表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/105

第97話 勇者の力

「来た」


 レンの声だった。


 夜明けと同時に宗教国家の先遣隊が動き始め、正午を過ぎた頃には砲が射程に入ってきていた。ガリンが補強した城壁に着弾が続いた。第2区画の外壁に亀裂が入った。ガリンが「もつ。ただし今日いっぱいだ」と言った。


 グリムとドーガが部隊を動かした。城門を開けて、砲の護衛歩兵を引きつけた。護衛が動いた瞬間、砲との間に隙間が空いた。エリスが炎を砲の架台に叩き込んだ。熱を制御する部分——技術者が教えた場所を狙った。砲の一門が唸りを上げて、出力が落ちた。間隔が長くなった。


 そこで勇者が前に出た。



 剣を持った者だった。


 昨日、陣に最後まで残ってこちらを見ていた者と同じ体格だった。グリムの部隊が動いた方向に向かって、単独で走っていた。周囲の兵から切り離された動きだった。命令されたのか、自分の判断なのか——外からは分からなかった。


 グリムが前に出た。


 2人が正面から当たった。


 ナナは少し高い場所から見ていた。グリムが押されているのが分かった。足が後ろに動いた。大剣で受けて、また動いた。グリムが後退している——珍しいことだった。


 間合いが離れた瞬間、グリムが止まった。


「……強い」


 声が届いた。グリムが剣を持ち直した。「ただ、単調だ」


 勇者が再び踏み込んできた。


 同じ方向から。同じ軌道で。


 グリムが左に流れた。受けずに、外した。勇者の剣が空を切った。グリムが間合いの内側に入った。肘で押した。体当たりに近い動きだった。勇者が一歩よろけた。


 そこでグリムは追わなかった。


 距離を取って、また待った。


 勇者が向き直した。また踏み込んできた。同じ方向から。同じ軌道で。


 グリムがまた左に流れた。今度は足払いを入れた。勇者が地面に手をついた。すぐ起き上がった。速かった。また同じ方向から踏み込もうとして、止まった。


 初めて止まった。



 ナナはその瞬間を見ていた。


 (止まった。自分の動きが読まれたと気づいた。今、判断している)


 止まった時間は長くなかった。2秒か3秒か。勇者が今度は右から踏み込んだ。軌道が変わった。グリムが右に対応した。受けた。押された。また後退した。


 グリムが声を出さなかった。顔が変わっていた。戦っている顔だった。楽しんでいる、とは違う。考えている顔だった。


 勇者が続けた。右から。また右から。左から。右から。


 パターンがあった。ただし前よりも複雑だった。グリムが対応し続けた。一手遅れることがあった。その度に後退した。それでも倒れなかった。


 (強い。グリムが後退し続けている。それでもグリムは考え続けている)


 ナナは口を開かなかった。介入するタイミングを探していた。グリムが「行け」という目をしていなかった。



 10分ほど続いた。


 グリムが一度大きく右に跳んだ。勇者が追った。グリムが急に踏み込んだ。距離が一気に縮まった。懐に入った。大剣が使えない間合いだった。グリムが肩で押した。全体重を載せた。


 勇者が後ろに倒れた。グリムが大剣を首筋に当てた。


 止まった。


 グリムが一瞬動きを止めた。捕縛しようとして、周囲を見た。本隊がすぐそこにいた。勇者を引きずって戻れる距離ではなかった。


 宗教国家の本体から声が上がった。後退の号令だった。勇者が動きを止めた。グリムを見た。グリムも勇者を見た。


 勇者が身を引いた。倒れた場所から起き上がって、本隊の方へ歩いた。走らなかった。歩いた。


 グリムが大剣を下ろした。



 戦線が一度引いた。


 宗教国家の部隊が後退した。砲も引き始めた。エリスが炎を絞って砲の一門をもう一度狙った。架台が焦げた。砲が止まった。


 グリムが城門に戻ってきた。


 ナナが降りていった。グリムの顔を見た。傷はなかった。ただし左腕に青みがあった。打ち身だろう。


「腕は」


「使える」とグリムが言った。それから少し黙った。「強かった」


「押し込まれていました」


「ああ。ただ一つ分かった」


「単調だったことですか?」


 グリムがナナを見た。「見ていたか」


「全部」


 グリムが少し息を出した。「最初は単調だった。途中で気づいて、パターンを変えた。変えられたということは、考えている。考えているが変え方が少ない。引き出しが、多くない」


「命令の外では動けない、ということですか?」


「分からない。何かに縛られている。俺はそう見た」


 ナナが頷いた。


 (道具は強い。ただし道具には限界がある)


 今日見たのはその限界の端だった。グリムが引き出して見せた限界だ。単調さを逆用して、引き出しの少なさを確認した。それが今日分かったことだった。


「グリム、次に戦う時の想定を聞かせてください。今夜、話しましょう」


「ああ」とグリムが言った。腕を動かして、打ち身の具合を確かめていた。



 夕方、エリスが来た。


「砲の熱制御、効いたわ。2門を落とせたし。ただ距離をもう少し詰める必要があるの。今日は遠かったわ」


「どのくらい詰められますか?」


「あと30歩。城壁の外に出る必要があるわね」


「出られますか?」


「セルマの風で砲弾をずらしてもらいながらなら。クルトに土の壁を作ってもらえれば——行けると思う」


「グリムに掛け合います。連携の確認をしておいてほしい」


 エリスが頷いて出ていった。


 ドーガが続いて入ってきた。


「集団戦術の方を見ていたが、相手は整然としすぎている。個々の判断が少ない」


「勇者と同じですか?」


「勇者ほどではない。ただし隊列を崩した時の対応が遅い。崩した穴を広げればそこから動ける」


「次の戦いでそれを試してもらえますか?」


「やってみる」とドーガが言って出ていった。



 夜、グリムと話した。


 グリムが今日見た勇者の動きを順番に話した。ナナが確認した。食い違いはなかった。


「今日の一人は剣だった。槍と弓は後ろにいた」とグリムが言った。「3人同時に前に出てきたら、別の話になる」


「別の話になります。ただ今日は1人でした」


「1人で俺を押し込んだ。3人なら」


「3人で来るなら、1人ずつ相手にしない方法を使います」


「ミュリエか」


「はい」


 グリムが腕を組んだ。打ち身の腕だったが、顔に出なかった。


「……やれるな」


「やります」


 グリムが短く頷いた。それで終わりだった。


 ナナは部屋に戻って、今夜見たことと話したことを書き留めた。


 技術者に明日もう一度確認する。エリスの30歩をどう確保するか。ドーガの穴を広げる動きをどこに組み込むか。ミュリエの幻術の展開タイミング。リシュアをどこに置くか。


 全部繋がっていた。繋げる必要があった。


 ナナは書き終えて、紙を重ねた。外から訓練場の音は聞こえなかった。今夜は静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