第33話 サイクロプス討伐
夜になった。
食堂に火が灯っていた。他の者はすでに寝室に引き上げていた。ナナとグリムだけが残っていた。
グリムが言った。
「残りの話、聞かせてもらえるか?」
「はい」
ナナは少し間を置いた。
「1つあります」
「なんだ?」
「頭の中に、声があります」
グリムが少し眉を上げた。
「声?」
「前の第七魔王です。ヴァルという名前です。転生した時から、ずっとそこにいます」
グリムが黙った。
「幻聴ではありません。別の存在が、私の中に一緒にいます」
「……それは、いつも聞こえているのか?」
「いつも、ではありません。話しかけてくる時と、黙っている時があります」
「今も?」
「います。黙っています」
グリムがしばらく火を見た。
「危険な存在か?」
「違います。私の判断を尊重します。ただ——意見を言うことがあります。私はそれを参考にします」
「参考に、か」
「命令ではありません。100年前の経験を持っています。有益なことが多いです」
グリムがまた黙った。長い沈黙だった。
「……受け入れた、ということか。その存在を」
「はい。最初は戸惑いました。今は——仲間だと思っています」
グリムが少し目を細めた。
「お前らしいな」
「そうですか?」
「敵かもしれない存在を、仲間にしてしまう」
「敵ではなかったので」
「……そうか」
グリムが火を見た。また長い沈黙だった。
「1つだけ聞いていいか?」
「はい」
「ヴァル——今、何か言っているか?」
ナナはヴァルに問いかけた。
(何か言いたいことはあるか?)
ヴァルが少し間を置いた。
『……グリムに伝えてくれ。よく支えてくれている、と』
ナナはグリムに言った。
「よく支えてくれている、と言っています」
グリムがしばらく黙った。
「……前の第七魔王が、俺に?」
「はい」
「……そうか」
グリムが少し目を伏せた。
「伝えてくれ。——俺も、よろしく頼む、と」
ナナはヴァルに伝えた。ヴァルが静かに笑った気配がした。
『……頼もしい副団長だ』
ナナはそれを心の中に留めた。
グリムが立ち上がった。
「寝る。話してくれてありがとう」
「いいえ」
「また礼を言うな、と言うか?」
「言いません」
「聞いてくれてありがとうございます。こちらこそです」
グリムが短く笑った。
「お前は変わらないな」
「そうですか?」
「ああ。最初からそうだった」
グリムが寝室へ向かった。ナナは火が消えるまで、しばらく座っていた。
翌朝、グリムが食堂に来た。他の者より早かった。ナナだけがいた。
「話がある」
「はい」
グリムが座った。少し間を置いた。
「サイクロプスを倒したい」
ナナは黙って聞いた。
「イグレアに来る前から、ずっと考えていた。仲間を殺した怪物だ。俺が倒さなければならない」
「場所は分かりますか?」
「以前静養していた村の近くだ。村から見える山の麓の森林にいる。ここから2日かかる」
「強さは?」
「Bランク相当だ。俺が1人で当たって——勝てなかった。仲間を失った」
グリムが少し間を置いた。
「1人で行くつもりだった。ただ、お前に黙って行けない。それだけだ」
ナナは少し間を置いた。
(サイクロプス。単眼ゆえに遠近感が弱い。音に敏感。足が遅い。弱点がある)
「1人では行かせません」
「……やはりそうか」
「黒い翼全員の依頼として受けます」
グリムが少し目を細めた。
「俺の個人的な話だ」
「グリムの仇は——黒い翼の仇です」
「……そういうことか」
「そういうことです」
グリムが黙った。しばらく黙っていた。
「……ありがとう」
「礼はいいです。ただ——」
「ただ?」
「作戦を立てます。グリムが止めを刺す。それだけ決めています。あとは——みんなで考えます」
グリムが少し間を置いた。
「みんなで、か」
「はい」
