第44話 前世の真相
翌朝、グリムが来た。
ノックして、返事を待った。
「入ってください」
グリムが入った。椅子には座らず、立ったまま少し間を置いた。
「以前——前の世界の話をしてもらった」
「はい」
「続きを聞いていいか」
「何が聞きたいですか?」
「前の世界がどういう場所だったか」
「座ってください」
グリムが椅子を引いた。ナナは机の上を見た。どこから話すか、少し考えた。
「前の世界は——この世界とかなり違います。技術が進んでいました。馬がいません。鉄でできた箱が地面を走り、人を何十人も乗せて馬より速く動きます」
グリムが少し間を置いた。
「……魔法か?」
「魔法ではありません。燃料を燃やして動く機械です。動力を持った道具で、この世界の鍛冶で作るものより、はるかに複雑なものです」
グリムがしばらく黙った。
「空も飛びます。鉄でできた大きなものが何百人もの人間を乗せて空を飛び、夜でも火を使わずに部屋を照らせます。遠くにいる人間と声で話せます。顔を見ながら話せます」
「……それは、この世界でいえば——神の技術に近いな」
「神を持ち出す必要がないくらい、あたりまえのことでした」
グリムが長い間黙った。
「戦争は?」
「あります。ありました。前の世界でも戦争はなくなりませんでした。弓矢の代わりに、小さな金属の粒を高速で飛ばす道具があります。銃と呼びます。1人が持ち運べる大きさで、1分間に何十発も撃てます。急所に当たれば鎧では防げず、有効射程は弓の10倍以上です。それを兵士全員が持ちます」
「一撃で?」
「急所に当たれば、はい」
「……この世界の弓より早いか?」
「比べものになりません」
グリムが少し間を置いた。
「それでもお前は10人の小隊長だったのか」
「はい。小規模部隊による精密な作戦行動が専門でした。3人で動けば1人で動くより生存率が上がり、互いをカバーできます。現代の戦争は補給で決まります。どれだけ強い部隊でも、弾薬と食料と燃料が切れれば動けません。補給線を断てば、戦わずに勝てる場合があります」
「……だからイグレアでも真っ先に補給を考えていたのか」
「習慣です」
「習慣、か」
グリムが少し間を置いた。
「前の世界で——お前の部隊はどうなった?」
「全員死にました。任務中でした。私の判断ミスではありませんでしたが、私だけ生き残りました。なぜ私だけ生き残ったのか、今でも分かりません」
「……それがここに来た経緯か?」
「戦場で死んだはずでした。気づいたらこの身体でした」
グリムがしばらく黙った。長い沈黙だった。窓の外でダリオたちの作業音がしていた。
「1つ聞いていいか」
「はい」
「前の世界で死んだ仲間——名前は覚えているか?」
「全員覚えています」
グリムが少し目を細めた。腕を組んで、視線を床に落とした。
「そうか」
少し間があった。
「……それだけの世界から来て、ここで戦っているのか」
「はい」
「なぜだ?」
「守りたいものができたからです」
グリムが少し間を置いた。
「……同じことを言うな」
「同じこと?」
「レンに聞いた。なぜここにいるのかと聞いたら——守りたいものができたから、と答えたと」
「嘘をつく理由がありません」
グリムが短く息を吐いた。立ち上がった。扉に向かいかけて、足が止まった。
「……前の世界で全員失って、この世界で同じことをしようとしている。俺には、できない」
「あなたならできます」
「できない。俺はお前じゃない」
「生き残る技術を持っているだけです」
「技術の話をしていない」
グリムが少し間を置いた。扉に手をかけたまま、ナナを見た。見てから、目を外した。
「……お前らしい答えだな」
扉に向かった。扉の前で止まった。振り返らなかった。
「話してくれてありがとう」
「あなたが聞いてくれたからです」
グリムが出た。
ナナは少し間を置いた。前世の仲間たちの名前を、順番に思い出した。1人ずつ、最初から最後まで。全員いた。欠けている名前はなかった。
ヴァルが静かに言った。
『……忘れていないな』
(忘れません)
ヴァルは何も言わなかった。
ナナは窓の外を見た。イグレアが動いていた。
レンが戻ってきたのは昼前だった。
「報告する」
「全員を呼んでください」
10分後、食堂に全員が集まった。レンが地図を机に広げた。
「第六魔王軍の本隊が南の平野に集結している。現在確認できる兵数は300以上、移動速度から推算すると3日以内にここに来る」
場が少し静かになった。
「先月の60人とは規模が違います」
ナナが言った。
「はい。先月のは前哨戦だった。今回が本隊だ。陣形はなし、統率がない。ただ数が多い。押し切る気だと思う」
ナナは地図を見た。
