第56話 土を耕す
ストーンフォールからイグレアに戻って3日後、石材の第一便が届いた。
荷馬車が4台だった。石材が積んであった。鉄材も一緒だった。御者がドワーフだった。無口だった。荷を降ろして、受け取りの書類を確認して、それだけで帰った。
グリムが石材を見ていた。
「……思ったより多い」
「ストルムが多めに入れたのかもしれません」
「なぜ?」
「試されているのかもしれません。きちんと使えるかどうか」
グリムが石材を1つ持ち上げた。重さを確認した。
「品質は悪くない」
ナナは少し間を置いた。
(来た。ストルムは約束を守った)
「では修復を始めてください」
ヴォルクが石材の前に来た。
「積み方の順番を決めます。南面から東面の順で進めます。北面は後回しでいいですか」
「はい。ヴォルクに任せます」
ヴォルクが頷いた。その日の午後から作業が始まった。
グリムが最初は横で見ていた。ヴォルクの指示を確認していた。文句は言わなかった。ヴォルクが石の向きを直す時、積む順番を変える時、グリムは何も言わずにそれを見ていた。
2時間後には自分も石を積んでいた。
翌日の朝、南から人が来た。
10人だった。家族連れだった。子供が3人いた。全員が疲れていた。荷物が少なかった。持てるだけ持って来た様子だった。服が汚れていた。何日も歩いてきた顔だった。
先頭の男が言った。
「旧カオス領から来ました。村が略奪に遭いました。行く場所がなくて——ここに来ました」
ナナは少し間を置いた。
「入ってください」
ダリオが後ろで「団長?」という顔をした。ナナは頷いた。
食堂に通した。食事を出した。全員が食べた。子供が最初に食べた。大人は子供が食べ終わるのを待ってから食べた。誰も急かさなかった。
食事が終わると、先頭の男が頭を下げた。
「ありがとうございます。……仕事があれば何でもします」
ナナは少し間を置いた。
子供が3人いた。疲れた顔をしていた。それでも食べ終わってから、行儀よく座っていた。
「あります」とナナは言った。「明日、話を聞かせてください」
オズが来たのはその夜だった。
帳簿を持っていた。顔が少し険しかった。
「報告があります」
「はい」
「本日の難民10人を加えて、イグレアの人口は29人になりました」
「分かりました」
「食料の計算をしました」 帳簿を開いた。「このままのペースで人が来た場合、6週間で食料が尽きます。石材の件が解決したばかりですが——次は食料です」
ナナは少し間を置いた。
「来た人は受け入れます」
「……人数の上限は設けませんか」
「設けません。ただ仕事をしてもらいます。来た人全員に、できる仕事を割り当てます」
「仕事をしても食料は増えません。人が増えれば消費が増えるだけです」
「食料を増やす方法を考えます」
オズが少し間を置いた。
「……何か手がありますか」
「明日、南の平野を見てきます」
翌朝、城壁の上から南の平野を見ていると、下に人がいた。
難民の1人だった。50代の女性だった。昨日来た10人の中の1人だった。平野の端まで歩いて、土を触っていた。しゃがんで、両手で土を握って、顔に近づけて、匂いを嗅いでいた。
ナナが降りて近づいた。
女性が振り返った。
「……すみません。勝手に出てきてしまいました」
「構いません。何をしていますか?」
「土を見ていました」 女性が手の中の土を見た。「良い土です。水はけが良くて、養分がある。南の平野はずっとこういう土なんですか?」
「確認したことはありません」
「耕せますよ」 女性が立ち上がった。「私、ターニといいます。農場をやっていました。略奪に遭うまでは」
「ナナミアといいます」
「知っています。第七魔王ですよね」 ターニが平野を見た。「ここを農地にするつもりはありますか?」
「今、考えています」
「どのくらいの面積で?」
「まだ決めていません」
ターニが少し考えた。
「城壁から南に500歩、東西に300歩。まずそのくらいから始めれば——30人分の食料が1年で賄えます。2年目からは余ります」
ナナは少し間を置いた。
「根拠は?」
「この土の質と、ここの日当たりです。あとは——経験です」
「やってもらえますか」
ターニが少し驚いた顔をした。
「……私が、ですか」
「はい。指揮をお願いします」
「農具がありません。種もありません」
「調達します。何が必要か教えてください」
ターニがしばらく黙った。平野を見た。また土を見た。
「……分かりました」
ターニがまた土を見た。手の中の土をゆっくり地面に戻した。
「1つだけ聞いていいですか」
「はい」
「なぜ私に任せるんですか。昨日来たばかりです。信用できるか分からないでしょう」
ナナは少し間を置いた。
「土を見る目が本物です。それで十分です」
ターニがしばらく黙った。
「……農場を失ってから、誰にも土の話をしていませんでした」
「そうですか」
「誰も聞かないので」 ターニが立ち上がった。
ナナは少し間を置いた。
(聞かなかったのではなく、聞ける場所がなかった)
「——リストを作ります。農具と種の種類と量です。今日中に出せます」
「助かります」
「南の平野の一部を開墾します」
グリムが少し間を置いた。
「守りが薄くなる」
「はい」
「南に人を出せば、城壁の外での作業になる。略奪集団がまだいる」
「はい。だから掃討を急ぎます」
「順番が逆じゃないか。掃討してから農地を作るべきだ」
「同時に進めます」
グリムが少し眉を動かした。
「同時に?」
「農地が育てば食料が自立します。食料が自立すれば人を養える。人が増えれば戦力になります。長期で見れば農地は防衛力です。掃討を待っていたら、その間に食料が尽きます」
グリムが腕を組んだ。
「……農地を守るために掃討する、ということか」
「はい。目的が増えた分、動く理由も増えます」
グリムがしばらく黙った。
「分かった。農作業に出る人間の護衛は必ず付ける」
「はい。それはお願いします」
グリムが出ていった。
翌朝から開墾作業が始まった。
ターニが先頭に立った。平野の端に立って、少し間を置いた。それから鍬を両手で持って、地面に振り下ろした。
土が裂けた。黒かった。湿っていた。ターニが鍬を引いて、また振り下ろした。2回目は躊躇いがなかった。
難民の農民たちが後に続いた。子供も手伝った。誰も何も言わなかった。鍬の音だけが続いた。
城壁の修復作業と農地の開墾作業が同時に動いた。
ヴォルクが城壁に石を積んだ。ターニが平野に鍬を入れた。どちらも黙って働いていた。
昼過ぎ、グリムがリーゼに声をかけた。2人が平野の端に立って農作業を見ていた。護衛だった。何も言わなかった。ただ見ていた。
ナナは城壁の上からそれを見ていた。
(石を積む者と、土を掘る者。どちらも昨日まで別々の場所にいた)
石材を積む音と、土を掘る音が重なっていた。
夜、エリスが来た。
「城壁の上にいた?」
「はい」
「何を見てたの」
「作業を見ていました」
エリスが窓から外を見た。暗くて何も見えなかった。
「農地か」 少し間を置いた。「ここが本当に街になるね」
「なります」
エリスがナナを見た。
「確信があるの?」
「あります」
「根拠は?」
「ターニが土を見て耕せると言いました。グリムが護衛を付けると言いました。オズが帳簿を計算し直しています。みんなが動いています」
エリスが少し間を置いた。
「……それが根拠なの」
「はい」
エリスが窓の外を見た。しばらく黙っていた。
「魔王とか調停者とか、そういう話じゃないんだね」
「はい」
「人が動いているから、街になる。それだけ」
「はい」
エリスが少し笑った。
「——なんか、好きだよ。その答え」




