第35話 腕輪の秘密
食堂の椅子にリシュアを座らせた。
グリムがロープで手首を縛った。リシュアは抵抗しなかった。言った通りだった。負けたから従う。それだけだった。
ナナは向かいに座った。肩の傷を布で押さえたまま、リシュアを見た。
「腕輪の話を聞かせてください」
リシュアが黙った。
「話さなくていいです。ただ、話せば、私の判断が変わるかもしれません」
「……どう変わる?」
「それは話を聞いてから決めます」
リシュアがナナを見た。しばらく見ていた。
「……クレモア=クロックという名前を知っているか?」
「第四魔王です」
リシュアが少し目を細めた。
「知っているのか」
「名前だけです。詳細は知りません」
「……そうか」
リシュアが左手首を見た。腕輪が鈍く光った。
「ソル——第三魔王が死んだ後、クレモアの部下が来た。これを嵌められた。外そうとすれば針が刺さる。クレモアの魔力で定期的に確認が来る。一定期間応答がなければ、同じことが起きる」
「毒ですか?」
「猛毒だ。即死ではないが、長くはもたない」
「解除できますか?」
「クレモアを倒すか、クレモア本人に外させるか。それしかない」
グリムが静かに言った。
「……つまり、クレモアが生きている限り外れない」
「そうだ」
「なぜナナを狙った?」
「命令だ。クレモアから、第七魔王を暗殺しろと言われた。従わなければ——」
リシュアが左手首を見た。それだけだった。
ナナは少し間を置いた。
(クレモアがリシュアを使ってナナを消そうとした。なぜこのタイミングで? フェンリルが来た後だ。グラ=ベイルとの同盟が成立する前に動いた、ということか)
「クレモアからの命令は、いつ来ましたか?」
「3日前だ」
(フェンリルが来た翌日だ。やはり関係している)
「クレモアは第七魔王と第二魔王の同盟を警戒している、ということですね」
リシュアが少し間を置いた。
「……賢いな」
「推測です」
「当たっている」
グリムが腕を組んだ。しばらく黙っていた。
「……自分の意志で来たわけではないのか」
リシュアが少し間を置いた。
「そうだ」
「命令に従わなければ死ぬ。だから来た」
「……そういうことだ」
グリムが低く言った。
「それは——戦えない」
リシュアが少し顔を動かした。何かを言いかけて、止めた。
「クレモアはお前がここに来たことを知っているのか?」
「知っている。定期確認の応答は続けている。失敗したことは——まだ伝えていない」
「伝えれば?」
「次の手を打ってくる。私を始末するか、別の暗殺者を送るか」
ナナは少し間を置いた。
(リシュアを生かして持っていれば、クレモアへの情報は止められる。ただ腕輪の定期確認がある。リシュアが応答し続ける必要がある)
「1つ提案があります」
リシュアがナナを見た。
「黒い翼に入ってください」
沈黙があった。グリムが少し眉を動かした。
リシュアが口を開いた。
「……暗殺しに来た者を、仲間にするのか?」
「保護加入です。クレモアが生きている限り、あなたは自由ではない。ここにいれば、クレモアへの情報を制御できます。あなたにとっても悪くない条件のはずです」
「私が再び裏切らないと思うのか?」
「思いません」
リシュアが少し間を置いた。
「……正直だな」
「裏切るかどうかは、あなたが決めることです。ただ裏切れば、次は容赦しません」
「今夜のように組み伏せるか?」
「今夜より手加減しません」
グリムが短く笑った。
リシュアが少し間を置いた。
「なぜそこまでする? 私を生かす理由がない」
ナナは少し間を置いた。
「あなたはソルの配下でした」
「……そうだ」
「ソルは私を後継者にと言って、森と領地を遺してくれた人です。その配下を見捨てるつもりはありません」
リシュアが黙った。長い間、黙っていた。
「……ソルが死んだのか」
「はい。穏やかだったと聞いています」
リシュアがうつむいた。動かなかった。
ナナは何も言わなかった。グリムも黙っていた。火が静かに燃えていた。
しばらく経った。
リシュアの肩が少し動いた。息を整えているようだった。それだけだった。声は出なかった。
グリムが立ち、水を汲んできた。リシュアの前に置いた。何も言わなかった。
リシュアが少し間を置いてから、水を飲んだ。また黙った。
ナナは待った。
やがてリシュアが顔を上げた。目が赤かった。それだけだった。
「……条件を聞く」
「腕輪の定期確認への応答は続けてください。クレモアへの報告内容は私と相談して決めます。武器は返します。ただ聖銀の短剣は当面預かります」
「なぜ?」
「私の魔力を封じる武器を、信用が固まる前に持たせるのは双方にとって不安定です」
リシュアが少し間を置いた。
「……筋が通っている」
「それ以外の行動の自由はあります。単独で外には出ないでください。クレモアに位置を知られるリスクがあります」
「分かった」
「他に条件はありますか?」
リシュアが少し間を置いた。
「……クレモアを倒した時、腕輪を外してくれるか?」
「倒すか、外させるか。どちらかで必ず外します。約束します」
リシュアがナナを見た。
「……お前は変な奴だな」
「よく言われます」
グリムがロープを解いた。リシュアが左手首をさすった。腕輪には触れなかった。
「1つだけ聞いていいか?」
「どうぞ」
「今夜——なぜ逃げなかった? 組み伏せた後、俺を解放した。逃げるなら逃げられた」
ナナは少し間を置いた。
「逃げる理由がありませんでした」
「殺されるかもしれなかった」
「あなたが短剣を持っていなければ、その心配はありませんでした」
リシュアが少し間を置いた。
「……短剣を拾わなかったのは、そのためか」
「はい」
リシュアが何か言いかけた。止めた。
窓の外が少し明るくなっていた。夜明けが近かった。
「今夜は休んでください。部屋を用意します」
「……私に部屋を用意するのか」
「仲間ですので」
リシュアが黙った。
グリムが立ち上がった。
「来い。案内する」
リシュアが立った。グリムについて食堂を出た。
ナナは1人になった。肩の傷がまだ痛んだ。
ヴァルが静かに言った。
『……ソルの配下だったか』
(そうだ)
『ソルが選んだ者だ。信用できると思う』
(私もそう思う。ただ確かめるのはこれからだ)
『……慎重だな』
(慎重でなければ、みんなを守れない)
ヴァルは何も言わなかった。
窓から朝の光が差し込み始めた。ナナは立ち上がった。
ミラに肩を見せる前に、やることがあった。クレモアへの応答内容を、リシュアと決めなければならなかった。