(300以上。黒い翼は18人。グラ=ベイルの援軍がなければ正面から受けるのは無理だ。ただイグレアは守りやすい地形がある。南の平野に引き込む前に絞る必要がある)
「分かりました。作戦を説明します」
全員がナナを見た。
「基本方針は3つです。南の街道で絞る、城壁で受ける、エリスの結界で転移を防ぐ。グラ=ベイルへの支援要請は今日出します。援軍が来るまでの間は自力で持たせます」
グリムが腕を組んだ。
「持てるか?」
「設計次第です。各担当を確認します」
ナナは全員を順に見た。
「グリム——前線の指揮をお願いします。第1班・第2班を束ねて、城壁前での制圧が主な役割です」
「分かった」
「リーゼ——第3班・第4班の指揮で、側面と後衛支援をお願いします。第3班・第4班の面々は各自で確認してください」
リーゼが少し横を見た。第3班・第4班の面々が頷いた。
「レン——開戦前の索敵と、戦闘中の遊撃をお願いします。ジャック・ジョンも同様です。数が多いので後方に回り込もうとする個体を優先的に潰してください」
「分かった」
ジャックが親指を立てた。ジョンが頷いた。
「エリス——開戦前に転移封じの結界を張ってください。戦闘中は後方から誘導と遮断を担当し、範囲魔法で南の街道を絞ります」
「了解。結界は前日の夜に張って、当日の朝に確認する」
「リーファ——精霊で地形誘導をお願いします。南の崖沿いに誘い込む経路を事前に作れますか?」
「できる。風と音で誘導する。明日、現地を見てくる」
「オズ——後方の補給管理と負傷者の対応を担当してください。ミラがいなくなりましたが——」
ナナが少し間を置いた。
「医療は全員が最低限できるようにします。今日中に全員に包帯の巻き方と止血の手順を伝えてください」
「分かりました」
オズが少し手を握った。リーゼが低い声で言った。
「……ミラが教えてくれたやつだ」
「はい」
少し間があった。リーゼが短く息を吐いた。
「全員、覚えておく。あいつが残したものだ」
「リシュア——単独で動いてもらいます。戦線の外から統率が取れていない個体を撹乱してください。やり方はあなたに任せます」
「……任せてもらえるのか」
「あなたの方が適切な判断ができます」
「分かった」
グリムが腕を組み直した。
「私は全体指揮と魔法支援です。魔王化は最後の手段にします。使えば30分で動けなくなります。その間を全員でカバーしてもらう必要があります。カオス=ベルゼ本人が来た時が使い時です。本人が来なければ使いません。先月も本人は来ませんでした。ただ本隊が崩れれば来るかもしれません」
グリムが言った。
「本人が来る可能性は?」
「あります。300の兵を先に動かして、兵を消耗させてから来るパターンだと思っています」
グリムが少し頷いた。
ダリオが手を挙げた。
「グラ=ベイルへの要請——どのタイミングで出す?」
「今日、文書を出します。到着は早くて2日後です。それまでの間を持たせます」
「持たせる自信はあるか?」
「設計通りに動けばあります」
ダリオが少し間を置いた。それ以上は聞かなかった。
「質問はありますか?」
誰も口を開かなかった。
「では——各自、準備に入ってください。今日中に武器と装備の確認を終わらせ、明日、最終確認をします」
全員が動き始めた。
夕方、ナナはグラ=ベイルへの文書を書いた。内容は短くした。
「第六魔王軍本隊300以上が3日以内に来る。分担防衛協定に基づき援軍を要請する。ナナミア」
レンに渡した。
「急使でお願いします」
「分かった」
レンが出た。ナナは窓の外を見た。夕暮れの光が城壁に当たっていた。
夜、全員が寝静まってから、ナナは食堂に1人でいた。
地図を広げた。南の街道、崖沿いの経路、城壁の位置、エリスの結界範囲、各班の配置。全部書き込んだ。書きながら、抜けを探した。抜けがないか確認した。確認し終えて、また最初から見た。
ヴァルが静かに言った。
『……準備は十分か?』
(十分ではない。できることはやるが)
『カオス=ベルゼ本人が来た場合、魔王化で30分。それで足りなければ?』
(足りなければ、その場で考える。答えがないなら、動きながら考えるしかない)
『……100年前、我も同じことを考えた。準備して、それでも足りなくて、動きながら考えた』
(どうなった?)
『……負けなかった。ただし、失った』
ナナは地図を見た。
(失う前提で動きたくない)
『……それがお前の強さだ。ただ覚えておけ——失っても、続けた。お前にもそれができる。我が保証する』
ナナは少し間を置いた。
(保証するのか)
『……する。100年前から見ている。間違いない』
ナナは地図を折った。食堂の灯りが揺れていた。
3日後に来る。その前に、やれることをやる。




