第57話 南の掃討
ベラから依頼が届いたのは、開墾作業が3日目に入った朝だった。
「南の街道沿いの略奪集団排除。Dランク上限。複数件同時受注可」
オズが読み上げた。
「受けます。ヴォルク、集団の現状を教えてください」
ヴォルクが地図を広げた。イグレアの南から旧カオス領にかけての手書きの地図だった。3か所に印がついていた。
「現状で3つに分かれています。最大が旧駐屯地跡に40人。次が街道の分岐点近くに20人。最小が南の村跡に10人。それぞれ独立して動いています。連絡は取り合っていません」
「合流する可能性は?」
「低い。リーダーが別々です。縄張り意識が強い」
ナナは地図を見た。3か所の位置を確認した。
(同時に動けば、互いが逃げ込む場所がなくなる。順番に叩けば逃げた者が合流して大きくなる)
「3方向から同時に圧力をかけます。ただ倒すのは最後の手段です」
グリムが少し眉を動かした。
「降伏させるつもりか」
「はい。戦力を見せて、降伏を選ばせます」
「応じなければ?」
「その時は戦います。ただ最初から戦いに行くのとは結果が違います」
グリムがしばらく黙った。
「……分かった。俺はどこを担当する」
「最大の40人です。グリムに一番規模の大きい所を頼みます」
「リーゼは?」
「20人の方です。ヴォルクに同行してもらいます」
ヴォルクが少し間を置いた。
「……私が、ですか」
「はい。10人の方はジャックに任せます。小規模なので対処できます」
グリムがヴォルクを見た。何も言わなかった。ヴォルクもグリムを見た。
「分かりました」とヴォルクが言った。
翌朝、3班が同時に南へ出た。
出発前、ナナはイグレアの城門から農地を見た。ターニがすでに平野に出ていた。朝の早い時間だった。松明もなく、夜明けの薄明かりの中で土を確認していた。
(あの農地を守る。それが今日の目的だ)
ナナはグリムの班に同行した。最大集団の40人は旧駐屯地跡を拠点にしていた。石造りの建物が残っていた。かつて旧第六魔王軍が使っていた施設だった。
レンが先行して偵察した。戻ってきた。
「40人、全員が内部にいる。見張りが4人。入口が2か所」
「正面から入ります」
グリムが少し顔を向けた。
「奇襲じゃないのか」
「奇襲すれば戦闘になります。正面から入れば——向こうが選べます」
グリムが鼻から息を出した。
「……お前の作戦だ」
一行が正面入口から近づいた。見張りが気づいた。声が上がった。中から人が出てきた。武器を持っていた。
グリムが前に出た。大剣を背中から抜いた。抜いただけで、構えなかった。ただ立っていた。
それで十分だった。グリムが立っているだけで、相手の動きが止まった。40人が、大剣を持って立っている男を見ていた。誰も前に出なかった。
ナナが前に出た。
「第七魔王です。話がしたいです。リーダーを呼んでください」
しばらく誰も動かなかった。
中から男が出てきた。40代だった。傷跡が多かった。目が鋭かった。カルといった。
「第七魔王だと?」 カルがナナを上から下まで見た。「……本物か」
「はい」
「何の用だ」
「略奪をやめてください」
カルが少し間を置いた。笑うかと思ったが、笑わなかった。
「やめたら飯はどこから出る」
「仕事があります。イグレアで働いてください」
「イグレアというのは——お前の城砦か」
「はい」
「なぜ俺たちを使う。危ないだろう」
「危ないかどうかは分かりません。ただ略奪を続けても先はありません。南の農地が育てばここ一帯の食料が安定します。その農地を略奪すれば、自分たちの首を絞めます」
カルがしばらくナナを見た。
「農地?」
「はい。今、開墾しています」
「誰が耕すんだ」
「旧カオス領から来た農民です」
カルが少し眉を動かした。
「……旧カオス領の者がここにいるのか」
「はい。10人います。もっと来るかもしれません」
カルが後ろを見た。部下の中に顔色が変わった者がいた。2人だった。目を伏せた。ナナには理由が分からなかった。カルが前を向いた。
「俺たちの中にも——旧カオス領の出身がいる」
「そうですか」
「略奪した村の出身も、いるかもしれない。略奪した側と、された側が同じ場所にいることになる」
