第99話 クレモアの再登場
3日目の朝は、砲声から始まった。
夜明けを待たずに撃ってきた。前の2日と違うやり方だった。暗いうちに距離を詰めて、城壁が見え始めた頃に撃ち込んできた。ガリンが昨夜補強した第2区画の外壁に、夜明け前に最初の着弾があった。
ナナが城壁に上がった時には、グリムとドーガがすでに部隊を動かしていた。昨日と同じ配置ではなかった。砲の位置が変わっていた。前の2日は正面から展開していたのが、今日は左右に分かれていた。
「変えてきた」とグリムが言った。
「はい。昨日までの対処が読まれています」
「エリスは動けるか?」
「左右に分かれているなら、どちらかに集中する必要があります。今日はまず左を狙います」
グリムが頷いて降りていった。
午前の攻防は昨日より激しかった。
砲が2方向から同時に撃ってきた。エリスが左の砲に集中している間、右からの砲弾をセルマの風だけでは捌ききれなかった。クルトが土の壁を2か所に展開した。それでも1発が城壁の上端をかすめた。石が飛んだ。近くにいた者が転んだ。怪我はなかった。
ドーガが歩兵部隊を左側に流した。砲の護衛を引きつけた。エリスが射程に入った。左の砲が1門落ちた。
その時、レンが声を上げた。
「ナナ。あっちの陣——中央に誰かいる」
ナナがレンの視線を追った。
宗教国家の陣の中央、砲の列より後ろに、人が立っていた。黒い外套。それと白いローブの人物が隣にいた。
白いローブ。
距離があった。顔は見えなかった。ただし体格と立ち方で分かった。クレモア=クロックだった。
アルヴィスが隣に立っていた。
2人で砲の列を見ていた。クレモアが何か言った。アルヴィスが動いた。砲の列に指示が飛んだ。右の砲の角度が変わった。仰角が上がった。
(砲の指揮を執っている)
次の砲弾が城壁の上端を越えて内側に落ちた。クルトが土の壁を内側に展開した。間に合った。それでも内側への着弾は初めてだった。
「エリス!右を先に!」
エリスが向きを変えた。右の砲に向かって走った。セルマが風を張った。クルトが盾を作った。エリスが射程に入るより早く、右の砲がもう一度撃った。砲弾がエリスの走る方向を外れた。外れたのはセルマの風のおかげだった。
エリスが炎を架台に叩き込んだ。右の砲が止まった。
ナナは正面の歩兵に向けて魔法を続けた。魔力の消耗を均等に保つ。
「雷鎚陣!」
歩兵の前列が乱れた。後退し始めた。
一度膠着した。
宗教国家の部隊が前進を止めた。後退はしていなかった。止まっていた。クレモアが何かを見ていた。
ナナもクレモアを見ていた。
距離は300ほどあった。声は届かない。顔も細部は見えない。ただし、クレモアがこちらを見ているのは分かった。視線の方向が、ナナに向いていた。
クレモアもナナを見ていた。
どちらも動かなかった。戦場を挟んで、しばらくそのままだった。
クレモアが改良型蒸気兵器の運用を変えた。2方向展開、仰角調整、内側への着弾——前の2日で削れた戦術の穴を1日で埋めてきた。それはクレモアの知識があれば可能なことだった。宗教国家の軍は強い。ただしクレモアがいなければ、砲の使い方はここまで速く変わらなかった。
(クレモアが宗教国家に従うとは思えない。何かを目的として、中にいる)
クレモアはナナを見ていた。宗教国家の旗を見ていなかった。勇者を見ていなかった。ナナだけを見ていた。
「あなたと話すのは面白い」以前そう言った男だった。今も同じことを思っているかもしれない。ただしこの戦場で言葉を交わす手段はない。
クレモアがアルヴィスに向き直った。また何かを言った。
午後、宗教国家の部隊が再び動き始めた。
今度は正面からではなかった。右側面から部隊が動き始めた。勇者3名のうち、槍を持った者が右側面の先頭に立っていた。
「ミュリエさん」
「見てる」とミュリエが答えた。「幻影を側面に出す。ただし勇者には効かないわ。昨日で分かった」
「勇者以外の兵を止めてください。勇者はグリムとドーガに任せます」
「任せたわ」
ミュリエが手を動かした。右側面の空間に影が現れた。宗教国家の兵が乱れた。槍を持った勇者は乱れなかった。周囲を見て、幻影だと判断して、前に進んだ。
グリムが向かった。槍の勇者と正面から当たった。
ナナは見ながら、正面への魔法を続けた。グリムが押されていた。昨日の剣の勇者より速かった。槍の間合いがグリムの大剣と合っていなかった。グリムが距離を取った。また詰められた。
「黒閃斬!」
槍の勇者の側面に向けて撃った。当てるつもりではなかった。注意を向けさせた。勇者が一瞬ナナを見た。グリムがその隙に懐に入った。肩で当てた。勇者がよろけた。
後退の号令が上がった。
今日も引いた。
夕方、全員が城内に戻った。
負傷者が3名出た。いずれも軽傷だった。城壁の内側への着弾は今日が初めてだった。ガリンが補強の状況を報告した。「明日ももつ。ただし今夜中に手を入れる」と言った。
グリムが来た。腕の打ち身に加えて、今日は足に当たりをもらっていた。引きずってはいなかった。
「槍の方が速かった」とグリムが言った。
「はい。見ていました」
「剣で対処するのは難しい。明日も出てくるなら別の手を考える」
「ドーガと話してください。集団で対処できるかもしれません」
グリムが頷いた。出ていく前に少し止まった。
「クレモアが来ていたな?」
「はい」
「奴が指揮を執り始めてから、砲の動き方が変わった」
「気づいていましたか」
「当たり前だ」とグリムが言って出ていった。
夜、ナナは机に向かった。
今日見えたことを順番に書いた。砲が2方向展開に変わった。内側への着弾が起きた。クレモアが砲の指揮を執っている。槍の勇者の速さはグリムの大剣と相性が悪い。
クレモアが思い浮かんだ。
宗教国家の旗の下に立っていたが、あの顔は旗を見ていなかった。ナナを見ていた。何を考えていたのかは分からなかった。ただ計算していたはずだ。クレモアはいつも何かを計算している。
ナナはそれ以上考えるのをやめた。
今夜考えるべきことは他にある。明日の砲への対処。槍の勇者への対応。城壁の補強状況。物資の残量。
ナナは紙に順番を書いた。一番上に「ガリンに城壁の状況を確認する」と書いた。




