第54話 石と鉄
ベラから追加の依頼が届いたのは、ヴォルクたちの受け入れを決めた翌日だった。
「南の街道沿い3か所の拠点確認。Dランク。銀貨20枚」
オズが読み上げた。
「拠点確認、というのは?」
「旧第六魔王軍が使っていた中継地点が3か所あります。今も使われているかどうか、人がいるかどうかを確認するだけです。戦闘は想定していません」
「分かりました。ヴォルクを連れていきます」
オズが少し間を置いた。
「……受け入れてすぐ実戦ですか」
「戦闘任務ではありません。情報収集です。ヴォルクは旧第六魔王軍の小隊長でした。拠点の場所と使い方を知っています。連れていかない理由がありません」
「グリムには何と言いますか?」
「ちゃんと説明します」
グリムは予想通りの顔をした。
「まだ武器も返していないぞ」
「拠点確認に武器はいりません。それにヴォルクが拠点の位置を正確に知っているかどうか、現地で確認できます」
「嘘をついていた場合は?」
「その場で判断します」
グリムが少し間を置いた。
「……俺も行く」
「はい。グリムに来てもらうつもりでした」
翌朝、4人で南に出た。ナナ・グリム・ヴォルク・レンだった。
街道を2時間ほど歩いたところで、ヴォルクが少し足を止めた。
「この先の林の中に1か所目があります。見張り台を兼ねた小屋です。私が最後に使ったのは半年前です。今も使われているかどうかは分かりません」
レンが先行した。10分後に戻ってきた。
「小屋はある。人の気配はない。ただ2日以上前に誰かがいた跡がある。食べ物の残り、焚き火の跡。荷物はない」
「使われていたが、今は離れているということですね」とヴォルクが言った。「旧第六魔王軍の残党か、新しい略奪集団かは分かりません」
ナナは記録帳に書いた。場所・痕跡の内容・現在の状況。
2か所目も同じだった。人の痕跡はあるが、今は無人だった。
3か所目の小屋は半壊していた。屋根の一部が落ちていて、中に入ると地面に血の跡があった。古いものだった。誰かが傷ついて、ここで休んで、去ったのかもしれなかった。ヴォルクがその跡を見た。立ち止まったまま、しばらく動かなかった。視線が床に落ちていた。どこかの誰かを思い出している目だった。
ナナは何も言わなかった。グリムも何も言わなかった。
ヴォルクが顔を上げた。「次に行きましょう」と言った。
帰路、しばらく全員が黙っていた。街道の両側に草が続き、風があった。
ヴォルクが前を向いたまま話し始めた。
「旧領に残って略奪を始めた集団ですが、カオス様の名前を使っています。村を脅す時に『第六魔王の遺志を継ぐ者だ』と言っています。死んだ魔王の名前で人を動かしている。今のところ10人から20人規模です。食い詰めた者が流れ込んでくれば、あっという間に倍になります。旧第六魔王軍の駐屯地跡を拠点にしているはずで、今日確認した3か所の近くです」
グリムが横で聞いていた。一度も視線を外さなかった。
「案内できますか?」
ヴォルクが少し間を置いた。
「できます。ただ私は戦いたくありません」
「今は案内だけでいいです」
グリムがヴォルクを横目で見た。頷きもしなかったが、否定もしなかった。しばらくそのまま前を向いて歩いた。
イグレアに戻るとオズが帳簿を持って立っていた。珍しかった。
「報告があります」
「どうぞ」
「資材の試算をしました。城壁の修復を現在のペースで続けた場合、このままでは2か月で資材が尽きます。石と鉄が最優先ですが、現在の調達ルートでは量が足りません。グレンフォードから運ぶと輸送費だけで銀貨15枚かかります。依頼の収入では追いつきません」
グリムが帳簿を見た。数字を確認している顔だった。反論しなかった。部屋の中が静かだった。2か月というのは試算だったが、数字は正確なはずだった。
「分かりました」
「……何か手がありますか」
「探します」
オズが帳簿を閉じた。それ以上は聞かなかった。
ナナは窓の外を見た。北の山脈が夕暮れの中に見えた。
ゴルドーのことを思い出した。黒峠の番人だった。以前、世間話のついでに北の山脈の話をしていた。鉱山国家がある、と言っていた。
「少し出てきます」
「どちらへ?」
「黒峠のゴルドーのところです」
馬で1時間かけて黒峠へ向かった。
ゴルドーは番所の前にいた。ナナが近づくと振り返った。
「生きていたか」
「はい」
「カオスを倒したそうだな」
「はい」
ゴルドーが少し鼻から息を出した。呆れたのか感心したのか分からなかった。
「何の用だ」
「北の鉱山国家に心当たりがありますか? ストーンフォールと言いましたか」
「ああ」
「交易の話をしたいです。石材と鉄材を継続的に供給してもらえるか確認したいのです」
ゴルドーが腕を組んだ。しばらく黙っていた。峠の向こうに山脈が見えた。夕暮れの中で山の輪郭が濃かった。
「王はストルムという。頑固だが筋は通る。気に入らない相手とは話もしない。気に入った相手には約束を守る。その男に会いに行くなら、回りくどいことを言うな。何が欲しくて、何を出せるか、最初にはっきり言え。嘘もよくない。一度でも嘘をついたと思われれば、それで終わりだ」
「他に何か?」
「前の第七魔王を知っている。ストルムが」
ナナは少し間を置いた。
「百年前の話だ。古い魔王を知っている者は、新しい魔王を値踏みする。そこだけは覚えておけ」
「分かりました」
「案内はできないが、手紙なら書いてやる。ストルムとは昔、少し話したことがある」
「助かります」
ゴルドーが番所の中に入った。しばらくして戻ってきた。折りたたんだ紙を渡した。
「渡せば分かる」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。死ぬなよ」
ゴルドーが番所に戻った。ナナは手紙を見た。封はしていなかった。中を見なかった。
イグレアに戻ったのは夜だった。
城壁の修復作業がまだ続いていた。松明の明かりの下でヴォルクが石を積んでいた。ナナが通ると一度だけ目が合った。ヴォルクが軽く頷いた。ナナも頷いた。それだけで、2人ともそれぞれの仕事に戻った。
グリムとオズを呼んだ。
「ストーンフォールへ行きます。3人で。明後日出発します」
「イグレアを空けていいのか?」
「ヴォルクがいます。リーゼに任せます」
「……リーゼは納得するか?」
「してもらいます」
グリムが短く息を吐いた。「分かった」と言った。
オズが帳簿を開いた。
「持参する金貨の上限を決めておきますか?」
「2枚です」
「……全部ですか」
「はい。使い切るつもりはありません。見せるだけです」
オズがしばらく黙った。
「……なるほど」
帳簿に書き込んだ。
ナナは窓の外の北を見た。山脈が暗かった。ストーンフォールはその向こうにあった。ゴルドーの手紙を机の上に置いた。封のない紙だった。明後日、あれを持って行く。




