第53話 帰順する者たち
レンが戻ったのは3日後の夕方だった。
南の様子を報告してから、グレンフォードで受け取ってきた文書を差し出した。
「ベラから。依頼と、手紙が一緒に入っていた」
封を開けた。2枚の紙が入っていた。
1枚目は依頼書だった。「街道安全確保・定期巡回依頼。Dランク相当。月契約。報酬:銀貨30枚」ナナが照会した内容よりも条件が良かった。備考欄に小さく書いてあった。
「今の黒い翼にはこのくらいが妥当と判断した。それと、気をつけろ。ベラ」
ナナは少し間を置いた。
(備考欄に書いてきた)
依頼書の端に個人的な一言を添える。仕事の枠から出ない。それでも書いた。ベラらしかった。
(心配していたということだ)
ナナは文書をオズに渡した。
「月契約で受けます。レンが見てきた南の街道の情報と合わせて、巡回ルートを組んでください」
「承知しました」
「それとベラに返事を出します。後で下書きをお願いします」
オズが少し顔を上げた。
「返事ですか。依頼の受諾通知ではなく?」
「両方です。依頼の受諾と、短い返事を同封します」
オズが何か言いかけて、やめた。「承知しました」とだけ言った。
翌朝、巡回の1班目を南街道に出した。グリム・レン・ジャックの3人だった。
出発前にグリムが言った。
「旧第六魔王軍の残党が南に散っているとレンが言っていた。遭遇した場合はどうする」
「状況を見てください。武装した集団なら距離を置いてください。武器を捨てていれば話を聞いてください」
「……話を聞く?」
「まず話を聞きます。それから判断します。捕まえるでも追い払うでもなく」
グリムが少し間を置いた。不満ではなかった。確認している顔だった。
「分かった」
3人が出ていった。
昼過ぎ、門のところで声がした。番をしていたダリオが「止まれ」と言い、「武器を置け」と言った。
ナナが外に出た。
3人の男が門の前に立っていた。武器はすでに地面に置いてあった。全員が人族で、痩せていた。服が汚れていて、旅が長かった様子だった。
先頭の男が前に出た。30代だった。体格が良く、目が真っ直ぐだった。
「第七魔王の城砦と聞いてきました。帰順を求めます」
ダリオがナナを見た。ナナは3人を見た。武器を捨てて来た。それだけでは分からなかった。
「中に入ってください。話を聞きます」
食堂に通した。水を出した。3人が飲んだ。
先頭の男がヴォルクと名乗った。旧第六魔王軍の元小隊長だった。
「カオス様が死んで、魔王契約の力が消えました。部隊が崩れました。3人で動いていました」
「他の者はどこへ?」
「散りました。ルゼ様の方へ行った者、クレモア様の方へ行った者、旧領に残って略奪を始めた者。様々です」
「あなたたちは?」
「行く場所がありませんでした」
ヴォルクが少し間を置いた。
「あなたが人族の仲間も守ると聞きました。本当ですか?」
「はい」
「魔族の魔王が、人族を?」
「はい」
ヴォルクが2人を見た。2人が頷いた。ヴォルクがナナを見た。
「ここに置いてもらえますか」
その時、扉が開いた。グリムだった。巡回から戻っていた。ヴォルクたちを見て、一瞬止まった。旧第六魔王軍の者だと分かった顔だった。
「……ナナ」
「グリム、話を聞いていましたか?」
「聞いていなかった。見れば分かる」
グリムがヴォルクを見た。ヴォルクがグリムを見た。視線を外さなかった。
「旧第六魔王軍か」
「はい」
グリムが少し間を置いた。長かった。グリムが鼻から息を出した。
「……何のために来た」
「行く場所がなかった。それだけです」
「嘘をついているか?」
「嘘をついても得がありません」
グリムがもう一度ヴォルクを見た。腕を組んで、少し目を細めた。それ以上はヴォルクに向けて何も言わなかった。
