第51話 第七魔王、戦場にて微笑む
戦闘から5日が経った夜、食堂に全員が揃った。
誰かが声をかけたわけではなかった。気づいたら全員がいた。グリムが端に座り、エリスが隣に座り、レンが壁際にいた。リシュアが扉の近くに立っていて、リーゼがオズと何か話していた。ダリオが班員と奥にいた。
ミラがいた席だけが、空いていた。誰も座らなかった。
ナナは少し遅れて入った。全員を見た。
(全員いる)
席に着いた。
賑やかではなかった。声があった。食器の音があった。ダリオが班員に何か言っていて、班員が笑った。エリスがグリムに話しかけていて、グリムが短く返していた。
ナナは食べながら、全員を順に見た。
(前世では、こういう夜がなかった)
仲間が全員死んだ後、1人で食べていた夜があった。食堂ではなかった。小さな部屋だった。食事の味が分からなかった。腹が減ったから食べた。声がなかった。
(今は皆がいる)
レンが壁際から動いた。テーブルの端に座った。リシュアが扉の近くから動いた。少し離れた席に座った。2人とも何も言わなかった。それでよかった。
エリスがナナを見た。
「顔色がいい」
「少し回復しました」
「魔力は?」
「戻っています」
「よかった」
エリスが笑った。グリムが少し頷いた。
食事が続いた。ダリオがまた何か言って、班員が笑い、リーゼが少し呆れた顔をした。オズが記録を取っていた。
(——これが守れた、ということだ)
前世では分からなかった。守れた時、何が残るか。死者が出なければ成功で、それだけだと思っていた。違った。こういうものが残るのだった。声と、食器の音と、全員がいるという事実が。
ナナは食べ続けた。
食事が終わって、各自が散り始めた。オズが片付けを始め、ダリオが班員を連れて出ていき、エリスがリーゼと話しながら出ていった。レンが静かに出ていき、リシュアが最後まで残ってから出ていった。
グリムだけが残った。
椅子を引いたまま座っていた。腕を組んでいた。
「……どうだ」
「何がですか?」
「全員が揃った夜だ」
「——良かったです」
「そうか」
「グリムは?」
グリムが少し間を置いた。
「……俺は傭兵団を長くやっていた。こういう夜はあまりなかった。死ぬ奴が多かった。仲間だった奴が死ぬと次の仕事を探した。そうしないと、何も出来なくなりそうだったから」
「グリム」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
グリムが短く息を吐いた。
「礼を言うな」
「言います」
グリムが少し間を置いた。立ち上がった。
「……お前が来てから——立ち止まれるようになった気がする。明日も訓練がある。寝ろ」
「はい」
グリムが出ていった。食堂に1人になった。食器が片付けられていた。椅子が並んでいた。ナナはしばらくそこにいた。
部屋に戻った。
ヴァルを呼んだ。
(ヴァル)
間があった。今まで一番長かった。
(ヴァル)
『……ナナ』
声がした。遠かった。今まで聞いた中で、一番遠かった。壁の向こうではなかった。もっと遠い場所だった。ただ——聞こえた。
(聞こえる)
『……今夜、全員が揃ったか?』
(揃った)
『……そうか』
ヴァルが少し間を置いた。
『……ナナ。1つ聞く。お前は、なぜ戦う?』
(守るためだ)
『……我が滅んだ時——我は何のために戦っていたか、分からなかった。力があれば守れると思っていた。強くなれば、誰も死なないと思っていた。だから強さだけを追った。ただ強くなるほど、守れるものが増えた。守れるものが増えるほど、失うものが増えた。失うたびにまた強くなろうとした。その繰り返しだった』
(守るために強くなって、守れなくなったのか)
『……最後に何を守ったか、もう覚えていない。力を使い果たして、少女の姿で滅んだ』
ナナは黙った。声が来るまで待った。
『……お前は違う。力だけじゃない。頭を使う。逃げる。待つ。仲間に任せる。我にはできなかったことだ』
(お前が教えてくれた)
『……我が教えたのは魔法だけだ。それ以外はお前が自分で考えた。理由のない戦いは終わり方も分からない。お前は理由がある。だから終わり方も分かる。きっと』
ナナは少し間を置いた。
(ヴァル)
『……我の役目は終わった』
(まだ早い)
『……早くない。お前はもう我がいなくても戦える。最初からそうだったかもしれないが、今は分かる』
ヴァルが少し間を置いた。声が、もう一段遠くなった気がした。
『……いい後継者だ』
(お前は語彙が少ない)
『……そうだな』
少し間があった。旗が外で鳴った。風の音だけがした。
『……ナナ』
(聞こえる)
『……守れ』
(守る)
『……それだけでいい』
声が遠くなった。遠くなり続けた。ナナは呼ばなかった。呼ぶより、聞いていた。
消えた。
静かだった。
(行ったか)
返事はなかった。当たり前だった。
ナナは目を閉じた。少し間を置いた。目を開けた。
(ありがとう)
城壁の上に出た。
夜だった。星が出ていた。風があった。遠くにヴァル=イグレアの明かりが見えた。食堂の明かりで、訓練場の明かりだった。誰かがまだ起きていた。
ナナは城壁の石の上に立った。
南の平野が見えた。暗かった。静かだった。カオスは動いていなかった。
やることは山ほどあった。カオスの監視、ルゼへの備え、クレモアとの交渉、リシュアの腕輪、レンの妹の行方、イグレアの復興。終わっていないことの方が多かった。
それでも——今夜はここが静かだった。
前世で生き残った夜、食堂には誰もいなかった。声もなかった。窓の外が何色だったか覚えていない。ただ暗かった。今は違った。後ろに明かりがあった。明日、グリムが怒鳴る。エリスが文句を言う。レンが黙って動く。リシュアが端にいる。オズが記録を取る。
全員いる。
ナナは少し息を吐いた。口角が上がった。無意識にほほ笑んだ。
風が来て髪が揺れた。
夜が続いた。