ナナは少し間を置いた。
「それはカルさんが判断することです。私が判断することではありません」
「……どういう意味だ」
「来るかどうかを決めるのはカルさんです。来た場合に何をするかは、カルさんが自分で考えることです。私が全部決めることはできません」
カルが長い間、ナナを見た。
「お前は——それで責任を取れるのか」
「取れない部分があるかもしれません。それでも受け入れます」
「なぜだ」
「追い返しても、問題はなくなりません」
カルがしばらく黙った。空を見た。また前を向いた。
「お前、いくつだ」
「10歳です」
「……」
カルが後ろを振り返った。部下たちを見た。部下たちがカルを見た。誰かが小さく頷いた。
「戦う理由がない」
カルが武器を地面に置いた。後ろの者たちが順番に置いた。
リーゼの班が担当した20人は、グリムの班が動いたという報せを聞いて翌朝に降伏した。
ヴォルクが先に話しかけた。元同僚だった者が2人いた。名前を呼んだ。相手が武器を置いた。それで残りも置いた。
リーゼが後でナナに言った。
「ヴォルクが話しかけた方が早かった。私が圧力をかけるより先に終わっていた」
「そうですか」
「……使える」 少し間を置いた。「認める」
ジャックの班が担当した10人は、その日の昼には武器を置いた。逃げようとした者が2人いたが、レンが先回りして止めた。
3か所、全部が2日で終わった。
ギルドへの完了報告をオズが送った。
3日後、ベラから返事が来た。
「黒い翼が南を掃討した。早い。ギルドで話題になっている。——ベラ」
ナナは少し間を置いた。
(話題になっている。ベラがそれをわざわざ書いてきた。何かが動き始めている)
それだけだった。オズが帳簿に何かを書いた。
「完了報酬の合計は銀貨60枚です。3件分です」
「分かりました。石材の輸送費に充てます」
「……残りは?」
「食料の買い増しです」
オズが頷いた。帳簿に書き込んだ。
「カルを含む降伏者ですが——20人がイグレアへの同行を希望しています」
「受け入れます」
「全員ですか」
「はい。条件は同じです。仕事をしてもらいます」
オズがしばらく黙った。
「……人口が49人になります」
「はい」
「食料の計算をし直します」
「お願いします」
イグレアに戻ったのは夜だった。
降伏者20人が後ろについていた。カルが先頭に立っていた。
城門の前でカルが一度だけ立ち止まった。振り返らなかった。そのまま入った。20人が続いた。
南の平野に松明の明かりが見えた。
ターニだった。1人で農地に出ていた。松明を地面に立てて、膝をついて、土を確認していた。手で土を握って、崩して、また握っていた。
カルが立ち止まった。松明の明かりを見た。
「あれが農地か」
「はい。始まったばかりです」
「……誰がやっている」
「旧カオス領から来た農民です。ターニという方が指揮しています」
カルがしばらく見ていた。何も言わなかった。
ナナが近づいた。
「まだ作業していますか」
ターニが振り返った。ナナを見て、後ろの20人を見た。驚かなかった。
「夜の土の状態を見ておきたくて」
「夜と昼で違いますか」
「温度が変わります。この土は夜に冷えた後の方が状態が良い」 ターニが立ち上がった。「——掃討は終わりましたか」
「はい」
「ありがとうございます。これで安心して朝から出られます」
ナナは少し間を置いた。
(守れた。今日は守れた)
「明日から護衛なしで出ても構いません」
「そうします」 ターニが松明を手に取った。後ろの20人を見た。「——来た人たちですか」
「はい」
「農業ができる方はいますか。人手が要ります」
カルが少し前に出た。
「俺は無理だが——できる者が何人かいる」
「助かります」 ターニが頷いた。「明日、話を聞かせてください」
ターニがイグレアの中に戻っていった。
カルがナナを見た。
「……こういうことか」
「はい」
「俺たちが守って、農民が耕す」
「はい。逆もあります。農民が食料を作れば、守る者が長く動けます」
カルが短く息を吐いた。
「——分かった」
ナナは暗くなった農地を見た。土が掘り返されていた。まだ何も育っていなかった。それでも、何かが始まっていた。




