第41話 大会議
翌朝、フェンリルの使者が来た。
文書を1通持っていた。グラ=ベイルの印章があった。ナナは受け取って読んだ。
内容は短かった。
魔王大会議を開催する。場所はガルフォート。7日後。全魔王に招集をかけた。来ること。——グラ=ベイル
「主からの言伝です。『来ることを前提に書いた。断るな』と」
「分かりました」
使者が去った。
グリムが横から文書を覗いた。
「……7日後か」
「はい」
「準備できるか?」
「します」
その日の昼、全員を食堂に集めた。
「大会議への出席を決めました。7日後、ガルフォートへ向かいます」
ダリオが腕を組んだ。
「全員で行くのか?」
「いいえ。イグレアに残る者が必要です。リーゼに守備を任せます。ダリオ、ハルク、ベイン、クロ、ガッツ、エルをお願いします」
リーゼが頷いた。
「分かった。残る」
「連れていくのは——グリム、レン、エリス、リシュア。4人です」
グリムが少し眉を動かした。
「リシュアを連れていくのか」
「はい。クレモアが来ます。リシュアの存在を隠し続けるより、こちらが把握している状態で同席させる方が有利です」
「クレモアがリシュアを見た場合、動くと思うか?」
「動かないと思います。クレモアは合理主義です。リシュアを今動かせば私と敵対する。リシュア1人より私を取り込む方が利益が大きい、そう計算するはずです」
(確信はない。賭けだ)
「確認するために連れていきます」
リシュアが黙っていた。
「リシュア、同行できますか?」
「……できる」
「ありがとうございます」
オズが手を挙げた。
「予算を確認してもいいですか?」
「後で相談します」
「はい」
ジャックが言った。
「向こうで戦闘になる可能性は?」
「低いです。ただゼロではありません。会議の場で直接手を出す者は少ない。会議の外では別です」
夜、ナナは自室で紙を広げた。
各魔王の名前を書いた。
第一魔王ルゼ=アヴァロン。純魔族。純血主義。100年前の連合軍の一角。敵意あり。第二魔王グラ=ベイル。獣人。同盟済み。今回の招集者。第三魔王ソル=フィオーネ。死亡。後継はナナ。第四魔王クレモア=クロック。人族転生者。前世は科学者。合理主義。リシュアの腕輪の術者。使者アルヴィスが既に接触。第五魔王ミュリエ=メシス。妖精族。平和主義。詳細不明。第六魔王カオス=ベルゼ。竜人族。破壊の象徴。来るかどうかも不明。第七魔王ナナミア。自分。
ヴァルに問いかけた。
(100年前の大会議はどうだった?)
ヴァルが少し間を置いた。
『……重かった。各魔王が自分の利益だけを持ち寄った。話し合いにならなかった。最終的にルゼが席を蹴って終わった』
(今回も同じになるか?)
『……分からない。招集したのがグラ=ベイルなら、前回よりは秩序がある。あの男は結論を出したがる』
(グラ=ベイルの目的は何だと思う?)
『……第六魔王の問題だろう。カオス=ベルゼは各地を荒らしている。グラ=ベイルの領域にも影響が出ているはずだ。各魔王で対処を分担したい、そういう話だと思う』
(ルゼは来るか?)
『来る。あの男は来ないことで情報を渡すような真似はしない。来て、睨んで、帰る』
ナナは紙に書き足した。
各魔王の目的の欄を作った。グラ=ベイル——第六魔王問題の分担処理。ルゼ=アヴァロン——調停者の排除か、牽制か。クレモア=クロック——ナナの意図確認。リシュアの所在確認。ミュリエ=メシス——不明。カオス=ベルゼ——来るかどうかも不明。
(不明が多すぎる)
『……情報戦だ。相手も同じことを考えている。お前もナナの欄に「不明」と書かれているはずだ』
(それでいい。不明の方が動きやすい)
ヴァルが少し間を置いた。
『……1つ言っておく』
(なんだ?)
『会議の場では感情を読まれるな。お前は顔に出ないが、内心が台詞に滲むことがある。そこを突いてくる者がいる』
(クレモアか?)
