表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第七魔王戦記 ~少女魔王は戦場にて微笑む~  作者: 猫じゃらし
第2部  調停者の戦場 第6章 廃墟から城砦へ
55/57

第55話 ストルムの条件

 北の山脈に入ると、空気が変わった。


 低地の湿った空気が消えて、乾いた冷たさが来た。道が石畳になった。山を削って作った道だった。幅が広かった。荷馬車が2台並んで通れるくらいあった。両側が岩壁だった。切り立っていた。上を見ると空が細く見えた。


「よく整備されている」


 グリムが道を見ながら言った。


「採掘した石材を運び出すための道です。ストーンフォールは輸送を重視します」


「お前、行ったことがあるのか」


「ありません。ゴルドーから聞きました」


 グリムが少し間を置いた。


「交渉したことは?」


「ありません」


「……ナナ」


「はい」


「正直に言う。俺は外交が得意じゃない」


「知っています。今日は口を開かなくていいです」


 グリムが鼻から息を出した。


「それはそれで腹が立つ」


 ナナは何も言わなかった。


 グリムが少し間を置いた。


「……分かった」


 オズが後ろで帳簿を確認していた。馬に乗りながら帳簿を読んでいた。落ちなかった。


「団長、持参した金貨2枚ですが、交渉の最中に相手に見せますか」


「最初に見せます。ただ渡しません」


「見せるだけですか」


「はい。これだけしかないと分かれば、相手も金貨以外の条件を考えます。それを引き出します」


 オズがしばらく黙った。


「……なるほど」


 帳簿を閉じた。



 ストーンフォールは山の中腹にあった。


 岩盤を削り取って作った都市だった。建物が石でできていた。全部石だった。壁も床も屋根も。木材が一切なかった。街全体が山の一部だった。


 人が多かった。背が低く肩幅が広い者が多かった。ドワーフだった。人族も混じっていたが、少数だった。皆が何かを運んでいた。石を、鉄を、工具を。誰も立ち止まっていなかった。声が飛び交っていた。作業の指示だった。怒鳴っているわけではなかった。ただ、全員が仕事をしていた。


