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第37話 情報戦の始まり

グラ=ベイルとの同盟から4日後、ナナはグリムとジャックを連れてアルトハイムへ向かった。


 アルトハイムは傭兵の街だった。グレンフォードより規模が大きく、雑多だった。武装した者が多く、声が大きかった。道に屋台が並んでいた。


 傭兵ギルドは街の中心にあった。


 受付に隻眼の男がいた。40代半ば。右目に布を当てていた。左目だけで3人を見た。


「バロウさんですか?」


「そうだが」


「黒い翼のナナです。情報を買いたい」


 バロウが少し目を細めた。


「子供が来る街じゃないぞ」


「必要があって来ました」


 バロウがグリムを見た。グリムは何も言わなかった。バロウがまたナナを見た。


「何の情報だ」


「2つあります。1つ目——北東の山道を通る軍の動きについて。1週間以内の情報が欲しい。2つ目——自由都市連合の物資流通ルートについて。どの街がどの物資を押さえているか」


「高いぞ」


「値段を聞いてから決めます」


 バロウが少し間を置いた。


「銀貨15枚。両方合わせて」


「高いです。銀貨8枚を上限にしています」


「情報に値段をつけるのは売る側だ」


「買わなければ、売る機会はゼロになります。銀貨10枚で、どちらか1つを選ぶことも受け入れます」


 バロウが少し間を置いた。


「……交渉慣れしているな」


「必要なので」


 バロウが椅子に深く座り直した。


「銀貨12枚。両方。これが底値だ」


「分かりました」


 ナナは財布から銀貨を出した。バロウが数えた。


「待て」


 バロウが奥に引っ込んだ。しばらくして、紙を2枚持って戻ってきた。ナナに渡した。


 ナナは読んだ。


 1枚目——北東の山道の軍の動き。日付・規模・旗の色が記されていた。


 2枚目——自由都市連合の物資流通ルート。街ごとの扱い品目が一覧になっていた。


(1枚目——7日前の情報だ。日付が2箇所ある。前半の記述は8日前、後半は6日前だ。前半と後半で旗の色が違う。同じ部隊の話ではない)


(2枚目——フォルケンが穀物を押さえていると書いてある。3週間前の情報だ。季節が変わっている。今は南の農村からの入荷が変わっているはずだ。現時点では信用できない)


「1点確認させてください」


 バロウが少し目を動かした。


「1枚目の後半、6日前の旗の色と、前半の8日前の旗が違います。これは2つの部隊の情報を1枚にまとめていますか?」


 バロウが黙った。


「もしそうなら、同じ動きとして読むのは危険です。出所が違う情報を混ぜていますか?」


 バロウが少し間を置いた。


「……よく気づいた」


「気づかなかった場合、私が損をします」


「そうだな」


 バロウが1枚目を手に取った。


「確かに出所が違う。北東の山道を使う部隊が2つある。片方は第一魔王配下の偵察隊だ。もう片方は——まだ旗が特定できていない」


「その点を明記してもらえますか? 文書として持ち帰りたいので」


 バロウが少し顎を動かした。それからペンを取り、余白に書き加えた。


「2枚目は?」


「3週間前の情報です。現時点での精度は?」


「低い。フォルケンの流通は変わっている可能性がある」


「では次回来た時に最新版と交換してもらえますか?」


 バロウが少し間を置いた。


「……交換はしない。次回、最新版を半額で売る」


「分かりました」


 バロウが3人を見た。ジャックがずっと入口の方を見ていた。グリムは腕を組んでいた。


「黒い翼、聞いたことがある」


「そうですか」


「イグレアにいるというのは本当か?」


「本当です」


「あそこは100年前に滅んだ場所だ」


「再建しています」


 バロウが少し目を細めた。


「第七魔王、か」


 ナナは少し間を置いた。


「情報が早いですね」


「これが商売だ」


「では——私たちの情報も売っていますか?」


「買い手がいれば」


「誰が買いましたか?」


「それは売らない」


 ナナは少し間を置いた。


(情報が流れていることは確かだ。誰に流れているかは分からない。ただ情報が出回っているなら、逆に使える)


「分かりました。1つお願いがあります」


「なんだ」


「私たちについての情報を、次に誰かが買いに来た時、来訪があったことだけ教えてください。内容は教えなくていいです」


 バロウが少し間を置いた。


「……銀貨3枚」


「銀貨2枚」


「銀貨2枚半という概念はないから、銀貨3枚だ」


「分かりました」


 追加で銀貨を払った。バロウが受け取った。


「面白い子供だな」


「そうですか?」


「情報を買うだけじゃなく、情報の流れを管理しようとしている。傭兵の発想じゃない」


「必要なことをしているだけです」


 バロウが短く息を吐いた。


「また来い」


「来ます」


 3人でギルドを出た。


 街道を歩きながら、グリムが言った。


「……最後の銀貨3枚は必要だったか?」


「はい。誰が私たちの情報を買いに来るか分かれば、警戒する相手が絞れます」


「なるほど」


「ただバロウが正直に教えてくれるかどうかは分かりません。賭けです」


「賭けか」


「情報にはそういう部分があります」


 ジャックが前を歩きながら言った。


「あの人、強いですよ。隻眼なのに視線の動きが自然だった。慣れている」


「気づいていましたか?」


「一応」


 グリムが少し眉を動かした。


「……ジャックが褒めるのは珍しいな」


「褒めてないです。警戒しているんです」


 ナナは1枚目の紙を折って懐に入れた。


(第一魔王配下の偵察隊が北東の山道を使っている。先遣隊だ。本格的な動きの前兆か、様子見か。判断するには情報が足りない)


(ただ動き出している。それは確かだ)


 イグレアまで、半日の道だった。



 帰還したのは夕方だった。城壁の修復が進んでいた。


 入口の近くで、ミラが石を運んでいた。医療用の鞄を傍に置いたまま、両手で石を抱えていた。エリスが魔法で石の位置を調整していた。2人で何か話しながら作業をしていた。


 ナナが近づいた。


「ミラ」


 ミラが振り返った。


「お帰りなさい。怪我はないですか?」


「ありません。何をしていますか?」


「城壁の修復です。石を運ぶだけなら私にもできるので」


「医療が本職です」


「分かっています。戦えない分、できることをやりたいです。それだけです」


 ナナは少し間を置いた。


「無理はしないでください」


「してないです。石を運ぶだけなので」


 エリスがナナを見た。


「情報は取れた?」


「取れました。精度に問題があるものもありました」


「そういうものじゃないの?」


「そういうものです。だから自分で確かめる必要があります」


 エリスが少し首を傾けた。


「ナナって、人を信用しないよね」


「情報を信用しない、です。人と情報は別です」


「そうなの?」


「バロウは信用できます。ただ彼が持っている情報が正しいかどうかは別の話です」


 エリスが少し考えた。


「……難しいね」


「慣れます」


 ミラが石を壁の脇に置いた。手を払った。


「夕食、もうすぐできます。オズが材料を計算していたので」


「分かりました」


 ナナは城壁を見た。少しずつ、形になってきていた。

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