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第70話 決裂

 アルヴィスが来たのは、朝の訓練が終わった頃だった。


 馬を1頭連れ、荷は少なく、クレモアからの文書を携えていた。いつも通りの来訪だった。ナナはアルヴィスを中庭の応接室に通し、オズを呼んだ。今回の議題は決まっていた——精霊の大森林の東縁で続くクレモアの鉱山開発について、正式な回答を求める場だった。


 アルヴィスが椅子に座った。30代前後の男で、黒い外套を着ていた。目つきが鋭く、口数が少ない。クレモアの使者として何度か来ているが、感情を表に出したことは一度もなかった。


「クレモア様からの返答をお持ちしました」


 アルヴィスが文書を差し出した。ナナが受け取って開いた。


 短かった。



 大森林東縁の鉱山開発について、現状の継続を維持する。


 資源の確保は我が国の存続に関わる。精霊族の要求を受け入れることは合理的ではないと判断した。


 交渉の継続を希望するなら、別の条件を提示されたい。



 ナナは文書を読み終えてから、少し間を置いた。オズが横で帳簿を閉じた。


「直接話せますか?」


「クレモア様は現在、イグレアへの来訪が難しい状況です。文書での交渉をご希望です」


「では文書でお伝えします」


 ナナが紙を取り出し、その場で書いた。



 精霊の大森林の東縁への侵食は、イグレアの東方防衛にも関わる問題です。


 現状の継続は受け入れられません。開発の即時停止と、東縁から1キロの撤退を要求します。


 この条件を受け入れない場合、交渉を終了します。



 ナナが文書をアルヴィスに渡した。アルヴィスが目を通した。表情は動かなかった。


「クレモア様にお伝えします。返答には数日かかります」


「構いません」


 アルヴィスが立ち上がり、文書を懐に入れた。それから少し間を置いて言った。


「クレモア様は——あなたとの交渉を評価しています」


「それでも資源は手放さないということですね」


「はい」


 アルヴィスが頭を下げて部屋を出た。馬蹄の音が遠ざかるのが聞こえた。



 3日後、返答が来た。


 アルヴィスではなく、早馬だった。文書だけだった。



 要求は受け入れられない。


 資源が必要だ。


 交渉の継続を希望するなら、別の枠組みを提示されたい。



 ナナは文書を机に置き、少し考えた。


(クレモアは合理主義者だ。大森林の問題も、精霊族の訴えも、エルドランの懸念も、合理的な損失計算の外に置いている)


(シィラに「すぐには動けない、待ってほしい」と言った。クレモアとの交渉の中で議題に入れると約束した。その約束が——この文書で終わった)


 ナナは返答を書いた。



 では交渉は終わりです。



 それだけ書いて、早馬で送った。


 オズが横で帳簿を閉じるのが聞こえた。


「クレモアとの交渉、終了します」


「分かりました」とオズが言い、少し間を置いてから続けた。「リシュアさんには?」


「後で話します」


 ナナは窓の外を見た。訓練場でグリムとドーガが班を動かしていた。2人の合同訓練が始まって2週間、30名の動きが変わってきていた。


(クレモアは次に何をする? 合理主義者は動く前に計算する。計算が終われば動く)



 翌朝、レンが走ってきた。


 ナナが中庭で書類を確認していた時だった。レンは立ち止まらずにそのまま話した。


「南の街道を見てきた。報告する」


「ここで話してください」


「見たことのない集団が来ている。南の街道を北上している。歩兵は200を超える。それだけじゃない」


 レンが息を整えた。


「大きな鉄の筒のようなものが複数ある。車輪の上に乗っていて、馬に引かれている。長さは俺の身長の3倍くらいある。それから——鉄の箱が、自分で動いている」


「自分で動いている?」


「馬がいない。引いている者もいない。それでも動いている。中から音がしている。白い煙が出ている。箱の上に人が乗っていた」


 ナナはしばらく何も言わなかった。


(鉄の筒——砲だ。車輪付きの野戦砲。自走する鉄の箱は、動力を積んだ牽引車か。クレモアが軍を動かした)


(計算が合う。クレモア領からここまで軍が移動すれば、早くて5日から7日はかかる。交渉の返答を送った時点で、軍はすでに出ていた。交渉は時間稼ぎだった——こちらの要求の内容と、返答にかかる日数を測っていた)


「グリムを呼んでください」


 レンがすぐに動いた。



 グリムが来た。


「報告を聞いてくれますか」とナナが言い、レンに繰り返させた。グリムが腕を組んで聞いた。


「鉄の筒は砲です」とナナが言った。「城壁や陣形を遠距離から破壊するための兵器です。クレモアが軍を出しました」


「砲、か」とグリムが言った。短い沈黙があった。「防衛準備を始めるか」


「はい。詳細は明朝、ドーガも交えて詰めます。今日中にやることは1つ——レンに斥候を続けてもらいます。砲の数と歩兵の配置を確認してほしい」


「分かった」とレンが言って、すでに踵を返していた。


 グリムが少し間を置いた。


「俺は何をする?」


「今日は30名に警戒態勢を伝えてください。詳細の指示は明朝です」


 グリムが頷いて訓練場に向かった。



 昼過ぎ、エリスが中庭に来た。小さな荷物を抱えていた。


「少し話せる?」


「はい」


 エリスの顔が真剣だった。


「魔法使いが私1人では足りないわ。正面の砲を魔法で対処しながら、城内の守りも担うのは難しい。人数が要るわ」


「分かっています」


「マルセル先生に連絡する。来てくれるかどうかは分からないけど——志願者を集めてくれるかもしれない」


 ナナは少し間を置いた。エリスが荷物を持っていたのは、ナナが頷けばその場で文書を書くつもりだったからだろうと思った。先に動くことを決めてきていた。


「お願いします」


 エリスが小さく頷いた。それから少しだけ口元が動いた。笑ったというほどでもなかったが、何かが緩んだ顔だった。


「勝てる?」


「分かりません。負けるつもりもありません」


「そう言うと思ってた」


 エリスが荷物を抱え直して部屋へ向かった。



 ナナは中庭に残った。


 市場の屋根が見えた。居住区の壁が見えた。農地の端に人が動いていた。128人が、この場所にいた。


(守る。それだけだ)


 ナナは城壁に向かった。防衛配置を、自分の目で確かめておく必要があった。

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