 グリムが街を見回した。


「……でかいな」


「採掘量に比例して街が広がったそうです」


「人口は?」


「ゴルドーから聞いた範囲では3000人ほど」


「イグレアの何倍だ?」


「今のイグレアは20人です」


 グリムが少し間を置いた。何も言わなかった。


 門番がゴルドーの手紙を確認した。少し間を置いて、中に通した。


 案内された先は広い石の部屋だった。装飾が一切なかった。テーブルと椅子があった。窓から採掘場が見えた。槌の音が聞こえた。休みなく続いていた。



 ストルムが来たのは10分後だった。


 白い髭だった。体が横に広かった。目が小さかった。その目が、部屋に入った瞬間にナナを見た。それからグリムを見た。オズを見た。また、ナナを見た。


 椅子に座った。何も言わなかった。ゴルドーの手紙を机の上に置いた。折りたたんだままだった。すでに読んでいる、ということだった。


 ナナが先に話した。


「お時間をいただきありがとうございます。黒い翼の団長、ナナミアといいます」


「ゴルドーの手紙は読んだ」


 それだけ言った。続きを待っている顔だった。


「石材と鉄材を継続的に供給していただきたいのです。月に石材20トン、鉄材5トンを目安に考えています。対価として金貨と、傭兵ギルドの依頼優先権を提示します」


 ストルムが少し間を置いた。


「3つ、聞く」


「はい」


「第六魔王を本当に倒したのか?」


「はい」


「お前が、か。この体で」


「はい」


 ストルムがナナを見た。10歳の外見を見ていた。長い間だった。判断している目だった。馬鹿にしている目ではなかった。疑っている目でもなかった。測っていた。


「どうやって倒した?」


「魔王砲を使いました。魔力を一点に集中させる技法です」


「魔王砲」ストルムが低い声で繰り返した。「聞いたことがある。前の第七魔王が使ったと言われていた技だ」


「はい。私が使えるのはその影響です」


 ストルムが頷いた。それ以上は聞かなかった。


「2つ目。南の空白地帯をどう処理するつもりか」


「略奪集団を抑えます。1年以内に」


「根拠は?」


「すでに動いています。旧第六魔王軍の元小隊長が情報を持っています。場所は把握済みです」


「兵力は?」


「黒い翼の16人と、帰順した元兵士3人です」


 ストルムが少し間を置いた。


「少ないな」


「はい。ただ略奪集団は分散しています。まとまる前に各個に当たれば数は問題になりません」


「まとまった場合は?」


「まとまらせません。情報があります」


 ストルムがナナを見た。少し長い間だった。


「1年で足りるか?」


「足ります」


 ストルムがまた間を置いた。長い沈黙だった。グリムが横で微動だにしなかった。オズが帳簿を膝の上に置いたまま動かなかった。


「3つ目」


「はい」


「お前は何者だ?」


 ナナは少し間を置いた。


「第七魔王です」


「それは聞いた。お前が何をしたいかを聞いている」


 また少し間を置いた。


「調停者を目指しています」


 ストルムの目が動いた。初めて表情が変わった。眉が少し動いた。それだけだった。


 しばらく誰も何も言わなかった。


 採掘場の槌の音だけが続いていた。


「……調停者か」


 低い声だった。独り言のようだった。


「100年ぶりに聞く言葉だ」


「ストルム王は、前の第七魔王と会ったことがありますか?」


「一度だけ。俺がまだ若い頃だ」ストルムが少し遠くを見た。「小さな女だった。お前と同じくらいの背だったかもしれない。ただ目がな……」


「目、ですか?」


「疲れた目だった。ずっと戦い続けてきた目だった」ストルムがナナを見た。「お前の目はまだそうではない」


 ナナは少し間を置いた。


「これからそうなるかもしれません」


「なるかもしれんな」ストルムが短く息を吐いた。「前の第七魔王も同じことを言っていたか?」


「調停者という言葉を使っていたかは分かりません。私は前の第七魔王ではありません。同じ言葉を使いますが、同じやり方をするとは限りません」


 ストルムが少し目を細めた。


「正直だな」


「嘘をついても、いずれ分かります」


「……そうだな」


 ストルムが立ち上がった。部屋を少し歩いた。窓の外の採掘場を見た。槌の音が続いていた。また戻ってきた。


「条件を出す」


「はい」


「石材と鉄材を供給する。金貨は要らない」


 ナナは少し間を置いた。


「傭兵ギルドの依頼優先権だけで、ということですか」


「そうだ。それともう1つ」


「はい」


「南の空白地帯の略奪集団を1年以内に抑えること。これを条件に加える」


「……それは先ほど私が言ったことです」


「お前が言ったことを、俺の条件にする。それだけだ」


 ナナは少し考えた。


(金貨を要らないと言った。ギルドの依頼優先権を欲しがっている。ストーンフォールには傭兵が要る。自前で抱えるより、ギルドを通した方が効率が良いと判断している)


「承諾します」


「傭兵ギルドの依頼優先権というのは、具体的にどういう仕組みだ」


「ストーンフォールから依頼が出た場合、黒い翼が優先して受けます。他の傭兵団より先に情報が来て、先に判断できます」


「断ることはできるか?」


「できます。優先権は強制ではありません」


 ストルムが頷いた。


「分かった。第一便は10日後に出す。街道の状態を確認してから量を決める」


「はい。イグレアまでの道は整備します」


「お前のところの城砦は今どんな状態だ?」


「修復中です。石材が届けば本格化します」


「……急ぐな。焦って作った壁は崩れる」


 ストルムがグリムを見た。


「お前は?」


 グリムが少し驚いた顔をした。


「……副団長です」


「戦える顔だな」


「一応」


「南の略奪集団を抑える時、お前が動くか?」


「はい」


 ストルムが頷いた。


「約束は人が履行する。誰が動くかを知っておく必要がある」


 ストルムが手を差し出した。握手だった。ナナが握った。ストルムの手が大きかった。硬かった。


「約束は守れ」


「守ります」


「ゴルドーが珍しいことをした」


「はい?」


「あの男が誰かに手紙を書くのは初めて見た。お前に何かあるのかもしれん」


 ストルムがグリムにも手を差し出した。グリムが握った。


「南を頼む」


「……はい」


 それだけ言って、ストルムが部屋を出ていった。


 3人が残った。


 グリムが小さく息を吐いた。


「……緊張した」


「そうでしたか?」


「お前は緊張しないのか」


「していました。ただ顔に出しませんでした」


 グリムが少し間を置いた。


「……そうか」



 帰路、山を下りながらグリムが言った。


「傭兵ギルドの依頼優先権を条件に使うとは思わなかった」


「有効だと思っていました」


「金貨を出さなくて良かったのか」


「良かったです。2枚しかありません」


 グリムが少し間を置いた。


「……最初から使うつもりがなかったのか」


「見せるつもりはありました。ストルムが金貨を要らないと言ったので、見せませんでした」


「駆け引きか」


「いいえ。ストルムが何を欲しがっているかを考えただけです。鉱山国家に金貨は余っています。足りていないのは外との繋がりです」


 グリムがしばらく黙った。山道を馬が歩いた。石畳の音がした。


「ストーンフォールは外と取引したかった、ということか」


「はい。ただ相手を選んでいた。信用できない相手とは話もしない。ゴルドーがそう言っていました」


「ゴルドーの手紙がなければ、中にも入れなかったかもしれないな」


「そうだったと思います」


 グリムが山を振り返った。ストーンフォールはもう見えなかった。


「ストルムという男は信用できるか?」


「はい」


「根拠は?」


「前の第七魔王のことを100年経っても覚えていました。目が疲れていたと言っていました。会ったのは一度だけで、百年前のことです。それを覚えている人間は、約束を覚えています」


 グリムが何か言いかけた。やめた。


「……お前は変なところを見るな」


「そうですか?」


「普通は交渉の条件を見る。お前は相手の目を見ている」


 ナナは少し間を置いた。


「条件は変えられます。目は変えられません」


 グリムが短く鼻から息を出した。笑ったのかもしれなかった。


 オズが後ろで小さく何かを書いていた。


「団長」


「はい」


「今回の協定ですが、石材と鉄材の対価として金貨を出さずに済みました。浮いた2枚の金貨の使い道を決めておきますか」


「次の交渉に取っておきます」


「次の交渉というのは?」


 ナナは山の下を見た。平野が見えた。イグレアはまだ遠かった。


「まだ決まっていません」


 オズが帳簿に書き込んだ。


「……承知しました」


 風が来た。山の冷たい空気だった。下に降りるほど温かくなっていった。


 石材が来る。鉄材が来る。城壁が本格的に直せる。


 次は南だ、とナナは思った。カオスの名前を使っている集団がいる。ヴォルクが場所を知っている。ストルムとの約束もある。


 順番が見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