「お前が全部考えるのではなく?」
「全部考えません。みんなの力を使います。任せなければ動かせません」
グリムが短く笑った。
「……そうだな」
昼に全員を集めた。
「グリムから話があります」
グリムが立った。いつもより声が低かった。
「サイクロプスを倒したい。俺の仲間を殺した怪物だ。場所は分かっている。Bランク相当だ」
誰も口を挟まなかった。
「団長が黒い翼の依頼として受けると言った。俺は——みんなに頼むことにした」
ダリオが言った。
「Bランクか。今の俺たちで当たれるか?」
ナナが答えた。
「当たれます。正面からでは無理ですが、弱点を使います」
「弱点は?」
「単眼なので遠近感がありません。音に敏感で足が遅い。この3つを使います」
「具体的には?」
「レンとジョンが音で誘導します。エリスが炎の壁で退路を塞ぎます。グリム班が時間差で正面から当たります。私が魔法で脚部を崩します。動けなくなったところをグリムが仕留めます」
ダリオが腕を組んだ。
「……筋は通っている」
「リスクもあります。サイクロプスの一撃を受ければ、誰であっても重傷になります。攻撃を受けない様に徹底してください」
「受けなければいい、か。言うのは簡単だが」
「訓練します。出発まで2日あります。今日の午後から動き方を確認します」
ダリオが頷いた。「分かった」
全員が頷いた。
グリムが全員を見た。
「……頼む」
短かった。それだけだった。
ジャックが言った。
「任せてください」
それで十分だった。
2日かかった。
グレンフォードを経由して、北の山麓へ向かった。グリムが仲間を失った場所だった。
グリムが先を歩いた。道を覚えていた。迷わなかった。
山が見えてきた頃、グリムが足を止めた。
「この先だ」
「森ですか?」
「ああ。山の麓に広がっている。あそこで——やられた」
グリムが少し間を置いた。それだけ言った。ナナは何も聞かなかった。全員も黙っていた。
森の手前で全員を集めた。
「最終確認をします」
ナナは地面に図を描いた。山の麓の森、木々の配置、サイクロプスが出没する場所をグリムから聞いた情報で示した。
「サイクロプスの弱点は3つです。単眼なので遠近感が弱い。音に敏感。足が遅い。この3つを全て使います」
「順番は?」
ダリオが聞いた。
「まず音で誘い出します。レンとジョンが木の上に上がってください。森の奥へ向けて矢を放って音を立てます。出てきたところを——」
「エリスの炎の壁で退路を塞ぐ」
エリスが続けた。
「そうです。西側に炎の壁を張ります。森に戻れなくなります」
「次は?」
「グリム班が正面に立ちます。引きつけてください。ただ——絶対に受けないでください。一撃でも当たれば重傷になります」
グリムが頷いた。
「俺が前に出て、カイルとサルが左右に散る。引きつけながら動き続ける」
「はい。サイクロプスが正面に集中したところで——私が脚部に魔法を撃ちます」
「魔法斬撃か?」
「はい。脚を崩します。動けなくなったところをグリムが仕留めます」
「第2班と第3班は?」
リーゼが聞いた。
「後方待機です。グリム班に何かあれば入ってください。できるだけ動かさずに済むよう作戦を進めます」
「分かった」
「リーファ」
「うん?」
「森の中からの奇襲がないよう、精霊に頼めますか?」
「できる。精霊たちに周囲を見ていてもらう」
「ありがとうございます。オズとミラはここで待機してください」
「承知しました」
「怪我人が出た場合、ミラさんに備えてもらいます」
「はい」
「以上です。質問は?」
誰も手を挙げなかった。
「では、行きましょう」
森の入口で止まった。木が高かった。奥が暗かった。獣道が続いていた。
(ここか)
ヴァルが静かに言った。
『……気配がある。奥にいる』
(感じるか?)
