第36話 獣王との交渉
フェンリルからの文書は翌日に来た。
鹿革に獣人の文字で書かれていた。リシュアが読んだ。元第三魔王の配下だけあって、各国の文字に通じていた。
「グラ=ベイルが謁見を受ける。場所はガルフォート——獣王の拠点だ。日時は3日後の正午。同行者5人まで。武装可。以上だ」
「文書での返答は?」
「求めていない。来るか来ないかだけだ」
ナナは少し間を置いた。
(3日後。準備する時間はある)
「行きます」
3日後の朝、6人でイグレアを出た。
ナナ、グリム、リーゼ、ダリオ、レン、エリス。
リシュアが見送りに出た。
「気をつけろ」
「留守を頼みます」
「……分かった」
グリムがリシュアを見た。
「戻るまで、ジャックとジョンの言うことを聞いてくれ」
リシュアが少し間を置いた。
「……副団長の言うことを聞け、ではないのか」
「俺は行く」
「そうか」
リシュアが短く頷いた。
6人で南の街道を歩いた。
ガルフォートは2日かかった。
山を背にした石造りの砦だった。城壁が分厚かった。旗が複数立っていた。黒地に金の牙。衛兵が門に立ち、全員獣人だった。体格が大きく、武装が重かった。
フェンリルが門の前にいた。6人を見た。
「来たか」
「約束しました」
「中へ」
中に入った。
広場に兵が整列していた。100人以上いた。全員がこちらを見た。
(威圧だ。攻撃する気はない。見せているだけだ)
グリムが小声で言った。
「……多いな」
「見せるためです」
「怖くないか?」
「怖いです」
グリムが短く息を吐いた。
フェンニルが先を歩いた。広場を抜け、砦の中心にある大きな建物に入った。
広い部屋だった。奥に椅子があった。
座っていたのはライオンの特徴を持つ獣人だった。たてがみが豊かで、金色だった。体格が兵士たちよりさらに大きかった。座り方が落ち着いていた。急いでいる様子がなかった。目が鋭く、深かった。
グラ=ベイルだった。
ナナを見た。しばらく見ていた。
「……小さいな」
「よく言われます」
グラ=ベイルが少し口角を動かした。
「フェンリルから聞いた。動じない、と」
「動じています。それでも来ました」
「なぜ?」
「必要だからです」
グラ=ベイルが少し間を置いた。
「座れ」
椅子が用意されていた。ナナが座った。グリムたちが後ろに立った。
「同盟の話をする」
「はい」
「俺の条件は単純だ。互いの領域を侵さない。第六魔王への対処を協議する。文書にする。それだけだ」
「こちらの条件を追加させてください」
グラ=ベイルが少し目を細めた。
「言え」
「3点です。1点目——同盟は魔王個人ではなく、領域と組織の間で結ぶ。どちらかが死んでも、後継者が引き継ぐ」
「……なぜそれを求める?」
「口約束は当事者がいなくなれば消えます。組織間の約束にすれば残ります」
「俺が死ぬ前提で話しているのか」
「私が死ぬ前提でもあります」
グラ=ベイルが少し間を置いた。
「……続けろ」
「2点目——第六魔王への対処は、事前に協議する。単独で動く場合は事後報告でいいですが、相手の領域に影響が出る行動は必ず事前に知らせる」
「それはこちらも求めたいことだ」
「では合意です」
「3点目は?」
「同盟の内容は、両者の合意なしに第三者に開示しない。ただ存在自体は開示して構いません」
グラ=ベイルが少し考えた。
「……存在は開示するが内容は秘密にする。なぜだ?」
「同盟があることは抑止になります。内容が知られると、対策を取られます」
「なるほど」
グラ=ベイルが椅子に深く座り直した。
「追加条件を3点認める。文書にしよう」
フェンリルが羊皮紙を持ってきた。グラ=ベイルが内容を口述し、フェンリルが書いた。ナナが確認した。
「修正点が1つあります」
「どこだ?」
「『互いの領域を侵さない』の定義です。領域の境界線を明記してください。曖昧だと後で解釈が分かれます」
フェンリルがグラ=ベイルを見た。グラ=ベイルが頷いた。
「追記しろ」
フェンリルが書き加えた。ナナが再度確認した。
「問題ありません」
グラ=ベイルが署名した。ナナが署名した。文書が2枚作られ、1枚ずつ持った。
グラ=ベイルが立ち上がった。予想より背が高かった。ナナの倍以上あった。
「1つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「お前はヴァルの後継者か?」
ナナは少し間を置いた。
「そう呼ばれています」
「ヴァルを知っている。100年前、一度だけ会った。小さかった」
「そうですか」
「ヴァルも同じ目をしていた」
「どういう目ですか?」
「諦めていない目だ」
ナナは黙った。
ヴァルが静かに言った。
『……グラ=ベイルか。覚えている。あの時はまだ若かった』
(知っていたのか?)
『1度だけ会った。話す時間はなかった』
「ヴァルは——」
ナナはグラ=ベイルを見た。
「よく覚えていてくれました、と言っています」
グラ=ベイルが少し目を細めた。
「……頭の中にいるのか」
「はい」
「変わった後継者だな」
「そうですね」
グラ=ベイルが後ろを向いた。フェンリルが何かを持ってきた。角笛だった。獣の牙を削って作られていた。金属の装飾があった。紐がついていた。
「受け取れ」
「これは?」
「戦牙の角笛だ。吹けば——最寄りの俺の部隊が駆けつける。同盟の証だ」
ナナは受け取った。重かった。
「いつ吹いてもいいのか?」
「吹いていい。ただ——」
グラ=ベイルがナナを見た。
「濫用すれば、俺の兵が無駄に動く。兵の命は金で買えない。使いどころを選べ」
「分かりました」
「お前なら分かると思って渡した」
ナナは少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「礼はいい。同盟として当然のことだ」
グラ=ベイルが再び座った。
「帰れ。道中、フェンリルが門まで送る」
「失礼します」
6人で部屋を出た。フェンリルが並んで歩いた。
「……うまくやったな」
「条件を整理しただけです」
「領域の境界線を文書に入れるよう求めた者は、今まで主の前でいなかった」
「なぜですか?」
「怖いからだ。主に指摘するのは」
「必要なことでしたので」
フェンリルが少し間を置いた。
「……主が気に入ったのが分かった」
「そうですか?」
「目が同じだと言っただろう。主が同じだと言う相手は——少ない」
門を出た。6人で街道を歩いた。
グリムが小声でナナに言った。
「……思ったより話が通じる相手だったな」
「ヴァルがそう言っていました。条件が合えば約束を守る、と」
「ヴァルが?」
「100年前に会ったことがあるそうです」
グリムが少し間を置いた。
「……ヴァルはいろんな者と会っていたんだな」
「そのわりに、1人で滅んだ」
「……そうか」
グリムが前を向いた。
ナナは角笛を手の中で握った。重かった。
(使いどころを選べ、か)
ヴァルが静かに言った。
『……我の時代には、誰もこういうものを渡してくれなかった』
(今はある)
『……そうだな』
イグレアまで、まだ半日あった。




