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第七魔王戦記 ~少女魔王は戦場にて微笑む~  作者: 猫じゃらし
第2部  調停者の戦場 第6章 廃墟から城砦へ
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第58話 市場が立つ

 南の掃討が終わってから、人が増えた。


 旧カオス領から来た農民。元兵士。壊れた村から逃げてきた職人。それぞれが別々の理由で来た。全員が疲れていた。全員が何かを失っていた。全員が仕事を求めていた。


 オズが毎朝、人口を報告した。


「昨日より3名増えました。現在42名です」


「はい」


「昨日より5名増えました。現在47名です」


「分かりました」


 ナナはその都度、できる仕事を割り当てた。城壁の修復。農地の開墾。食料の管理。居住区の整備。仕事は増えていた。人も増えていた。どちらが先かは分からなかった。


 人が増えるにつれて、問題も増えた。


 居住区をどう割り振るか。食料の配分をどう決めるか。労働できない老人や子供をどう扱うか。


 ナナは1つずつ決めた。居住区は家族単位で区画を割り当てた。食料は労働量に関わらず均等にした。老人と子供は軽作業を担当した。


 衛生管理は、オズがミラの記録を元に、井戸の水質確認と食料保管場所の巡回を毎日続けた。帳簿を付けるのと同じように、淡々と記録を残した。


「団長、衛生管理の担当を別に立てたいのですが」


「誰か心当たりはありますか?」


「カルの部下に元野戦医がいます。任せられる人物だと思います」


「任せます」


 オズが帳簿を抱えて出ていった。



 マルコが来たのは、人口が49名になった日の昼だった。


 荷馬車を1台引いていた。1人だった。城門の前で止まって、ダリオに声をかけた。


「お久しぶりですね。また人が増えたと聞きました。物資を持ってきましたよ」


 ダリオがナナを呼びに来た。


 ナナが外に出た。マルコを見た。前に会った商人だった。目が細かった。荷馬車の幌が膨らんでいた。


「お久しぶりです、団長さん」


「マルコさん。何を持ってきたんですか?」


「塩、布、鉄の調理道具、それから種をいくつか。イグレアで何が必要か調べてから来ました」


「どこで調べたんですか?」


「グレンフォードで。ベラさんから少し教えていただきました」


 ナナは少し間を置いた。


(ベラが情報を出した。意図的だ)


「中に入ってください」


 マルコが荷馬車を引いて中庭に入った。荷を降ろし始めた。


 5分もしないうちに人が集まった。種を見た農民が声を上げた。布を手に取った女性が隣の誰かに声をかけた。子供が調理道具を指差した。


 マルコが荷を広げながら値段を言った。高くない。ぼったくる気配がない値段だ。取引が始まった。


 ナナは少し離れたところから見ていた。


 中庭に市が立っていた。誰も指示しなかったのに。人が集まって、物があって、値段が決まった。それだけで市になった。


 オズが横に来た。帳簿を開いた。


「……団長、これは面白いことになります」


「どういう意味ですか?」


「市場に人が集まれば、通行料と出店料で収入が入ります」


 オズが帳簿に数字を書き出した。


「マルコさんが月に2回来るとします。他の商人も来るようになれば月に5回は市が立ちます。1回あたり銀貨5枚の出店料を取れば、月に銀貨25枚。年間で金貨3枚近い収入です」


「通行料は?」


「それは別です。街道を通る商人から通行料を取れば、さらに収入が増えます」


 オズが顔を上げた。そわそわしていた。


「定期的に市が立てば、イグレアは商業の拠点になります。人が集まれば、物が集まります。物が集まれば、さらに人が集まります。計算してもいいですか?」


「後でお願いします」


 オズが残念そうな顔をした。それでも帳簿を閉じた。


 ナナは市を見ていた。


 種を買った農民が、隣にいた元兵士に何かを話していた。カルの部下だった元兵士が、ターニの農民に笑いかけていた。布を買った女性が子供に見せていた。


(人が混じっている)


 略奪した側とされた側。元敵と元民間人。人族と——まだ少ないが魔族も。それが同じ中庭に立っていた。誰も何も言っていなかった。ただ市を見ていた。


 取引が一段落してから、ナナがマルコに声をかけた。


「定期的に来るつもりはありますか?」


「採算が合えば、ですね」


 マルコが今日の売り上げを確認した。


「……合いますね。これなら続けられます」


「場所を用意します。定期的に来てくださるなら、中庭の一角を使ってください」


 マルコが少し間を置いた。ナナを見た。


「……本当に街を作ってるんですね」


「はい」


「前に護衛をお願いした時は、正直ここまでとは思っていませんでした」


「今は城砦と街、両方です」


「なるほど」


 マルコが中庭を見渡した。農民と元兵士と職人が同じ場所にいた。誰かが誰かと話していた。


「10日後にまた来ます。何が必要か、リストをいただけますか?」


「オズに用意させます」


「助かります」


 マルコが頷いた。


「——ベラさんが言っていました。ここは面白いことになると」


「そうですか?」


「私もそう思います」


 マルコが荷馬車を引いて出ていった。



 人口が50名を超えた。


 ナナは組織を作ることにした。


 オズを呼んだ。


「居住区、食料管理、労働割り当て、衛生管理——それぞれに担当を置きます」


「分かりました。人選はどうしますか?」


「居住区はダリオに任せます。食料管理はオズ、そのままお願いします」


「承知しました」


「労働割り当てはヴォルクに聞いてください。城壁修復と農地開墾、両方を見ている人です」


「分かりました」


「衛生管理は元野戦医の方に任せます。オズから話を通してください」


「承知しました」


 オズが帳簿に書き出した。


「担当が決まれば、私が一覧表を作ります」


「お願いします」


 オズが出ていった。


 ナナは窓から中庭を見た。市場の屋根がまだ立っていた。明日また人が来る。明後日も来る。


(組織を作る。人が増えれば、仕組みが必要になる。仕組みができれば、また人が増える)


 50名を超えた。まだ増える。



 その夜、ベラから手紙が届いた。


 依頼書ではなかった。備考欄だけの文書だった。


「黒い翼の実績がギルドで話題になっている。Dランクにしては働き過ぎだと。昇格の話が出ているが——年齢制限がある。ただ例外規定がないわけでもない。実績次第。——ベラ」


 ナナは少し間を置いた。


(例外規定。ベラはそこを伝えたかった)


「例外規定……」


 声が出た。自分で気づいた。誰もいなかった。


 オズに返事の下書きを頼んだ。


「実績を積みます。以上で」


 オズが書いた。送った。



 夜遅く、城壁の上にグリムがいた。


 珍しかった。グリムが城壁に上がることはあまりなかった。


 ナナが近づいた。グリムが気づいて少し動いた。横に立てる場所を作った。


 2人で南を見た。農地が暗かった。ターニはもう戻っていた。


 しばらく何も言わなかった。


 グリムが口を開いた。


「お前は将軍より領主に向いてるかもしれん」


 ナナは少し間を置いた。


「将軍と領主の違いが分かりません」


「守る相手が兵士から民に変わることだ」


 ナナは何も言わなかった。


 守る相手が変わる。グリムはそう言った。


(前世では兵士を率いていた。今は——農民も、職人も、子供も、老人もいる。全員を守る)


 グリムが続けた。


「悪い意味じゃない」


「分かっています」


「……そうか」


 また沈黙になった。風が来た。農地の方から土の匂いがした。


 ナナはそれを感じた。


 中庭に市が立った。組織ができた。人が混じり始めた。


 それが街になっていく。


 ナナは何も言わなかった。

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