『大きい存在だ。間違いない』
「レン、ジョン——上がってください」
2人が音もなく木に登った。太い枝に移動した。弓を構えた。
「合図を出します。その後、奥へ向けて3本放ってください」
レンが頷いた。
ナナが右手を上げた。下ろした。
矢が3本、森の奥へ飛んだ。木に当たった。乾いた音が連続した。
静かだった。
10秒ほど経った。
地面が揺れた。木々が揺れた。何かが動く音が近づいてきた。重く、一歩ごとに地面が沈んだ。
姿が見えた。
相変わらず大きかった。人の3倍はあった。灰色の皮膚だった。額に1つだけ目があった。太い腕が地面に届きそうだった。手に木の幹を棍棒代わりに持っていた。
グリムが前に出た。
「——ここだ」
サイクロプスがグリムを見た。単眼が動いた。
「エリス——」
「任せて」
西側に炎の壁が立ち上がった。高さが木の半分ほどあった。熱気が来た。サイクロプスが振り返った。退路が塞がれた。
グリムが動いた。速かった。魔王契約の強化が脚に乗り、通常より一歩が速かった。サイクロプスの視界の端を走った。単眼が追おうとした。遠近感がずれた。棍棒が空を振った。
グリムが正面から斬り込んだ。刃がサイクロプスの腕に当たった。傷がついた。深くはなかった。サイクロプスが反応し、グリムの方向に集中した。
カイルが左から走り込んだ。サルが右から入った。
サイクロプスの視界が揺れた。3方向から動く対象を追えなかった。棍棒が左を向いた。カイルが跳んで避けた。その隙に右からサルが足元に当たった。
(今だ)
ナナが右手を構えた。魔力を指先から刃の形に凝縮した。
「——黒閃斬!」
魔法斬撃が走った。サイクロプスの右膝に当たった。骨が軋む音がした。膝が内側に折れた。サイクロプスが傾いた。倒れなかった。ただ——右足が使えなくなった。
「グリム——」
すでに動いていた。
グリムが大剣を両手で構えた。サイクロプスが倒れかけた瞬間、首の根元に向かって踏み込んだ。魔王契約の強化が腕に乗り、刃の速度が通常の倍近かった。
大剣が深く入った。
サイクロプスが止まった。ゆっくりと、前に倒れた。地面が揺れた。
静かになった。
誰も動かなかった。数秒経った。
「——終わりました」
ナナが言った。
全員が動き始めた。
ダリオが息を吐いた。
「……早かったな」
「作戦通りです」
「怪我は?」
ミラが走ってきた。全員を確認した。
「打ち身が1人。カイルです。棍棒が掠りました」
「重くないか?」
「大丈夫。痛いけど」
カイルが右肩を押さえながら言った。
「掠りだけで——吹っ飛びそうになった。あれを受けたら終わりだった」
「無事でよかった。それで十分です」
ナナはグリムを見た。
グリムはサイクロプスの前に立っていた。大剣を引き抜いた。血を払った。鞘に納めた。
それから——動かなかった。
ナナは近づかなかった。他の者も、誰も近づかなかった。
グリムが静かに立っていた。長い間、立っていた。
やがて、グリムが膝をついた。片膝を地面につけ、頭を下げた。
何かを言った。声が小さかった。聞こえなかった。
(仲間へ、か)
ヴァルが静かに言った。
『……そういうものだ。報告しなければならない者がいる』
(そうだな)
しばらく待った。
グリムが立ち上がった。振り返った。目が少し赤かった。それだけだった。
「——終わった」
「はい」
「ありがとう」
「いいえ」
グリムが全員を見た。
「お前たちに——礼を言う」
誰も何も言わなかった。
ジャックが少し間を置いてから言った。
「副団長、飯にしましょう。腹が減りました」
グリムが短く笑った。
「……そうだな」
レンが木から降りてきた。
「腹が減った」
「レンまで言うか」
「事実だ」
ダリオが短く言った。
「飯の支度を頼む」
「確認してください」
全員が動き始めた。
ナナはもう一度、サイクロプスを見た。
(大きかった。でも倒せた)
ヴァルが言った。
『……契約者たちの動きが速かった。魔王の力は、使い方次第だ』
(そうだな。魔王化しなくても、契約者を通して力を活かせる)
『……それが我には分からなかった。1人で全部やろうとした。お前は違う』
(みんながいるからだ)
ヴァルは何も言わなかった。
グリムが先を歩いていた。背中が少し軽くなっていた。
ナナはその後を追った。




