第67話 収穫
朝から農地に人が集まっていた。
ターニが呼んだのは全員だった。戦闘員も、難民も、ドワーフの職人たちも。鍬を握ったことのない者も、畝の間をどう歩けばいいかも知らない者も、全員来るようにとターニが前日の夕食の場で言った。断った者はいなかった。
ナナが農地に着いた時、すでに人の輪ができていた。50名を超えていた。ガリンが少し離れた場所で腕を組んで立っていた。グリムは前の方にいた。
ターニが畝の間に立っていた。麦穂が頭を垂れていた。豆類の列が左右に続いた。根菜の葉が土から顔を出していた。秋の朝の光の中で、農地全体が少し黄みがかって見えた。
「今日は最初の本格的な収穫をします」
ターニが言った。声は大きくなかった。それでも全員に届いた。
「品目は小麦、野菜、豆類です。量は多くありません。ただ——ここで育てたものです」
ターニが周囲を一度見渡した。それから鎌を持ち上げた。
「やり方を見ていてください」
ターニが一番手前の麦穂の前に立った。腰を落として、穂の根元に鎌を当てた。手首を返した。一束が倒れた。
それだけだった。
音もなく、力を使っている様子もなく、麦が倒れた。ターニが次の列に移った。同じ動きだった。3束、4束。倒れた麦が畝の間に並んでいった。
「束ねる時はここで。根を揃えてから縛ります。麦は横に置かず、立てておいてください。倒れると穂が傷みます」
ターニが立ち上がった。
「では始めてください。分からなければ声をかけること」
人が散った。
最初は静かだった。鎌を受け取って、畝の間に入って、どこから手をつけていいか分からずに立っている者もいた。慣れた様子で腰を落として動き出す者もいた。
鎌の音が少しずつ増えた。
麦穂が倒れていった。束が積み上がっていった。豆の莢を手でちぎる音が続いた。根菜を引き抜くたびに土が持ち上がり、また落ちた。
グリムが麦の列に入っていた。動きは正確ではなかったが、力があるので速かった。ターニが横に来た。
「鎌の角度がずれています。こうです」
ターニが手を取って角度を直した。グリムが少し間を置いて、また動いた。今度は束がきれいに倒れた。
「そうです」
グリムが何も言わずに次の列に移った。
ガリンが農地の縁から見ていた。何も言わなかった。ただ眼を細めて、全体をゆっくりと見渡していた。
ナナも麦の列に入った。鎌を持ち、腰を落としてターニの動きを思い出しながら角度を確かめた。手首を返した。一束が倒れた。思ったよりも抵抗がなかった。穂が重かった。
(育っている)
それだけ思った。次の列に移った。
午前中、農地に人が動き続けた。
慣れてくると早くなった。束が積まれ、莢が籠に溜まり、根菜が次々と土から抜け出してきた。ターニが農地の中を歩き回りながら確認した。束の縛り方が甘い者には直させた。穂の向きがずれていれば整えた。何も言わずに黙って確認して、次に移った。
昼前に、農地の西側の区画が終わった。
ターニが全員を呼んだ。
「今日の収穫はここまでにします。残りは明日以降、順番に進めます」
農地の中に、束が並んでいた。籠が並んでいた。土が掘り起こされた場所があった。
それだけだった。大きな声も、驚きの表情も、誰も出さなかった。ただ、全員が農地の中のものを見ていた。
食堂に戻ったのは昼過ぎだった。
今日の昼食には、収穫した豆を煮たものと根菜が加わっていた。小麦はまだ乾燥が要るので後日になるとターニが朝に言っていた。
全員が席に着いた。誰も何も言わなかった。
ナナは豆を一粒口に入れた。
(土の味がする。ここの土だ)
食堂の中が静かだった。スープの音とパンをちぎる音だけが続いた。
グリムが豆を口に入れた。少し間を置いた。
「食えるな」
ターニが答えた。
「当然です」
それ以上の言葉は出なかった。全員が黙って食べていた。誰も残さなかった。
食事が終わった。グリムが訓練場に向かう班を連れて出ていった。ガリンが職人たちに声をかけた。ターニが農地に戻った。
ナナは食堂の中に残った。
オズが帳簿を持って来た。
「豆類と根菜で、今月の食料を少し補えます。量は限られていますが、農地からの初めての補填になります」
「分かりました」
オズが帳簿を開いた。
「人口が73名になりました。今週また3名増えました。来月には80名を超えます」
「居住区の拡張は?」
「ガリンさんが第二区画の設計を始めています。来月中に着工できそうです」
「分かりました」
オズが帳簿を閉じた。
「明日は小麦の脱穀をします。ターニさんがそう言っていました」
「はい」
オズが頭を下げて出ていった。
夜になった。
訓練場から声が止み、城内が落ち着いた頃、ナナは自室の机に向かった。
帳面を開いた。名前が並んでいた。少しずつ増えてきた名前だった。増えるたびに書いた。今週来た者の3人分を書き足した。
ペンを置いた。
(73人いる。ここに)
廃墟だったこの場所に、今71人がいる。それだけだった。それだけで十分だった。
帳面をめくった。途中のページに、別の文字があった。
ミラの名前だった。
ナナは少し止まった。それからページを戻した。
(今日、農地から食べた。ここの土で育ったものを、全員で食べた)
(ミラが見たかったのはこういうものだったかもしれない)
確かめようもなかった。ただ、そう思った。
帳面を閉じた。
翌朝、ターニが脱穀の準備を始めた。昨日収穫した麦束が農地の端に立てかけてあった。ガリンが脱穀台の設置を手伝っていた。
中庭でオズが何かを確認していた。ヴォルクが労働割り当ての更新を持ってきた。
「新しく来た3名の割り当てです」
「はい。確認します」
ナナが書類を受け取った。
中庭の市場にマルコが来ていた。荷馬車から荷を降ろしていた。隣に魔族の商人が出店の準備をしていた。農民が種を見に来ていた。ガリンの若いドワーフが石材を運んでいた。
城壁の上からガリンの声が聞こえた。
「昨日より進んでるな。もう少しだ」
作業の音が返ってきた。
ナナは書類を持ったまま少し動かなかった。
農地から麦を叩く音が聞こえた。食堂からオズが誰かに話しかける声が聞こえた。訓練場でグリムが班を動かし始めた。昨日と同じ朝だったが、農地の端に束が積んであった。
ナナは中庭に足を向けた。




