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第七魔王戦記 ~少女魔王は戦場にて微笑む~  作者: 猫じゃらし
第4章 魔王たちの交差する意思
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第42話 外交の剣

 扉を開けた。


 ルゼがちょうど廊下を歩きかけていた。外套の裾が動いた。


「ルゼ=アヴァロン」


 足が止まった。振り返った。


「なんだ」


「少し話せますか?」


 ルゼが廊下を見渡した。他の者はいなかった。


「……会議室に戻る」


 2人で戻った。扉が閉まった。ルゼは立ったままだった。座らなかった。


「言え」


「先月、イグレアに転移で侵入した者がいました。2人です。後方にいた仲間が巻き込まれ、1人が死にました」


 ルゼが黙った。


「その動き方について、事情を知る者から話を聞きました。ルゼ=アヴァロンの直属の転移使いの動き方と一致していると」


「証拠は?」


「ありません」


「では——なぜ私に言う?」


「2つ理由があります。1つ目——もしあなたが命令していないなら、配下が独断で動いています。それはあなたにとっても問題のはずです」


 ルゼが少し目を細めた。


「2つ目は?」


「もしあなたが命令したなら——私はそれを知っている、ということをあなたに知らせておきたかった」


 場が静かになった。ルゼがナナを見た。長い間だった。ナナは埋めなかった。


「……死んだのは誰だ?」


「医療担当の仲間です。名前はミラ=ハーネと言いました」


「純魔族か?」


「人族です」


 ルゼが少し目を動かした。何かを言いかけて、やめた。口が一度開いて、閉じた。


「……証拠がない以上、私は何も答えない」


「分かりました」


「ただ、」


 ルゼが少し間を置いた。


「お前の言った1つ目の可能性——配下が独断で動いた場合。それは私が調べる」


(否定しなかった。命令したとも言わなかった。調べると言った)


「承知しました」


「礼を言う必要はない。私の領域の問題だ」


 ルゼが扉に向かった。歩きながら言った。


「第七魔王」


「はい」


「ミラ=ハーネとやら。人族でも仲間と呼んでいたか?」


「はい」


 ルゼが少し間を置いた。扉の前で止まらなかった。


「……そうか」


 扉が開いて、閉まった。


 ナナはしばらく動かなかった。


(「そうか」——それだけだった。純血主義者がその言葉を言う意味が、まだ分からない)


 ヴァルが静かに言った。


『……ルゼは昔から、そういう男だった。正しいと信じていることには揺るがない。ただ予想外のことには、少し止まる』


(予想外だったのか?)


『人族を仲間と呼ぶ第七魔王が、証拠もなく話しに来た——そのどちらかだろう』


 ナナは立ち上がった。次の話し合いがあった。



 廊下に出ると、クレモアが少し先で壁に背をつけて待っていた。


「終わりましたか?」


「はい」


「ルゼと——何を話したんですか?」


「個人的な確認事項です」


「そうですか」


 クレモアが少し目を細めた。笑顔のままだった。


「少し歩きませんか? 庭があるそうです」


「構いません」


 2人で廊下を歩いた。グリムがついてきた。クレモアが振り返った。


「2人で、とお願いしたのですが」


「私の判断で同行させています」


「……そうですか」


 クレモアが少し笑った。それ以上は言わなかった。


 庭に出た。石畳だった。木が数本あり、風があった。秋の終わりに近い冷たさだった。クレモアが歩みを止めた。


「単刀直入に聞きます。ナナさんは——この世界をどうしたいのですか?」


「イグレアを守りたいです」


「それだけですか?」


「今のところは」


「……もったいない」


「どういう意味ですか?」


「あなたの能力があれば——もっと広い範囲を動かせます。イグレアを守るだけでなく、この世界全体の仕組みを変えることができる」


「仕組みを変える、とは?」


 クレモアが少し間を置いた。木の葉が1枚、石畳に落ちた。


「今、この世界では人や魔族が——能力に関係なく生まれた場所や種族で扱いが決まっています。才能がある者が正しい場所に置かれていない。私はそれを変えたいと思っています。各魔王の領域を整理し、能力のある者が適切な役割を担う体制を作る。感情や慣習ではなく——合理的な判断で世界を動かす」


「誰が能力を評価しますか?」


 クレモアが少し目を細めた。


「評価基準を作ります。客観的な基準です」


「基準を作るのは誰ですか?」


「……それは」


「基準を作る者が、実質的に全てを決めます。それは合理統治ではなく——評価者による支配です」


 クレモアが少し間を置いた。笑顔が少し変わった。形は同じだったが、目の動きが止まった。


「鋭いですね」


「論理の問題です」


「では——あなたはどうするべきだと思いますか?」


「私がどうするべきかを決める立場にはありません。各地の者が自分で決める必要があります」


「非効率です」


「そうかもしれません。ただ誰かが決めた『正しい場所』に置かれることと、自分で選ぶことは別です」


 クレモアが少し間を置いた。


「……あなたと話すのは面白い」


「ありがとうございます」


「しかし、立場は相容れないようです」


「そう思います」


 クレモアが少し笑った。今度は目も動いた。


「リシュアのことも——いずれ話し合いましょう。今はまだ、その時ではありませんが」


(「今はまだ」——自分から言った。今は動かないと確認した)


