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第七魔王戦記 ~少女魔王は戦場にて微笑む~  作者: 猫じゃらし
第2部  調停者の戦場 第1章 廃墟から城砦へ
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第68話 帰順する指揮官

 その男が来たのは、脱穀が3日続いた朝だった。


 レンが先に気づいた。城門の外で待っていると報告してきた時、ナナはちょうどオズの食料試算を確認していた。


「南の街道から来た。獣人族だ。武器を持っているが抜いていない。1人だ」


「どんな武器ですか?」


「大剣。背負っている」


 ナナは少し間を置いた。


「中に入れてください」



 城門をくぐって入ってきた男は、大柄だった。


 獣人族特有の厚みのある体格で、肩幅が人族の2人分近くある。短く刈った灰色の毛並みが首から顎にかけて続き、耳が頭頂部の両側に立っていた。狼か、あるいはそれに近い系統だった。顎の左側に古い傷跡があり、革鎧は長く使い込まれて所々が補修の跡だった。年齢は40代だろうと見えた。大剣は背に回したまま、手を体の横に下ろしていた。武器を抜く気がないことを示す、軍人の所作だった。


 男がナナを見た。それから周囲を見渡した。訓練場で班が動いているのを確認し、城壁の補修の進み具合を見て、中庭の市場を見た。一通り見終えてから、またナナを見た。


「第七魔王か?」


「はい。私がナナミア・ヴァル=ミリスです」


 男が少し間を置いた。


「ドーガだ。旧第六魔王軍の元連隊長をやっていた」


 ナナは何も言わなかった。


「話を聞いてほしい」


「中へどうぞ」



 部屋に通した。グリムが後から来た。入り口に立って腕を組んだ。椅子には座らなかった。


 ドーガが椅子に座った。背筋が伸びていた。膝に手を置いた。軍人が上官の前で取る姿勢だった。


「単刀直入に言う。この場所に加わりたい」


「理由を聞かせてください」


「あなたの戦い方を見た」


 ナナが少し待った。ドーガが続けた。


「南の平野の戦いだ。第六魔王カオスが動いた時、あなたは正面から受けなかった。地形を使い、部隊を分散させ、敵の重心が崩れた瞬間に集中した。あれは軍人の戦い方だ」


「見ていたんですか?」


「離れた場所からだ。第六魔王軍の内側にいたが、カオスの命令には従っていなかった。あの戦い方を自分もしたかった。ただし——機会がなかった」


 グリムが口を開いた。


「第六魔王軍の元連隊長が、なぜ命令に従っていなかった?」


 ドーガがグリムを見た。


「カオスは戦略を持っていなかった。数で押して力で潰す。それだけだった。俺はそういう戦い方が嫌いだ」


「嫌いだから逃げたのか」


「逃げたのではない。カオスが死んで、軍が崩れた。俺が動かせる部隊はなくなった」


 グリムが黙った。それ以上は聞かなかった。


 ナナはドーガを見ていた。目が落ち着いていた。怯えも、媚びもなかった。ただ、待っていた。


「あなたの言う『そういう戦い方』というのは?」


 ドーガが少し考えた。


「人を道具として使わない戦い方だ。部隊を形として見るのではなく、一人一人が何をできるかを見て動かす。あなたがやったのはそれだ」


 ナナは少しだけ間を置いた。


(部隊を形として見るのではなく、一人一人が何をできるかを見て動かす——前世で言えば、部隊指揮の基本だ。口で言うのは簡単で、実際にできる人間は少ない。こいつはそれを言葉にした。経験から出た言葉だ)


(そしてカオスの下にいながらそれを貫けなかった。それが「機会がなかった」という言い方に出ている)