『……ルゼだ。あの男は沈黙を武器にする。黙って待つ。相手が埋めようとした瞬間に入ってくる』
(分かった。沈黙を埋めない)
ナナは紙を折った。灯りが揺れた。窓の外は暗かった。
7日後に向けて、準備することがまだあった。
出発3日前、エリスが来た。
「転移封じの結界、リーファと話した。精霊族3人が協力してくれれば張れるって」
「お願いしました?」
「うん。快諾してくれた。私がいない間、リーファたちが結界を維持してくれる」
「ありがとうございます」
エリスが少し間を置いた。
「会議——怖い?」
「怖いです」
「……正直だね」
「怖くないと言う理由がありません」
エリスが少し笑った。
「私も怖い。でも——行く」
「はい」
エリスが出ていった。
ガルフォートまで2日かかった。
フェンリルが城門で出迎えた。
「主が待っている」
「ありがとうございます」
城に通された。会議室は広かった。石造りの長机が中央にあり、椅子が7脚並んでいた。窓が高い位置にあって、昼でも光が届きにくかった。石の冷たさが空気に混じっていた。
すでに3人が席についていた。
正面の奥——長身の男が座っていた。白髪だった。銀色の目が机の一点を見ていた。ただ座っているだけだった。それだけで、部屋の他の音が遠くなるような重さがあった。
(第一魔王。ルゼ=アヴァロンだ)
その隣——小柄な女が座っていた。背中に蝶の翅があった。淡い緑色だった。ナナたちが入った瞬間、顔を上げた。目が輝いていた。
(第五魔王。ミュリエ=メシスだ)
右手の席、中肉中背の男が座っていた。顔の前に薄い硝子板を2枚重ねたものをかけていた。この世界では見たことのない形だった。穏やかな顔をしていた。ナナを見て、笑った。
(第四魔王。クレモア=クロックだ)
(眼鏡だ。前世で見たものと同じだ——向こうも転生者だ)
ナナは第七魔王の席についた。グリムが後ろに立った。レンとエリスがその隣に控えた。
リシュアが最後に入った。
クレモアの笑顔が、ほんの一瞬だけ変わった。口元はそのままだった。目だけが動いた。リシュアを見て、すぐに戻った。その間、呼吸ひとつ分もなかった。
(クレモアはリシュアを見た)
ナナは前を向いたまま記録した。リシュアは表情を出さなかった。壁際に立った。
グラ=ベイルが上座に座った。
「揃った。始める」
空席が2つあった。
「第六魔王カオス=ベルゼは欠席だ。第三魔王の席は——」
「後継はここにいます」
ナナが言った。
グラ=ベイルが頷いた。
「ナナミア=ヴァル=ミリス。第七魔王でありながら、ソル=フィオーネに指名を受けた。第三魔王の領域と精霊族の後見をその手に持つ」
場が少し動いた。
ルゼが初めてナナを見た。銀の目だった。ひとつひとつを確かめるように見ていた。感情の気配がなかった。
ミュリエがナナを見た。目が大きくなった。
「まあ、小さい。可愛らしい。こんな子が戦わなきゃいけないなんて、おかしいと思わない?」
(平和主義。ただ「おかしい」という言葉の向きが、自分に向いていない)
「戦わない選択があれば、そうしています」
「じゃあ私のところに来ない? 守ってあげるわよ」
「遠慮します」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮します」
グリムが後ろで小さく息を吐いた。
クレモアが口を開いた。
「第七魔王——ナナさん、と呼んでいいですか?」
「どうぞ」
「この会議を楽しみにしていました。あなたのような方に会えるとは思っていませんでしたから」
(「あなたのような方」。転生者同士だと示唆している。顔には出さない)
「どういう意味ですか?」
「これほど若い魔王は珍しい、という意味です」
「そうですか」
クレモアが笑った。頷きながら——一瞬だけ、視線が壁際に動いた。リシュアを見た。それだけだった。リシュアは壁の一点を見ていた。
グラ=ベイルが机を1度叩いた。
「私的な話は後にしろ。議題に入る」
「その前に——確認する事項がある」
ルゼが静かに言った。低い声だった。
「第七魔王の正統性についてだ。ソル=フィオーネは死んだ。指名書面があるというが——私はまだ確認していない。第三魔王の継承が正式なものであるかどうか、この場で証明してもらいたい」
(書面は持ってきている。今日出すか、明日出すか)
「書面はあります。明日、この場で提示します。今日は皆さんの顔を覚えるので手一杯です」
ルゼが黙った。
長い間だった。ナナは埋めなかった。石造りの部屋の中で、誰も口を開かなかった。机の向こうでミュリエの翅が小さく動いた。それだけが動いていた。
ルゼが短く息を吐いた。
「……明日、見せてもらおう」
グラ=ベイルが頷いた。
「では今日はここまでだ。各自、宿に入れ。明日また集まる」
全員が立ち上がった。クレモアがナナの横を通り過ぎた。すれ違いざまに、小声で言った。
「明日——少しだけお時間をいただけますか。2人で」
