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第78話 兵站を断つ

 翌朝、ナナは城壁に上がった。


 体はまだ少し重かったが、足に力が入った。腕も動いた。魔王化の後遺症は一晩で抜けていた。前回より早かった。慣れているのか、それとも前回より出力を絞ったからかは分からなかった。


 南の平野を見た。クレモア軍の陣がまだあった。旗が立ち、松明が消えた跡があった。夜も陣を維持していた。撤退ではないことが、朝の光の中で改めて分かった。


(砲がない。歩兵だけでは城壁は崩せない。ただし補給拠点から次の砲が来れば話が変わる。どのくらいの時間で来るかは分からない。1日かもしれないし、3日かもしれない)


(待つより先に動く)


 レンが城壁に上がってきた。


「補給拠点の状況を確認したいです」とナナが言った。


「昨日の夜に見てきた」とレンが言った。「守備が増えていた。昨日の戦闘で人が戻ったのかもしれない。歩兵が20から30。外周に見張りが3カ所。荷車が増えていた——砲を運ぶ準備をしている」


「砲の搬送はいつですか?」


「今日か明日。荷車の積み方がそういう感じだった」


 ナナは少し間を置いた。


(今日か明日。今夜動かなければ、明日の昼には次の砲がここに来る。そうなると同じことが繰り返される。砲がある限り、城壁は削られ続ける)


「分かりました」


 ナナは城壁を降りた。



 中庭にリシュアがいた。


 壁に背を預けて、腕輪のはまった腕を見ていた。ナナが近づくと顔を上げた。


「補給拠点を叩きます」とナナが言った。「今夜、少人数で動きます。リシュアに入ってほしいです」


「守備は何人だ?」


「20から30。外周に見張りが3カ所」


 リシュアが少し考えた。


「1人では無理だ」と言った。「守備を崩すだけなら1人でできる。ただし制圧まで持っていくには、後ろで動ける者が要る」


「グリムとレンと私が行きます」


 リシュアが少し間を置いた。


「……グリムとレンがいれば動ける」


「お願いします」


 リシュアが頷いた。それだけで終わった。



 グリムに話したのはその後だった。


 グリムは中庭で班の確認をしていた。ナナが近づくと、リーゼに何かを言って手を止めた。


「補給拠点を今夜叩きます。私とグリムとレンとリシュアの4人で行きます」


 グリムが少し顔を動かした。驚きではなかった。確認の顔だった。


「俺か?」


「リシュアが言いました。グリムとレンがいれば問題ないと」


 グリムが少し間を置いた。


「お前も出るのか?」


「出ます。補給拠点の構造を自分の目で見ておきたい。それと——」とナナが続けた。「4人の中で魔法を使えるのは私だけです。制圧に魔法が要る場面が必ず来ます」


「魔王化の後遺症は抜けたのか?」


「抜けました。今日の昼に一度試します。出力が戻っているか確認してから判断します」


 グリムが腕を組んだ。


「リシュアと俺とレンで守備を崩して、お前が中を制圧する、という形か」


「そうです」


「……文句はない」とグリムが言い、少し間を置いてから続けた。「夜、何時に出る?」


「月が沈んでから。暗くなるまで待ちます」


「分かった。それまでに動ける状態にしておく」



 昼、ナナは城壁の外に出て小さな魔法をいくつか試した。炎、風、雷の順に出力を確かめた。どれも戻っていた。昨日の重さはなかった。


 出撃の前にオズに話した。


「今夜、城を空けます。グリムとレンとリシュアと4人で南に出ます。指揮はリーゼに任せます」


「承知しました」とオズが言い、少し間を置いた。「何時頃に戻りますか?」


「夜明け前には戻ります。遅くなる場合は——遅くなります」


「食料は持っていきますか?」


「要りません」


「では水だけ」とオズが言い、4人分の水筒を棚から出し始めた。


 ナナはリーゼに話した。リーゼが聞き終えて言った。


「城は任せておけ。ただし、」とリーゼが続けた。「4人で帰ってこい。それだけだ」


「はい」



 月が沈んだのは夜の中頃だった。


 4人が城門を出た。レンが先頭を歩いた。南の街道を外れ、農地の西側の縁を沿って進んだ。農地を踏まないルートを選んでいた。ナナは後ろから見ていたが、レンは迷わなかった。昼の偵察で道を覚えていた。


 グリムが隣を歩いた。音を立てなかった。大柄な体で、足音がなかった。長い経験の蓄積だった。


 リシュアは最後尾にいた。気配がほとんどなかった。ナナの1歩後ろにいるのは分かっていたが、振り返っても暗くて見えなかった。


 1時間ほど歩いて、南の街道に戻った。そこからさらに南に進むと、レンが足を止めた。


「ここから見える」と低い声で言い、前方を指した。


 街道の脇に、松明が並んでいた。荷車が数台、横に並んでいた。建物が1棟、街道に面して建っていた。外周に人の影が動いていた。見張りだった。


「3カ所の見張りのうち、2カ所は俺が止める」とレンが言った。「残り1カ所はリシュア、頼む」


「分かった」とリシュアが言い、影の中に溶けるように動いた。数秒で見えなくなった。


 レンが弓を取った。風が南から来ていた。風向きを確かめた。2本の矢を番えた。


「始める」


 2本がほぼ同時に飛んだ。1カ所目の見張りが倒れた。もう1本が2カ所目の方向に飛んで——音がした。倒れた音だった。


 ほぼ同時に、3カ所目の方向で短い音がした。リシュアだった。


「入れる」とレンが言った。


 グリムが先に走った。ナナとレンがその後に続いた。



 建物の入口に歩兵が2人立っていた。グリムが正面から向かった。走りながら大剣を抜き、2人の間に割り込んだ。右の1人を剣の腹で吹き飛ばし、左の1人の剣を受けて押し込んだ。建物の壁に叩きつけた。2人が動かなくなった。


 建物の中に入った。


 荷物が積まれていた。砲の部品だった。車輪、砲身の部品、火薬の箱。それが整然と並んでいた。奥に人の気配があった。


 歩兵が3人出てきた。リシュアがすでに動いていた。1人目の剣をいなして後ろに回り、首の後ろに短剣を当てた。2人目がリシュアに向けて剣を振るった。グリムが横から割り込んで受けた。3人目がナナに向かってきた。


「雷鎚陣」


 地面に雷の陣が走った。3人目が吹き飛んだ。グリムの相手もよろけた。リシュアが短剣で仕留めた。


 建物の奥まで視界が開いた。


 ランプが1つ灯っていた。机が1台あった。帳簿と書類が積まれていた。


 机の前に人がいた。


 若い女だった。椅子から立ち上がって壁に張りついていた。手に帳簿を持ったままだった。戦う気配はなかった。ただ動けなかった。目が大きく開いていた。


 リシュアが足を止めた。


 建物の入口近くにいたリシュアが、奥の女を見た。短剣を持ったまま動かなかった。


 ナナはリシュアが止まった理由が分からなかった。リシュアを見た。リシュアの視線は女の方に固定されていた。そこから動かなかった。


 リシュアがゆっくりと、レンの方を振り返った。


 レンはすでに見ていた。


 建物の入口に立ったまま、奥の女を見ていた。弓を下ろしていた。手が、わずかに震えていた。


 女が壁に張りついたまま、レンを見た。


 2人が、向き合った。


 足が止まった。声が出なかった。

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