第50話:戦後処理と再建
戦闘から2日が経った。
朝、訓練の声が聞こえた。昨日はなかった。一昨日もなかった。今日、戻ってきた。グリムが班員に何か言っている声がした。怒鳴ってはいなかった。
食堂を通った時、話し声があった。2日前より人が増えていた。ダリオが班員と何か食べていて、リーゼが1人で座っていた。リーゼがナナを見て、頷いた。ナナも頷いた。リーゼはそのまま食事に戻った。
(戻ってきている)
執務室に入ると、机の上に文書が積まれていた。補給の報告、負傷者の記録、各部隊からの連絡。戦闘が終わると書類が来る。前世でも同じだった。
オズが来た。
「負傷者の報告です。重傷7人は全員回復傾向にあります。エリスの治癒魔法が効いています。軽傷者は全員動いていて、グラ=ベイル軍の負傷者が3人残っていますが、明日には出発できる状態です」
「グラ=ベイルに伝えてください。急がなくていいと」
「伝えます。団長は——」
「私は大丈夫です。魔力もエリスに確認してもらいました。あと1日で戻ると言っていました」
「分かりました」
オズが出ていった。ナナは文書に戻った。補給の再編、防衛ラインの見直し、南の平野への斥候増員。書きながら次の文書を開いて、また書いた。
ヴァルを呼んだ。
(ヴァル)
間があった。長かった。
(ヴァル)
『……ナナ』
聞こえた。遠かった。2日前より、また遠くなっていた。
(聞こえる)
『……何か用か』
(用はない。聞こえるか確認した)
『……我は消えていない。なら仕事をしろ』
(している)
『……そうか』
ヴァルは黙った。声は届いた。前より薄かった。輪郭が曖昧だった。ナナは文書に戻った。
昼過ぎ、グラ=ベイルが来た。
執務室に入ってきた。大きな体格が部屋を狭くした。椅子を引いて座った。
「話がある」
「どうぞ」
「今回の件、礼を言う」
「こちらこそ。グラ=ベイルが直接来てくれなければ、第一波は崩せませんでした」
「俺が来たのは協定の義務だけではない」
ナナは少し間を置いた。
「……聞かせてください」
「前第七魔王とは古い付き合いだった。100年前の話だ。あの女が滅んだ時、俺はまだ若かった。あれ以来、第七魔王の名前を信用していなかった」
ナナは黙った。
「お前を見て考えが変わった」
「どこで変わりましたか?」
「布告の場面だ。『生き残ってください』と言った。あの言葉は俺が100年間、誰にも言ってもらったことがない言葉だ」
ナナは少し間を置いた。
「グラ=ベイルが100年生きているとは知りませんでした」
「獣人族の寿命は人間より長い。150年は生きる。前第七魔王を直接知っていた。あの女は強かった。ただ戦い方が違った。力で押すだけだった。お前は違う」
「前第七魔王について、いつか、聞かせてもらえますか」
「いつかな」
グラ=ベイルが少し間を置いた。部屋の中が静かになった。
「1つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「お前は、この戦いを続けるつもりか。カオスを倒しても、ルゼがいる。ルゼを抑えても、次が来る。魔王の争いは終わらない」
「終わらないと思います」
「それでも続けるか?」
「続けます。終わらないから続けない、という理由にはなりません」
グラ=ベイルが少し間を置いた。大きな手が膝の上に置かれていた。
「……前第七魔王も同じことを言っていた。あの女も終わらないと知っていて戦っていた。その時、俺はあれを馬鹿だと思った」
「今は?」
「……そういう馬鹿が必要だと思っている」
グラ=ベイルが立ち上がった。
「明日、帰る。フェンリルを残していく。連絡役だ。次にカオスが来た時、また呼べ」
「呼びます」
グラ=ベイルが扉に向かった。止まった。振り返らなかった。
「……お前が笑ったのを見た。戦場で。カオスを撃破した後だ」
「笑っていましたか?」
「ああ。小さかったが、確かに笑っていた」
「気づいていませんでした」
グラ=ベイルが出ていった。
(前第七魔王を直接知っていた。150年生きている。笑っていた?気づいていなかった。聞けることが、まだありそうだ)
ナナは文書に戻った。
夕方、リシュアが来た。扉の前に立った。
「クレモアの使者が来た。今日が3回目だ。私に会いに来ている」
「アルヴィスですか?」
「違う。若い使者だ。クレモアの名前で来ている」
「会いますか?」
「……お前が決めろ」
「リシュアはクレモアの元に戻りたいですか?」
リシュアが少し間を置いた。
「戻らない。言った」
「では、今日は会わないでください。私が先に話を聞きます」
「私のことを聞かれたら?」
「適切に対処します」
リシュアが出ていきかけた。止まった。
「——お前は私を使う気か」
「使います。使える人間を使わない理由がありません」
「クレモアとの交渉の駒として」
「駒ではありません。リシュアはリシュアです。クレモアがリシュアをどう見るかは、クレモアの問題です」
リシュアが少し間を置いた。扉に手をかけたまま前を向いていた。
「……腕輪はまだ外れない」
「クレモアが話したがっている。話ができるなら、交渉ができます。いずれ外れます」
「根拠はそれだけか?」
「今はそれだけです。ただクレモアは急がないと言っています。こちらも急がない」
リシュアが少し間を置いた。扉から手を離した。それから出ていった。
ナナはオズを呼んだ。「クレモアの使者を通してください」
5分後、若い男が入ってきた。20代で、丁寧な服を着ていて、緊張していた。
「第七魔王ナナミア様。第四魔王クレモア=クロック様より伝言を預かっています。——『お話がしたい。場所と日時はそちらに合わせる。急がない』とのことです」
「クレモア様に伝えてください。『受け取りました。こちらから日時を連絡します』と」
「承知しました」
使者が出ていった。
(急がない、と言った。クレモアらしい。リシュアを焦らせない。私を急かさない。待てる相手だと示している)
ナナは窓の外を見た。空が暗くなりかけていた。
夜、ナナは城壁の上に出た。
星が出ていた。風があった。石が冷たかった。
ヴァルを呼んだ。
(ヴァル)
長い間があった。今まで一番長かった。
(ヴァル)
『……なんだ』
遠かった。
(前第七魔王について、グラ=ベイルが話してくれた。あなたを直接知っていると言っていた)
『……あいつか。しぶとい男だ』
(150年生きると言っていた)
『……我が滅んだ時、まだ若かった。今はもう若くないな』
ヴァルが少し間を置いた。
(お前が少女の姿で滅んだのは、どういう理由だ)
今まで一番長い間があった。城壁の旗が1度鳴った。それだけが動いた。
『……いつか話す。まだその時ではない』
(分かった)
少し間を置いた。
(ヴァル。声が薄くなっている。2日前より遠い)
『……気にするな。我は消えていない。まだやることがある』
(いつか「役目は終わった」と言うつもりか)
『……お前は鋭すぎる』
(準備はしている)
『……まだ早い。もう少しだけ、我の声を聞いていろ』
ナナは少し間を置いた。
(分かった)
ヴァルは黙った。ナナも黙った。
星が出ていた。南の平野が暗かった。静かだった。守れた戦場だった。
次にやることがあった。クレモアとの話、補給の再編、防衛ラインの整備、カオスの監視。前世では、生き延びることだけを考えていた。今は違った。守り続けるために、動き続けることを考えていた。
ナナは城壁の上でしばらく立っていた。ヴァルの声が聞こえなくなっても、すぐには降りなかった。