リーゼが後ろから来た。グリムの隣に立った。3人を見た。武器が地面にあった。痩せた体があった。真っ直ぐな目があった。リーゼの目が少し止まった。ヴォルクの目の向き方を確かめるように、もう一度見た。
「追い返せ」 短く言った。「旧敵を引き入れる理由がない」
「リーゼ」
「なんだ?」
「理由はあります。南の街道に略奪集団が出始めています。今は小規模ですが、まとまれば手に負えなくなります。ヴォルクさんたちは元小隊長です。旧第六魔王軍の動きを知っています。その情報と経験がいります」
「信用できるか?」
「今は分かりません」
リーゼが少し目を細めた。
「正直だな」
「今の時点で信用できると言えば嘘になります。だから条件を出します」
ナナがヴォルクを見た。
「武器は預かります。3日間、城壁の修復を手伝ってください。3日後に判断します」
ヴォルクが2人に目をやった。2人が頷いた。
「分かりました」
グリムがナナを見た。不満を飲み込んだ顔だった。
3日間、ヴォルクたちは黙って働いた。文句を言わず、指示を待たずに動いた。石を運んで、砂を詰めて、崩れかけた箇所を補強した。日が暮れても手を止めなかった。
リーゼは1日目、遠くから見ていた。近づかなかった。2日目、ダリオが作業を指示した。ヴォルクは素直に従い、指示が終わると周りを見回してまだやれることを探した。
3日目の朝、グリムが南面の補修作業に入った。ヴォルクと同じ箇所を担当することになった。2人は一言も話さなかった。ただ黙って石を積んだ。昼になって作業が区切れた時、グリムが水の入った革袋をヴォルクに投げた。
「飲め」
ヴォルクが受け取った。飲んだ。グリムは別の方向を向いた。どちらも何も言わなかった。投げた側も受け取った側も、その後すぐに石に向かった。
ナナは離れたところからそれを見ていた。
夕方、グリムがナナのところに来た。
「見ていた」
「どうでしたか?」
「……仕事ができる。特にヴォルクという男は、ダリオより段取りがいい」
「ダリオには言わないでください」
グリムが短く笑った。すぐ真顔に戻った。
「信用はまだできない。追い返すよりはましかもしれないが、俺はそれ以上のことは言えない」
「そのうち分かります」
「……そうか」
グリムが出ていった。
翌朝、ヴォルクを呼んだ。
「黒い翼に加わってください。当面は戦闘任務には出ません。復興作業と情報提供が仕事です。武器はしばらく預かります。信頼が積み上がれば返します」
「……それで構いません」
「もう1つ。あなたが知っている旧第六魔王軍の動きを全部教えてください。隠した場合は即刻追い出します」
ヴォルクが少し口の端を上げた。
「正直な方ですね」
「あなたに言われたくないです」
ヴォルクが声を出して笑った。ナナは少し間を置いた。
(この人は使える)
その夜、ナナはオズに頼んでいた返事の下書きを確認した。オズが書いたのは1行だった。
「ご心配をおかけしました。生きています」
ナナは少し間を置いた。ベラが備考欄に書いてきた一言を思い出した。仕事の枠の中で、枠の外に出た言葉だった。オズも同じことをした。1行で十分だった。
「これで出してください」
部屋を出ると、廊下でリーゼとすれ違った。
「ヴォルクたちの件」
「はい」
「私はまだ信用していない」
「そうですか」
「——ただし」 リーゼが少し間を置いた。「ダリオより仕事が早いのは認める」
「グリムも同じことを言っていました。ダリオには言わないでください」
「当然だ」
リーゼが廊下を歩いていった。足音が遠くなった。
ナナは廊下に少し立っていた。グリムとリーゼが別々に、同じ評価を同じ日に言いに来た。2人とも信用はまだしていないと言った。それでも来た。
まだ始まりだった。ただ、始まった。