「検討します」
クレモアが笑顔のまま去った。
グリムが隣に来た。
「……ルゼは手強いな」
「はい」
「クレモアも」
グリムが少し間を置いた。腕を組んだ。
「明日も、ついていく」
「分かっています」
リシュアがナナの横に来た。
「……クレモアは気づいた」
「分かっています」
「どうする」
「今は何もしません。気づいていないふりをします」
「……クレモアは私を動かさなかった。なぜだ?」
「あなたを今動かせば私と敵対します。クレモアはそのリスクを取らない——私を取り込む方が先だと計算しています」
「……私より、お前の方が価値があるということか」
「今のところは、そうだと思います」
リシュアが少し間を置いた。
「……そうか」
部屋の中を見た。クレモアはもういなかった。ルゼもいなかった。リシュアの目が扉の方に向いて、少し止まった。それから前を向いた。
翌朝、全員が席についた。
ナナは書面を机に置いた。羊皮紙が3枚あった。ソルの署名があった。精霊族の封蝋があった。日付があった。
「ソル=フィオーネ直筆の指名書面です。精霊族の長老3人の証人署名もあります」
ルゼが立ち上がった。書面を手に取った。読んだ。長い間だった。全員が待った。部屋の中で音がしなかった。
ルゼが書面を置いた。
「……正式なものだ」
席に戻った。
グラ=ベイルが頷いた。
「では議題に入る。第六魔王カオス=ベルゼの問題だ」
グラ=ベイルが机に地図を広げた。
「現在、カオス=ベルゼの軍は3方向に分散して動いている。北東——第一魔王の領域境界。西——私の領域の南端。南——第七魔王のイグレア方面だ。各魔王が個別に対処してきたが——限界がある。提案がある者は言え」
ミュリエが手を挙げた。
「交渉できないの? カオスと」
「無理だ」
グラ=ベイルが短く言った。
「あれは話を聞かない。100年前から変わっていない」
「でも——戦えば死者が出るわ。それは避けられないの?」
「避けられない」
ミュリエが少し唇を噛んだ。何かを言いかけて、やめた。翅が少し閉じた。
ルゼが口を開いた。
「各魔王が担当領域を分担して防衛する。それだけでいい。共同作戦は不要だ」
「分担するなら——調整が必要です」
ナナが言った。ルゼがナナを見た。
「調整?」
「カオス=ベルゼが3方向に動いているなら、どこかが手薄になれば集中します。1つの領域が崩れれば次の領域に流れてきます。分担防衛は連携がなければ——順番に崩れていくだけです」
場が少し静かになった。
クレモアが口を開いた。
「なるほど。では——連携の枠組みを作る、ということですか?」
「はい。各魔王が担当領域を持ちつつ、隣接する領域で手が足りなくなれば支援を出す。事前に基準を決めておく。どの条件で支援要請を出すか、どれだけの規模で応じるか」
「誰がそれを統括するのですか?」
「グラ=ベイルに議長国として機能してもらう形が適切です」
グラ=ベイルが少し目を細めた。
「……私に押しつけるつもりか」
「招集した責任を取っていただく形です」
グラ=ベイルが短く笑った。
「言い方が上手いな」
ルゼが静かに言った。
「第七魔王——お前はなぜそこまで動く。イグレアを守るだけなら、分担防衛で十分のはずだ」
「イグレアだけを守っても、隣が崩れれば次に来るのは私のところです。最小限の労力で最大限の結果を得るなら——全体が守られている状態が一番安上がりです」
ルゼが黙った。
ミュリエが少し目を丸くした。
「合理的ね」
「そうなるよう考えています」
クレモアが静かに言った。
「賛成します。枠組みとして機能するなら——私の領域にも利があります」
ルゼが少し間を置いた。
「……反対はしない」
グラ=ベイルが頷いた。
「では採択する。分担防衛協定——各魔王が担当領域を持ち、支援基準を文書化する。議長国は私が務める」
「議長国に情報が集中します」
ナナが言った。
「それでいい。情報を持てば責任も増える。分かっている」
「では——情報の共有範囲と更新頻度も文書に入れてください」
「分かった。フェンリルに書かせる」
会議が終わったのは昼過ぎだった。
ルゼが立ち上がった。外套を整えた。他の者が動き始めた中、ルゼだけが少し遅れて歩いた。扉の手前でナナを振り返った。
「……第七魔王」
「はい」
「お前の言っていることは筋が通っている」
ルゼが少し間を置いた。室内の空気が止まった気がした。
「筋が通っていることと、正しいことは別だ」
それだけ言って、出た。
ナナは少し間を置いた。
(ルゼの基準では、純血主義が「正しい」ことになっている。論理では崩せない相手だ。そこは変わらない)
グリムが横に来た。
「……あれはどういう意味だ?」
「警告です。私の論理は認めるが、前提が違う——そういうことだと思います」
グリムが少し間を置いた。腕を組んだ。
「厄介だな」
「はい」
グリムが窓の方を見た。外の光が傾いていた。会議室の中に石の冷たさだけが残っていた。




