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第85話 同盟の形

 翌朝、ナナは3通の文書を書いた。


 グラ=ベイルへ。ヴェルナー公爵へ。ストルム王へ。内容はほぼ同じだった。ルゼが外縁から小国・集落を取り込んでいる。東に見知らぬ軍が動いている。この状況をどう見ているか、立場を聞きたい。


 フェンリルにグラ=ベイルへの文書を持たせた。残り2通は早馬に頼んだ。


 グリムが書き終わるのを待っていた。


「3か所に同時に出すのか」


「はい。それぞれが今どこに立っているか、確かめておきたいです」


「返事が来るまで何日かかる?」


「ヴェルナー公爵からは5、6日。ストルム王からは4、5日。グラ=ベイルはフェンリルが直接往復するので2、3日です」


 グリムが腕を組んだ。「その間に何かあったら?」


「動きます。返事を待って止まるつもりはありません」


 グリムが短く頷いた。それで終わりだった。



 最初に返事が来たのはグラ=ベイルからで、2日後だった。


 フェンリルが戻ってきた。文書ではなく、口頭での伝言だった。


「グラ様がおっしゃっている。『我は戦う。それだけで十分だろう』と」


「他には?」


「『ルゼが囲んでくるなら、囲まれる前に南を固める。お前は何をする』と」


 ナナは少し間を置いた。


「東と北東を見ます。来た者を受け入れます。それだけです、とお伝えください」


 フェンリルが頷いた。「伝える」と言って、また南へ向かった。


 グリムが横で聞いていた。


「グラ=ベイルらしいな。条件も確認もなしか」


「あの人は言葉で同盟を結びません。動くかどうか、それだけです」


「信用できるか?」


「動くと言ったら動きます。それだけ信用します」



 4日後にストルム王から文書が来た。


 短かった。「山を越えてくるなら迎え撃つ。それだけだ。ガリンが世話になっている。礼を言う。ストルム」


 ナナが文書を読んだ。もう一度読んだ。


(礼を言う、か。ストルム王が礼を言った)


「何が書いてあった?」とグリムが聞いた。


「山を越えてくるなら迎え撃つ、と。それとガリンへの礼が書いてありました」


「短いな」


「ストルム王らしいです」


 グリムが少し笑った。声には出なかった。



 ヴェルナー公爵からの返事は6日かかった。


 ファルクの筆だった。丁寧な文面で、しかし内容は明確だった。


「公爵閣下よりお伝えします。人族として、ルゼの排除には応じられません。純魔族主義がフォルケンに及ぶなら、それは人族の問題でもあります。情報の共有は引き続き行います。廃港の交易についても協力できる部分があれば検討します。ファルク」


 ナナが文書を机に置いた。


(3か所から返事が来た。言葉の形は違う。ただし向いている方向は同じだ)


(同盟とは宣言ではない。それぞれが自分の場所で動く——それで充分だ)


 グリムが文書を受け取って読んだ。


「……ヴェルナー公爵は廃港にも乗ってきた」


「フォルケンは水運の街です。港が増えれば商人が動きやすくなる。採算が合うと判断したのだと思います」


「お前はそういうのが好きだな」


「何がですか?」


「それぞれの理由が違っても、同じ方向に向く、という話だ」


 ナナは少し間を置いた。


「同じ理由で動く必要はありません。向きが揃えば充分です」


 グリムが文書を返した。何も言わなかった。そのまま窓の外を見た。



 連絡網の整備を始めたのはその日の午後だった。


 オズを呼んで、文書の送り先と頻度を整理した。セインへは月1回の定期交換に加えて、緊急時は随時。グラ=ベイルへはフェンリルが常駐しているので口頭で随時。ヴェルナー公爵とストルム王へは月2回を基本にする。バロウへは廃港の動きに合わせて都度。エルドランへはリーファの精霊経由で随時。


「整理すると、常時見ている方角が6つになります」とオズが言った。


「多いですか?」


「多いとは思いません。ただし文書が増えます。管理を一本化したほうがいいかもしれません」


「オズに任せます」


「分かりました」とオズが手帳に書き込んだ。「受け取り次第、団長に回します。緊急のものは最優先で」


「お願いします」


 オズが手帳を閉じた。それから少し間を置いた。


「……連絡網が整うと、情報が増えます。情報が増えると、決める量も増えます。団長、無理をしていませんか?」


 ナナは少し間を置いた。


「今のところは」


「今のところ、ですか」


「はい」


 オズが頷いた。それ以上は追わなかった。



 夕方、エルドランから連絡が来た。


 リーファが精霊経由で受け取り、ナナに伝えた。


「東から軍が来ている。旧クレモア領に入った。ルゼの軍ではない、とエルドランが言っている。今のところ大森林には向かってきていない。ただし東縁の監視は続けているとのこと」


「軍の規模は分かりますか?」


「大きい、とだけ。詳細は分からない」


(旧クレモア領を抑えた。拠点にするつもりだ。向かっている先は北東——ルゼの方角だ)


(大森林には今は来ていない。今は)


「エルドランに伝えてください。東縁の監視を続けてほしい。変化があればすぐ知らせてほしいと」


「分かった」とリーファが言って、精霊に言葉を預けた。



 その夜、セインとベラから文書が同じ日に届いた。


 セインの文書を先に開いた。


「宗教国家の旧クレモア領の民への扱いが分かってきた。宗教国家に従った者は兵として組み込まれている。主に人族の若い男だ。従わない者、魔族・他種族の者は追い出されている。街道に溢れている。行き場のない者が各方向に散っている」


 続けてベラの文書を開いた。


「グレンフォード街道が荒れている。行き場を失った元クレモア兵が盗賊化している。小規模だが増えている。街道の安全確保の依頼が増える見込みだ。動けるか?」


 ナナが2通を机に並べた。


 グリムが入ってきた。文書を渡した。グリムが両方読んだ。


「……2つに分かれたな。取り込まれた者と、弾かれた者」


「弾かれた者の一部がここへ来ています。残りが街道に出ています」


「ベラへの返事は?」


「動けます、と書きます。ただし今すぐは難しい。城壁の修繕が終わってからです」


「人を出せるか?」


「ドーガに相談します。訓練の合間に街道の巡回を組み込めるか確かめます」


 グリムが文書を返した。


「ドーガは賛成するだろう。実戦に近い動きができる」


「そう思います」



 オズが来たのは、グリムが出ていった直後だった。


 顔が少し固かった。


「今夜の集計が出ました」とオズが言った。「クレモア領からの者が、今日だけで8人来ました。合計で20人になります」


 ナナが少し間を置いた。


「食料は?」


「今月は持ちます。来月の見通しを立て直す必要があります」


「廃港の交易を急いでください。外海の商人がまた来たとき、すぐ動けるように準備しておいてほしい」


「分かりました」とオズが頷いた。それから少し声を落とした。「受け入れるなら、食料の見通しを立て直す必要があります。それと——居住区の空きが減っています。第二区画の工事を早めることはできますか?」


「ガリンに聞きます」


「お願いします」


 オズが出ていった。


 ナナは机の上の地図を見た。それからセインとベラの文書を見た。それから窓の外を見た。居住区の明かりが見えた。増えた分の明かりが、少し前より多かった。


(来た者は入れる。食料と場所と仕事が要る。廃港を急ぐ。ガリンに話す。ベラに返事を書く。ドーガに相談する)


 ナナは文書を手に取った。ベラへの返事から書き始めた。

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