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第74話 北から来た

 正面の砲が1門になってから、音の間隔が伸びた。


 着弾のたびにガリンが走り、槌で継ぎ、また走った。前日から続いているその繰り返しが、今は少し余裕のある速度になっていた。1門では修繕が追いつかなくなるほど削ることはできない。クレモアもそれは分かっているはずで、だから西の迂回部隊が必要だったのだと思った。


 西が片付いた。正面は1門。


(次に来るのは——北だ)


 ナナは城壁の上に立ったまま、北の方角を見ていた。黒森峠はここからは見えない。山の稜線があるだけだった。リーファが精霊を飛ばしてから、まだ返答が来ていなかった。


 リーゼが城壁に上がってきた。


「負傷者の確認が終わった」とリーゼが言った。「戦闘員は27名のまま動ける。軽傷が4名いるが、動けないほどじゃない」


「分かりました」


「次の手は?」とリーゼが聞いた。


「北からの報告を待っています」


 リーゼが少し間を置いた。それから城壁の縁から外を見て、また戻った。


「北、来ると思うか?」


「来ます」とナナが言った。「時間の問題です」


 リーゼが頷いた。それ以上は言わなかった。



 昼を過ぎたころ、リーファが走ってきた。


 城壁の上で目を閉じたまま動かなかったリーファが、突然目を開けて、ナナの方へ来た。顔が少し青かった。


「精霊から返ってきた」とリーファが言った。声が少し震えていた。「峠の様子が——」


「話してください」


「ゴルドーが2方向から来られてる。1方向はゴルドーが止めてる。カイルたちと一緒に押し返してる。でももう1方向が——」


 リーファが口を止めた。


「もう1方向が、何ですか」


「精霊の声が途切れた。繋がらなくなった」


 ナナは少し止まった。


 砲声が来た。1門の音だった。城壁が揺れた。ガリンが走る音が聞こえた。ナナはその音を聞きながら、頭の中で北の地形を展開した。


(黒森峠——山の間の1本道だと思っていた。だが分割してくるということは、2本以上のルートがある。獣道でも、崖の縁でも、人が通れる道さえあれば迂回できる)


(3名を送った。ゴルドーと合わせて4人で守ると計算した。ただし2方向を同時に来られると、4人を割らなければならない。2対2では、それぞれの方向で数の不利が出る)


(読めていなかった。分割してくることまでは)


「リーファ、もう一度精霊を飛ばせますか」


「やってみる。ただし——さっきより時間がかかるかもしれない。精霊が消えた理由が分からないから」


「頼みます」


 リーファが目を閉じた。


 ナナは城壁を降りた。グリムが城門の内側で部隊を待機させていた。ナナを見て近づいてきた。


「何かあったか?」


「北の峠で精霊の連絡が途切れました。2方向から来ている可能性があります」


 グリムが顎を引いた。


「城内に入ってくるか?」


「入ってくるとすれば、正面の砲撃と同時です。正面で注意を引きながら後方から来る——クレモアの包囲戦術の最後の手です」


「どう動く?」


「正面は今のまま守ります。城内への侵入に備えて、配置を変えてください。居住区を守る者を明確にしておきたい」


 グリムが少し考えた。


「27名を割る。城壁に10、城内に17。城内の指揮はリーゼに任せる」


「お願いします。それと——」とナナが言い、少し間を置いた。「リシュアに話を通しておきたいのですが、今どこにいますか?」


「さっき食堂の方にいた」とグリムが言い、ナナの顔を見た。「城内で使うつもりか?」


「はい。侵入してきた者の中に魔法使いがいた場合、エリスとあの3人では対処が難しくなります。リシュアは城内を自由に動ける。後方部隊の魔法使いを削るのに向いています」