「グリム」


 グリムが少し動いた。


「どう思いますか?」


 グリムがドーガを見た。ドーガはグリムを見ていた。しばらく二人が向き合った。


「こいつは危険だ」とグリムが言った。


「理由を教えて貰えますか?」


「強い。動き方を見れば分かる。この部屋に入ってから一度も油断していない。大剣は背に回したままだが、いつでも抜ける位置にある」


 ドーガが少し眉を動かした。


「それは危険と同じか?」


「俺には分からん。ただし——使えるかどうかも分からん」


 ドーガがグリムを見た。それから、少しだけ口の端を上げた。


「俺もお前のことは分からん。副団長と聞いたが、あの訓練場の動かし方を見ると、小部隊の機動戦が中心だ。人数が増えた時にどうするつもりか、そこが見えない」


 グリムの眉が動いた。


「言いたいことがあるなら言え」


「人数が増えれば、機動力だけでは限界が来る。集団として動かす練度も要る。その点について、今のこの組織は手薄だ」


 部屋が少し静かになった。


 グリムが腕を組み直した。否定しなかった。



 ナナが口を開いた。


「分かりました。加わってください」


 ドーガが少し驚いた顔をした。


「即答でいいのか?」


「はい。条件があります」


「言ってくれ」


「最初の1週間は訓練に参加してください。戦い方を見ます。それから役割を決めます」


 ドーガが頷いた。


「武器は預けるか?」


「いいえ。必要ありません」


 ドーガが少し間を置いた。それから立ち上がった。


「分かった」


 グリムが入り口から動かずに言った。


「訓練は明朝5時から始まる。遅れるな」


「わかった」


 ドーガが部屋を出た。



 2人になった。


 グリムが椅子を引いて腰を下ろし、足を伸ばして天井を見た。


「受け入れるとは思わなかった」


「グリムが危険だと言ったのに?」


「危険だから使えないわけじゃない。お前はそう判断したんだろ」


「はい。それと、ドーガの言ったことは間違っていません」


 グリムが天井から視線を下げた。ナナを見た。


「集団戦術のことか?」


「はい。今の黒い翼は30名です。次の1ヶ月で人数が増えれば、機動戦だけでは対応できない場面が出てきます。グリムは小部隊の機動戦に長けている。ドーガは集団を動かす訓練ができる。両方必要です」