「その時が来れば」


「楽しみにしています」


 クレモアが庭を出ていった。石畳の足音が遠くなった。


 グリムが横に来た。


「……あれは何者だ?」


「前世は科学者だったと思います」


 グリムが少し間を置いた。


「……科学者?」


「合理的に世界を設計しようとする人間です」


「危険か?」


「はい。悪意がないぶん——余計に危険です」


 グリムが木の方を見た。葉がまた1枚落ちた。何も言わなかった。



 翌朝、扉をノックする音がした。


 まだ日が昇りきっていなかった。ナナは書類を閉じて立った。


「どうぞ」


 ミュリエだった。翅を折りたたんで入ってきた。手に小さな籠を持っていた。中に果物が入っていた。色が鮮やかだった。


「おはよう。朝ごはん、一緒にどう?」


「……なぜ私の部屋が分かったのですか?」


「フェンリルさんに聞いたの」


「フェンリルが教えたのですか?」


「可愛くお願いしたら教えてくれたわ」


 ナナは少し間を置いた。


「入ってください」


 ミュリエが部屋に入った。椅子に座った。籠を机に置いた。


「食べて。美味しいわよ」


「ありがとうございます」


 ナナは果物を1つ手に取った。ミュリエがナナを見ていた。じっと見ていた。朝の光の中で、翅の緑色が少し透けていた。


「ねえ——なんで戦うの?」


「守りたいものがあるからです」


「守るために戦わないといけないの?」


「今のところは、そうです」


「おかしいと思わない?」


「おかしいとは思いません。必要なことだと思っています」


 ミュリエが少し首を傾けた。


「でも——人が死ぬわ。あなたの仲間も死んだでしょう?」


「死にました」


「それでも戦うの?」


「はい」


「なぜ?」


(なぜ、か。守りたいから。ミラが守ろうとしたものを守り続けると決めたから——それを全部言う必要はない)


「戦わなければ、守れないからです」


 ミュリエが少し唇を噛んだ。


「……戦わなくていい世界を作ればいいじゃない」


「そうですね」


「え?」


「そういう世界が来るといいと思います」


 ミュリエが目を丸くした。


「じゃあ——一緒に作りましょうよ。戦わずに話し合って、全員が納得する形を——」


「誰と話し合いますか?」


「全員よ。魔王も、人族も、全員で——」


「カオス=ベルゼは話を聞きません。ルゼ=アヴァロンは純血主義を曲げません。昨日の会議で分かりました。話し合いが成立する相手とだけ話し合っても——話し合えない相手が動いている間は、何も変わりません」


 ミュリエがしばらく黙った。昨日からずっと喋っていたミュリエが、何も言わなかった。翅が少し動いて、止まった。


「……それでも」


 ミュリエが静かに言った。声のトーンが少し変わっていた。


「戦い続けることが答えだとは思えないわ」


「私もそう思います」


「え?」


「戦い続けることが答えだとは思っていません。ただ戦わなければ次がない状況があります。今がそうです」


「じゃあ、今が終わったら?」


「考えます」


 ミュリエが少し間を置いた。


「……正直ね」


「嘘をつく理由がありません」


 ミュリエが少し笑った。昨日の賑やかな笑い方ではなかった。口元だけが動いた。


「あなた——思ったより難しい子ね」


「そうですか?」


「うん。最初は小さくて可愛いだけかと思ってたけど」


「可愛くはないと思います」


「可愛いわよ」


「ありがとうございます」


 ミュリエが立ち上がった。籠を机に置いたまま、扉に向かった。扉の前で止まった。振り返らなかった。


「ねえ——いつか考えを変えてね。戦わなくていい方法を、一緒に探しましょうよ」


「その時が来たら、話しましょう」


「絶対よ」


 ミュリエが出た。翅の色が扉の隙間から消えた。


 ナナは果物を1つ食べた。甘かった。予想より甘かった。


 ヴァルが静かに言った。


『……変わった女だろ?』


(はい)


『あの平和主義は本物だ。演じていない』


(分かっています。だから——厄介です)


『なぜだ?』


(悪意がなく、論理も持っている。ただ現実が見えていない。そういう相手は動かしにくい。クレモアとは別の意味で)


 ヴァルは何も言わなかった。


 外の光が明るくなっていた。今日、帰る。



 出発前、ナナはフェンリルを探した。城門の前にいた。


「昨日、ミュリエ=メシスに私の部屋を教えましたか?」


 フェンリルが少し間を置いた。


「……聞かれた」


「断れませんでしたか?」


「断った。3回断った」


「4回目は?」


「……泣きそうな顔をされた」


 グリムが横で小さく息を吐いた。


「次回からは教えないでください」


「善処する」


 フェンリルが前を向いた。

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