第72話 砲声
音が来たのは、夜明けを少し過ぎた頃だった。
低く、重い音だった。地面が微かに揺れた。遠くで何かが落ちた音——そう思う間もなく、城壁の南側から石の欠ける音がした。
ナナは城壁に上がった。
南の街道から、クレモア軍が動いていた。歩兵が砲を囲んで前進していた。護衛の隊列が整然としていた。砲の車輪が地面を転がる音が、距離を置いても分かった。前方の歩兵が止まった。砲が止まった。
次の瞬間、また低い音が来た。
城壁の第一区画に着弾した。石が飛んだ。土埃が上がった。城壁の上にいた何人かが伏せた。
「ガリン!」
ナナが呼ぶと、城壁の内側からガリンがすでに動いていた。ドワーフの職人たちを連れて、欠けた箇所に向かっていた。
「持つか?」
「持つ」とガリンが石を確かめながら答えた。「ただし時間の問題だ。同じ場所に続けて撃ち込まれれば、いずれ崩れる」
「分かりました。修繕を続けてください」
ガリンが頷いて、すでに補修の指示を出していた。
着弾が続いた。
一定の間隔で来た。砲が前進するたびに射程が伸び、着弾点が変わった。ガリンのドワーフたちが欠けた石を補いながら動き続けた。城壁の上では全員が身を低くして、着弾のたびに飛んでくる石片から顔を庇っていた。
ナナは城壁から南を観察し続けた。歩兵の配置、砲の数、前進の速度。砲は今のところ4門見えた。護衛歩兵がそれぞれを囲み、間隔を保ちながら動いていた。
(砲撃だけに集中している。側面にまだ動きはない——今は)
その時、グリムが城壁に上がってきた。南を見て、砲の位置を確認した。顎に力が入っていた。
「出る」
「出ません」
グリムがナナを見た。
「砲を潰せば止まる。今のうちに動けば護衛も薄い」
「護衛は薄くありません。砲が前進する時、歩兵は砲に集中しています。今出れば、砲と歩兵の両方を同時に相手にすることになります」
「待っていれば城壁が崩れる」
「崩れる前に止めます。砲が前進するには歩兵の護衛が要ります。その護衛が薄くなる瞬間が来る——クレモアの注意が別の方向に引かれた時です。その瞬間を待ちます」
グリムが南を見た。歯を噛んでいた。
「……分かった。待つ」
グリムが城壁を降りた。ナナは南を見続けた。
(グリムは待てる。待てるが、待つのが嫌いだ。その感覚は正しい——待ちすぎれば機会を逃す。ただし今は、まだ早い)
昼前に、城門の外から声が上がった。
南の街道ではなく、北から来た人影だった。3人だった。それぞれが荷を背負い、ローブを着ていた。レンが先に城壁から確認して、ナナに報告を入れた。
「マルセルの使いだ。魔法使いの証文を持っている」
「入れてください」
城門が開いた。3人が入ってきた。着弾の音が続く中、3人は足を止めずに中庭に進んだ。城壁の欠けた箇所を一度見て、砲のある方角を確かめた。慌てた様子はなかった。
エリスが中庭に出てきた。3人を見て、少し間を置いた。
「マルセル先生の紹介か」
「はい」と3人のうち1人が答えた。杖をついた老人だった。砲声が続いている中でも表情が変わらなかった。「クルトという。土と水を使う」
「セルマです。風を」と隣の女性が言った。落ち着いた声だった。
「ロスです、火と土です」と最後の、背が低く汗をかいた男が続けた。「怖いですけど、来ました」
エリスが3人を順に見た。それから城壁の方角に顎をしゃくった。
「今、砲撃を受けてる。話は歩きながらする。来て」
3人が頷いた。エリスが歩き出し、3人が後に続いた。城壁に上がりながら、エリスが話した。
「正面から砲が来てる。私は砲を牽制しながら着弾の隙間を塞ぐ動きをしてる。あなたたちにも組んでもらう」
「配置は?」とセルマが聞いた。
「動きを見てから決める。先に一度やってみて」
エリスが炎の壁を展開して石片を逸らした。セルマが風を絞って砲煙を払った。クルトが城壁の欠けた箇所に土の魔法で石を詰め、水の薄い膜を表面に張って衝撃を分散させた。ロスが火を細く絞り、飛んでくる砲弾の軌道を熱で歪めた。エリスがそれを横目で見ていた。
「……いける」とエリスが短く言った。
「まだやれる」とクルトが城壁の損傷を確かめながら言った。
午後に入った頃、レンが城壁を走ってきた。
「西側面に別の部隊が動いている。歩兵と、魔法使いらしき者が複数いる」
(来た。予測通りだ)
「規模は?」
「歩兵は50前後。魔法使いは4、5名に見える」
「向かっている方角は?」
「廃港への道に沿っている。補給線を断つつもりだろう」
ナナが少し考えた。グラ=ベイルへの連絡は2日前に出している。側面展開の指示は届いているはずだった。
「フェンリルに伝えてください。西側面に来ています」
レンがすぐに降りた。
リーファが城壁の端にいた。精霊族らしく足音もなく来ていた。
「ナナ」
「リーファ、頼みがあります。精霊を使って北の峠の方角を確かめてもらえますか。ゴルドーさんがどういう状況か——音の精霊なら届きますか?」
「届く。距離は遠いけど、音の精霊は山越えができる」とリーファが言った。「少し時間がかかるけど、いい?」
「お願いします」
リーファが目を閉じた。着弾が来た。城壁が揺れた。リーファは動かなかった。目を閉じたまま、ただ立っていた。
ナナは城壁から南を見た。砲の前進が少し止まっていた。護衛歩兵が配置を変えていた。
(正面はまだ持っている。側面はグラ=ベイルが動く。後方がまだ分からない)
リーファが目を開けた。
「ゴルドーに繋がった。今のところ峠は静かだって。ただし——峠の向こう、北東の方角から何かが近づいている気配があるって言ってた」
「北東から?」
「うん。まだ距離があるから確認できていないって」
(来る。後方への迂回部隊だ。峠の向こうから来るということは、クレモア領を回り込んで北の山道を使っている——正面の部隊とは別に動かした部隊だ)
「ゴルドーに伝えてください。引き続き警戒してほしい。動きがあればすぐに知らせてほしいと」
「分かった」とリーファが言い、また目を閉じた。
夕暮れが近くなった頃、砲撃が少し間隔を開けた。クレモア軍が夜間の配置に移っているのだろう。ガリンが城壁の状態を確認して回っていた。
「今日の損傷は補修できる」とガリンが言った。「ただし——続けば追いつかなくなる」
「何日持ちますか?」
「このペースなら3、4日だ。向こうが射程を上げてくれば、もっと早くなる」
ナナが頷いた。
(3、4日——その前にグリムが出る機会が来る。来なければ間に合わない。来る。側面が動けば、正面の護衛は必ず薄くなる)
城壁の上に夕風が通った。南の街道に、クレモア軍の篝火が灯り始めた。その明かりの中に砲の輪郭が見えた。明日も続く。