 グリムが少し黙った。それから短く言った。


「俺のやり方に口を出させるつもりか?」


「はい」


 グリムが少し間を置いた。それから、何か言いかけてやめた。



 翌朝の訓練が始まった時、ドーガはすでに訓練場にいた。


 グリムが来て30名が集まると、ドーガは端に立って2人を交互に見た。


「今日は俺の訓練だ。お前は見ていろ」とグリムが言った。


「分かった」とドーガが答えた。


 訓練が始まった。グリムが班ごとに散開させ、地形を想定した移動訓練をさせた。3名1組が独立して動く形だった。連携は最低限で、速度と判断を優先させる内容だった。


 ドーガが黙って見ていた。途中で何かメモを取るような仕草をした。それだけだった。


 昼前に訓練が終わった。グリムが部隊を解散させた。ドーガが近づいてきた。


「聞いていいか?」


「なんだ?」


「5班と7班の連携が薄い。南側を抑える時に必ず穴が開く。意図してそうしているのか?」


 グリムが少し間を置いた。


「速度を優先している。連携を厚くすれば動きが鈍くなる」


「なるほど。——敵が50を超えた時はどうする?」


「50を超えた敵には出ない。魔法で対応する」


「魔法使いが1人しかいない時は?」


「……」


 グリムが黙った。ドーガが続けた。


「5班と7班の間に予備の1組を置けば、速度を大きく落とさずに穴を埋められる。試してみる価値はある」


 グリムがドーガを見た。目が細くなっていた。


「お前は昨日来たばかりだ。何が分かる!」


「それは関係ない」


「関係ある!俺はこの部隊を半年かけて動かしてきた!」


 ドーガが少し間を置いた。グリムを見たまま、声を変えなかった。


「半年の積み上げは分かる。それは本物だ。ただ外から見てはじめて見える穴もある。俺が言っているのはそれだ」


 グリムが腕を組んだ。視線を外さなかった。


「外から来た人間が穴を指摘するのは簡単だ。お前が動かしてみるか?」


「それは団長が決めることだ。俺が勝手に動かすつもりはない」


 2人がしばらく向き合った。訓練場に残っていた何人かが、遠巻きに見ていた。


 グリムが先に視線を切った。それから短く言った。


「明日試す。お前が指示を出すな。俺が動かす」


「それで構わない」


 その日の夕方、2人がナナのところに来た。珍しい組み合わせだったが、どちらも別に用があって来たわけではなかった。


「ちょうど良かった」とナナが言った。「2人に話があります」


 グリムが腕を組んだ。ドーガが立ったまま待った。


「訓練方針について決めます。グリムは機動力中心の現状の訓練を継続してください。ドーガには集団戦術の訓練を並行して担当してもらいます」


「別々にやるということか?」とドーガが聞いた。


「週の前半はグリムの訓練、後半はドーガの訓練で交互に入れます。実戦では状況次第で使い分けます」


 グリムが口を開いた。


「小回りが利く機動力が黒い翼の強みだ。それを崩してどうする」


「崩しません。集団戦術を加えます」


「並立できるか?」


「やってみなければ分かりませんが、どちらか一方しかない状態よりはいいと思います」


 グリムが少し黙った。ドーガが口を開いた。


「人数が増えた。このまま機動力だけで戦えば、いずれ烏合の衆になる」


「烏合の衆と言うな」とグリムが短く言った。「俺が訓練している」


「そういう意味ではない。機動力には練度が要る。それは認める。ただ集団として動く練度も同様に要る。どちらか片方では、いずれ限界が来る」


 グリムがドーガを見た。ドーガがグリムを見た。


 ナナが2人を見た。


(グリムは速度を武器にする。部隊を小さく割って、それぞれが独立して判断できるように鍛えてきた。前世で言えば、浸透戦術に近い。小さな穴を複数開けて、崩れた瞬間に集中する——あれはグリム自身の戦い方から逆算して作ったものだ)


(ドーガは集団の圧力を武器にする。30名が同じ方向に同じ速度で動いた時の質量は、3名が10方向に散った時とは別の種類の力だ。クレモアが来た時、城壁の外で面を押さえる必要が出れば、それが要る)


(この2人が言い争っているのは、どちらの戦い方が正しいかではない。どちらも正しい。見ている戦場が違うだけだ)


「両方やります」とナナが言った。「状況次第で使い分けます。それが結論です」


 グリムが短く息を吐いた。反論ではなかった。


「分かった」とドーガが言った。


 グリムは何も言わなかった。ただ、少し間を置いてから頷いた。



 その夜、ナナは城壁の上に立った。


 南の農地が見えた。脱穀が終わった畝が並んでいた。収穫された麦束の跡が残っていた。北には石材の積み上げられた場所があり、第二区画の着工準備が進んでいた。


 グリムが来た。


「ドーガをどこで判断した?」


「話を聞いて判断しました」


「それだけか?」


「軍人の目をしていました。部屋に入った時から、ずっと状況を把握しようとしていた。それが分かりました」


 グリムが少し間を置いた。


「俺も同じことを見ていた」


「だから危険だと言ったんですね」


「強い人間は危険だ。ただ正しい場所に置けば話は別だ」


 2人で南を見た。農地に風が来ていた。


(グリムの機動力とドーガの集団戦術が同じ部隊の中で噛み合えば、相手は対処の仕方を一つに絞れなくなる。前世で言えば、それが本当に厄介な部隊の条件だった)


(今日ドーガが来たのは、偶然ではないかもしれない。必要な時に必要なものが来る——そういうことが、この場所では起きる)


 ナナは城壁から降りた。

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