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第七魔王戦記 ~少女魔王は戦場にて微笑む~  作者: 猫じゃらし
第2部  調停者の戦場 第6章 廃墟から城砦へ
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第52話 朝

 朝が来た。


 城壁の上から南を見ると、平野に霧が出ていた。10日前に300人がいた場所だった。今は何もなかった。霧が草の上を這っていて、風がなかった。南面の石が黒く焼けていた。修復の途中だった。


 足元が冷たかった。ナナは両手を石の上に置いた。


 下から声がした。オズだった。


「団長、食堂に集まってもらえますか。補給の報告があります」


 ナナは平野をもう一度見た。霧が少し動いた。降りた。



 食堂に全員が揃ってから、オズが帳簿を開いた。


「補給状況を報告します。食料3週間分。資材6日分。手持ちの金貨2枚です」


 場が静かになった。


 グリムが腕を組んだ。リーゼが天井を見た。エリスが少し目を伏せた。レンは壁際で目を落とした。


「以上です」


 オズが帳簿を閉じた。


 10日間、全員が動き続けた。死者を弔って、負傷者の手当てをして、瓦礫を片付けた。誰も数字の話をしなかった。今この瞬間まで。数字を並べると、やってきたことが無効になる気がした。そういう種類の沈黙だった。


 ナナは数字を頭の中で並べた。


(6日で資材が尽きる。3週間で食料が尽きる。金貨2枚では資材の補充ができない。補充できなければ城壁の修復が止まる。城壁が止まれば次の攻撃で終わる)


「分かりました」


 全員がナナを見た。


「グリム——城壁の南面を今日中に見てください。使える資材だけで、崩れそうな箇所を優先して塞いでください」


「分かった」


「リーゼ——南の監視は抜かないでください。修復作業に人を取られても、1人は常に外を見ていること」


「了解」


「オズ、グレンフォードのベラへ送る依頼照会の下書きを用意してください。今日中に使者を出します」


「承知しました」


「レン、下書きができ次第、グレンフォードまで届けてください。道中で南の様子を確認してきてください」


「分かった」


 解散になった。グリムが外へ出て、リーゼが班員に何か言い、エリスが魔法の道具を確認し始め、レンが弓を背負って出ていった。


 食堂にオズだけが残って、帳簿に何かを書き込んでいた。


「オズ」


「はい」


「下書き、よろしくお願いします」


「承知しました。団長」


「はい」


「金貨2枚というのは、私の計算ミスではありません。本当に2枚です」


「分かっています」


 オズが帳簿に向き直った。ナナは食堂を出た。



 グリムが戻ってきたのは昼前だった。


「南面を見た。決戦で魔力を集中させた箇所が内部から崩れかけている。今ある資材を全部使って2日。人手が要る」


 グリムが少し間を置いた。腕を組んだまま、窓の外を見た。


「……跡が残っていた。カオスの軍が来た方向だ。俺たちが止めた場所だ。ミラが死んだ夜も、あの南面の近くだった」


 ナナは答えなかった。グリムが10日間、それを言わずにいたことを、ナナは知っていた。言わないまま、毎日あの南面の前を通って作業していたことも。


 グリムが顔を上げた。いつもの顔に戻っていた。


「戦闘要員を使っていいか?」


「使ってください。修復が終わったら北面と東面も見てください。石の種類と重さまで分かれば助かります」


「……俺に測量をやらせるのか?」


「グリムが一番正確に見えます」


 グリムが短く鼻から息を出した。何か言いかけて、やめた。「分かった」と言って出ていった。


(2日で塞ぐ。その間に資材の調達方法を考える。順番はそれだ)



 昼過ぎ、オズが下書きを持ってきた。読んだ。現在の被害状況、資材の不足、依頼の希望件数。全部書いてあった。内容は正確だった。


「削ってください。被害状況と資材の不足を全部消して、依頼の件数と内容だけ残してください」


「状況を伝えた方が、ベラさんも動きやすくないですか?」


「弱い側が弱さを先に見せると、条件が悪くなります。ベラさんは優しい人ですが」


 オズがしばらく黙った。


「……なるほど」


 下書きを直した。短くなった。ナナが確認した。「これで出してください」


 レンを呼んで文書を渡した。レンが受け取り、一度読んだ。


「南を見てくる、でいいか」


「戦闘は避けてください。どのくらいの人数がどのあたりに散っているか、それだけ分かれば十分です」


「分かった」


 レンが出ていった。足音が聞こえなくなってから、オズが帳簿に何かを書き始めた。食堂が静かになった。



 夕方、エリスが部屋に来た。ノックして、返事を待たずに少し開けた。


「話せる?」


「はい」


 入ってきた。椅子に座った。ナナの向かいだった。部屋の外で風の音がした。


「ヴァルがいなくなって、どう?」


「静かです」


「静か」


「はい。慣れていたつもりでしたが慣れていなかったみたいです」


 エリスが少し間を置いた。


「声が聞こえないのが寂しい?」


「寂しいという言葉が合っているかどうか分かりません。迷った時に向ける場所が1つなくなった」


 エリスが頷いた。聞き返さなかった。窓の外で風の音がした。


「明日から依頼を動かします。しばらく忙しくなります」


「うん。無理しないで」


「無理の基準が分かりません」


「それが問題なのよ」


 エリスが立ち上がった。扉の前で少し止まった。振り返らなかった。


「夜、城壁に上がるでしょ。1人で上がらなくていいよ。いたら、声をかけて」


「……はい」


 エリスが出ていった。



 夜、城壁に上がった。


 南の平野は暗かった。草が揺れていた。月が出ていたが、明るくはなかった。平野の輪郭だけが見えた。10日前に300人がいた場所だった。


 足元の石に両手を置いた。グリムたちが今日塞いだ箇所だった。継ぎ目が荒かった。石と石の間に砂が詰めてあった。急造だった。それでも崩れなかった。


 10日間、毎晩この場所に立った。毎晩、試した。返ってこなかった。今夜も試した。


(ヴァル)


 静かだった。


(守り続るから)


 それだけ言った。


 その時、食堂から声がした。グリムが笑っていた。何かに答えるようにリーゼの声がした。また笑い声がした。


 ナナは少し間を置いた。声は食堂から来ていた。


 城壁の石が冷たかった。朝と同じ場所に両手を置いた。朝よりも冷たかった。もう少しだけ立っていた。今度はエリスの声も混じった。


 ナナは城壁を降りた。


 食堂の扉は開いていた。ナナは入らなかった。扉の横の壁に少しだけもたれた。明かりが漏れていた。声が続いていた。


 しばらく、そこにいた。

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