第30話 イグレアへ
グレンフォードを出たのは朝だった。
17人に加えてエリスとリーファ。荷を積んだ馬車が1台。街道を北へ向かった。
ベラが見送りに出てきた。珍しかった。
「戻ってきたら依頼を持ってこい」
「はい。定期的に来ます」
「……気をつけろ」
それだけ言って、中に入った。
ジャックが小声でグリムに言った。
「ベラって、ああいう人だったんだ」
「何が?」
「なんか——心配してるじゃないですか」
グリムが短く笑った。
19人と馬車が北へ歩き始めた。
黒森峠に着いたのは2日目の昼だった。
ゴルドーは峠の入口にいた。いつもと同じ場所に、いつもと同じように立っていた。戦斧を肩に担いでいた。荷を積んだ馬車を見て、全員の顔を見た。
「本気で移るのか」
「はい」
「……そうか」
ゴルドーがリーファを見た。
「精霊族も来るのか」
「ソルが逝きました。私はイグレアに戻ります」
ゴルドーが少し間を置いた。
「……ソルが。そうか」
ゴルドーが目を閉じた。長い間、閉じていた。
「100年以上、守り続けた。よく生きた」
「はい」
「……合掌する」
ゴルドーが静かに頭を下げた。リーファも頭を下げた。ナナも下げた。後ろの全員が倣った。
風が吹いた。峠の冷たい空気が流れた。
ゴルドーが顔を上げた。
「通れ」
「ありがとうございます」
「イグレアに着いたら、南に気をつけろ。ここ数日、南の方角から嫌な風が来る」
ナナは少し間を置いた。
「嫌な風、とは?」
「魔の気配だ。第六魔王の方角から来る」
(先遣隊が動いているかもしれない)
「情報をありがとうございます」
「俺にできることはここを守ることだけだ。それ以上はできない」
ゴルドーがナナを見た。
「お前が守ると言ったなら、俺はここを守る。それだけだ」
ナナは少し間を置いた。
「守ります」
「分かった」
ゴルドーが道を開けた。19人と馬車が峠を抜けた。
峠を越えると空気が変わった。
南側とは違う静けさがあった。木々が高く、鳥の声がした。遠くに大森林の縁が見えた。
さらに半日歩いた。
廃墟が見えた。
石造りの城壁が、草に埋もれながら立っていた。崩れた塔の跡があった。門の柱だけが残っていた。
エリスが立ち止まった。
「……大きかったんだね、昔は」
「はい」
「ここを再建するの?」
「します」
「どのくらいかかる?」
「時間と金貨次第です」
「……正直だね」
「嘘をついても仕方ありません」
エリスが少し笑った。
全員が門跡から中へ入った。
広場に石畳が残っていた。井戸があった。建物の骨格が3棟立っていた。崩れた壁の跡があちこちにあった。
オズが帳簿を開きながら歩いた。どこを修復するか、何が使えるかを目で確認しながら進んだ。
ダリオが石壁を叩いた。
「……芯は残っている。積み直せる」
「お願いします」
「俺は石工じゃないぞ」
「知っています。できますか?」
「……やってみる」
リーファが広場の中央に立った。目を閉じた。少し間があった。
「精霊がいる。まだここに残っている」
「昔からいたんですか?」
「うん。ヴァルの時代から。ずっとここにいた」
ヴァルが静かに言った。
『……覚えていてくれたか』
(知っているのか?)
『知っている。この広場の精霊たちだ。我が最後に立っていた場所にいた』
(そうか)
『……また会えた。それだけで——十分だ』
リーファが目を開けた。
「精霊たちが言っている。ナナを歓迎すると」
「ありがとうございます」
「お礼はまだって言うんでしょ」
「……そうですね」
リーファが少し笑った。
その日から、動いた。
1日目——建物の状態を全員で確認した。使える建物3棟を食堂・男女の寝室に分けた。
2日目——井戸を清掃した。水が出た。清潔だった。オズが資材の優先順位を出した。
3日目——ダリオが城壁の修復を始めた。カイルとガッツが石を運んだ。予想より早く手が動いた。
4日目——南の草地の定期斥候を始めた。ジャックとジョンが交互に出た。
5日目の朝——ジャックが走って戻ってきた。
南の街道に部隊が見えた。
旗は黒地に赤い竜だった。