「……リシュアが動くかどうかは分からんぞ」


「話してみます」


 グリムが頷いて、リーゼに向かった。



 リシュアは食堂の隅の席に座っていた。


 食事はしていなかった。腕輪のはまった腕を膝の上に置いて、壁を見ていた。ナナが向かいに座ると、視線だけ動かした。


「城内に侵入者が来るかもしれません」とナナが言った。「後方から北を抜けてくる部隊が、城内に入ってくる可能性があります」


「それで?」


「リシュアに動いてほしいです。城内を自由に動いて、侵入してきた魔法使いを削ってほしいと思います」


 リシュアがしばらく黙っていた。腕輪のはまった腕を少し動かした。


「クレモアの部下を殺せ、と?」


「そうです」


 また沈黙があった。ナナは続けなかった。


「クレモアとの交渉が終わったのは知っている」とリシュアが言った。「腕輪はまだ外れていない。クレモアを倒すか、クレモアが外すかしかない——それも知っている」


「そうです」


「お前が戦ってクレモアを倒すなら、腕輪が外れる可能性がある」とリシュアが言った。感情の起伏がほとんどなかった。「それだけだ」


 リシュアが席を立った。


「どこに入ってくる?」


「北側です。ただしまだ確定していません。入ってきた時に動いてほしいです」


「分かった」とリシュアが言い、食堂を出た。



 ナナが城壁に戻ったのは、それから少ししてからだった。


 リーファがまだ目を閉じたまま城壁の上に立っていた。唇が微かに動いていた。ナナが近づくと、リーファが目を開けた。


「精霊が戻ってきた」とリーファが言った。「今度は声が繋がった。ただ——内容が」


「教えてください」


「もう1方向から来ていた部隊が、峠を抜けた。ゴルドーたちが追いかけてるけど——先行した部隊がすでに峠の南側に出てる」


 ナナは少し止まった。


(峠の南側——イグレアへの道が開いた。先行した部隊がここに向かっているとすれば、時間はあまりない)


「先行した部隊の規模は分かりますか?」


「精霊が言ったのは『旗が3本』。それだけだった」


(旗が3本——部隊の数か、班の数か。3個班なら30から45人。少なくはない)


「分かりました」とナナが言い、リーファを見た。「ありがとうございます」


「精霊が消えた理由は分からないまま」とリーファが言った。少し心配そうな顔だった。「精霊が怖がってた。何かに触れて、怖くなって離れた——そんな感じがした」


「魔法使いがいたのかもしれません。精霊を感知できる者が」


「……クレモアの軍に、そういう人がいるの?」


「分かりません。可能性はあります」


 リーファが少し表情を固くした。それから小さく頷いた。


「注意する」


 ナナはグリムのところに向かった。グリムはすでにリーゼと話し合っていた。


「北が抜かれました」とナナが言った。「先行した部隊が峠の南側に出ています。旗3本分の規模。こちらに向かっている可能性があります」


 グリムの顔が変わった。怒りではなかった。集中した顔だった。


「いつ着く?」


「峠から城までの距離——馬がいなければ早くて半日。今が昼過ぎですから、夕刻から夜にかけて」


「夜か」


「正面の砲撃と同時に来るとすれば——今夜、砲が撃ち始めたタイミングが危ないと思います」


 グリムが短く息を吐いた。


「リーゼ、城内の配置を今すぐ固めろ。住民を居住区の奥に集める。食堂の者も全員」


「わかった」とリーゼが言い、すぐに動いた。


 ナナは城壁の方を見た。エリスがクルトとセルマに何か伝えていた。ロスが城壁の上で外を見ていた。


(北が抜かれた。読んでいた。後方から来ることは。ただ——分割してくることまでは読みが届かなかった。3名を送ってゴルドーに合わせた。2方向で同時に来られると足りなすぎる)


(計算が甘かった。それだけだ。悔やむのは後でいい。今は——夜に備える)


 砲声が来た。1門の音だった。城壁が揺れた。


 ガリンが走り始めた。その音を聞きながら、ナナは城壁の上に上がった。北の稜線を見た。まだ何も見えなかった。夜が来るまでの時間を数えた。

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