現実的な大人たち」が、淡々と説明を始める。
「すでに資産移管は完了しています」 「今後は専属の資産管理チームがつきます」 「必要であれば生活のサポートも」
ユウはただ、椅子に座ったまま瞬きをするしかなかった。
「……僕、昨日まで普通の学生だったんですけど」
担当者は一瞬だけ困ったように笑ってから、事務的に頷いた。
「はい。ですが今日からは、資産保有者です」
その言葉が、妙に現実的だった。
——こうして彼は、ある日突然億万長者になった。
最初に変わったのは、周囲の“距離”だった。
制服は変わらない。話し方も変わらない。
それでも、視線の種類だけが変わる。
「え、あの子ってお金持ちなの?」 「なんか別世界の人になったよね」
ユウはそれを、どこか遠くで聞いているような気分だった。
だが、本人の実感はずっと曖昧だ。
資産運用の説明を受けてもピンと来ないし、高級マンションの鍵を渡されても「ここ本当に住んでいいの?」としか思えない。
ただひとつ変わったのは、時間の使い方だった。
バイトも必要ない。
奨学金の心配もない。
将来の不安も、紙の上では消えている。
「自由って、逆に何すればいいんだろうな……」
ある日、そんな独り言をこぼしたとき、担当の女性が少しだけ柔らかい声で言った。
「それを決めるのも、あなたの自由ですよ」
その言葉が、なぜかずっと残った。
数週間後。
ユウは学校帰りに、いつもより遠回りをして公園にいた。
ベンチに座り、缶ジュースを開ける。
昔と同じ味なのに、世界だけが違う。
ふと、スマホが鳴った。
「投資でさらに資産が増えています」
画面の数字は、もう感覚を失っていた。
増えていることすら、どうでもよくなりかけている。
そのとき、ユウはようやく気づく。
(お金って、増えるほど“現実感”が薄くなるんだな)
空を見上げる。夕方のオレンジ色。
昨日までの自分と、今日の自分。
何も変わっていないようで、全部変わってしまった。
それでも彼は、少しだけ笑った。
「……とりあえず、明日はラーメン食べに行こ」
億万長者の最初の使い道は、驚くほど地味なものだった。
だが、それでよかったのかもしれない。




