第26話 大森林
翌朝、19人で出発した。
エリスが加わった分、隊列が一人分長くなった。エリスは白いローブを着ていた。荷物は小さかった。歩くのは慣れているらしく、列から遅れなかった。
リーファが先頭でナナの隣を歩いた。
「大森林まで1日半かかる。峠を越えれば見えてくる」
「分かりました。道中で地形を教えてください」
「何を知りたい?」
「森の南縁の形です。川はあるか、崖はあるか、開けた場所はあるか」
リーファが少し考えた。
「南縁には浅い川が1本走っている。幅は5、6歩くらい。怪物は渡れるけど、動きが鈍る」
(使える)
「川の両側の地形は?」
「北側——森の内側は木が密集している。南側は草地が広がっている。視界は開けている」
「崖は?」
「東の端に岩場がある。高さは建物3階分くらい。南縁沿いに歩けば突き当たる」
(岩場、川、草地。使える地形が揃っている)
「ありがとうございます。後で図にします」
リーファが少し首を傾けた。
「図?」
「地図を描きます。全員で共有します」
「……傭兵ってそういうことをするの?」
「私たちはします」
リーファがエリスを見た。
「あなたが魔法使い?」
「そう。エリス」
「リーファ。よろしく」
「よろしく。精霊族に会うの初めて」
「人間に助けを求めるのも初めて」
エリスが少し笑った。
「お互い様だね」
リーファも少し笑った。
黒森峠を通った。
ゴルドーがいた。19人を見た。エリスを見た。
「増えたな」
「仲間です」
「魔法使いか。珍しい組み合わせだ」
エリスがゴルドーを見上げた。
「大きい人だ」
「子供だな」
「20歳です」
「……まだ20歳か」
ゴルドーがリーファを見た。リーファが頷いた。ゴルドーが道を開けた。
「気をつけろ。森の南縁はここ数日で更に悪化している」
「情報をありがとうございます」
「帰りに寄れ」
「はい」
峠を抜けた。
大森林が見えてきたのは翌日の昼だった。
遠くからでも分かった。木が高かった。どの木もグレンフォードの建物より高かった。葉が濃く、空を覆っていた。緑が深かった。
近づくと、臭いがした。
獣の臭いだった。
レンが前に出た。
「南縁の手前、弓の射程ほど。風向きから臭いが来ている。数は——多い」
「ジャック、ジョン。前を確認してください」
2人が消えた。
20分後に戻った。
ジャックが口を開きかけて、一度閉じた。
「草地に出ています。ヴァルグが50頭以上。オーガが10頭。それより大きい獣が3頭います。全部が川の南側にいます。森には入っていない」
「3頭の大きい獣は何に似ていましたか?」
「熊です。通常の3倍はある。毛が黒くて目が赤かった」
前魔王が言った。
『グラウルだ。単体で城壁を崩す。3頭いるなら厄介だぞ』
(分かった。優先目標だ)
「リーファ、グラウルという怪物を知っていますか?」
リーファが立ち止まった。足が一瞬止まってから、また動いた。
「知ってる。一番まずい。あれが来たんだ」
「倒す方法は?」
「魔力攻撃が効く。物理は通りにくい」
(私が対処する。ただ魔王化は避けたい)
「作戦を説明します。全員集まってください」
草地の端、森の手前で19人が集まった。オズとミラは後方の岩陰に待機させた。
ナナは地面に木の枝で図を描いた。
「川がここ。岩場がここ。現在の怪物はこの草地に集まっています」
全員が見た。
「作戦は3段階です。第1段階——リーファの風で怪物を東の岩場方向に誘導します。草地を東に追い込む」
リーファが頷いた。
「第2段階——岩場と川に挟まれた地点に追い込んだところで、班編成で分断します。グラウル3頭は私が対処します。ヴァルグとオーガは4班で当たります」
ダリオが言った。
「グラウルを1人で対処できるのか?」
「魔法で対処します。物理は通りにくいが魔力攻撃は効くと聞きました」
「……分かった」
「第3段階——分断した群れをそれぞれ仕留めます。数が多いですが、一度に当たらなければ問題ありません」
グリムが言った。
「エリスはどう動く?」
「後方から風と炎で動きを制限します。逃げようとした群れを押し返す役割です」
エリスが頷いた。
「できる。範囲を広げるのは得意」
「レン、ジャック、ジョンは遊撃です。オーガの後衛を担当してください。オーガが前衛を突破しそうになったら割り込んでください」
「了解」
リーゼが静かに言った。
「始める前に確認する。怪我人が出た場合の退路は?」
「川を渡って北——森の内側に入ります。リーファ、森の内側に入れますか?」
「入れる。私がいれば大丈夫」
「退路確保。ミラ、負傷者が出たら川を渡って森の内側へ。リーファが案内します」
ミラが頷いた。
「分かりました」
「以上です。質問はありますか?」
誰も何も言わなかった。
「始めます」
リーファが目を閉じた。
風が変わった。
草地を横切る風が、東向きに変わった。強くはなかった。ただ、方向が一定だった。
怪物が動いた。
風の方向に向いた。何かを感じ取っているようだった。少しずつ東へ動き始めた。
(予想通りだ)
ゆっくりと、群れが東へ移動した。岩場が近づいた。川との距離が縮まった。
「第1班、第2班、前へ」
グリムとリーゼが動いた。
群れの南側に出て、退路を塞いだ。
怪物が気づいた。
ヴァルグが吠えた。群れが乱れた。その瞬間——
「第3班、左。第4班、右」
ダリオが左から動いた。第4班が右から動いた。
群れが分断された。
オーガが前に出た。グリムが正面から受けた。カイルとサルが時間差で入った。
ナナはグラウルを見た。
3頭が並んでいた。大きかった。ジャックの言った通り、熊の3倍はあった。目が赤く光っていた。こちらを見ていた。
(3頭同時は無理だ。1頭ずつ誘導する)
ナナは前に出た。
グラウルの1頭がこちらを向き、走ってきた。速かった。
「雷鎚陣」
地面に魔力陣を展開した。グラウルが踏み込んだ瞬間に雷が走った。
グラウルが止まった。
効いた。
しかし、倒れなかった。
(1発では足りない)
もう一度展開した。雷が走った。グラウルがよろけた。3度目でようやく膝をつき、グリムが横から大剣で叩いた。動かなくなった。
2頭目が来た。
(消耗が増える。急ぐ)
同じ手順で仕留めた。2頭目は展開を読んで避けようとした。
(学習している)
3頭目は来なかった。
後ろを向いていた。逃げようとしていた。
エリスの炎が壁を作った。3頭目が向きを変えた。ナナの魔力陣に入り、雷が走った。倒れた。
「エリス、ありがとうございます」
「どういたしまして」
エリスが息を吐いた。額に汗があった。
「炎の壁、結構消耗する」
「無理をさせました」
「無理じゃないけど——次は先に言って。準備できてた方が楽」
「分かりました」
周囲を確認した。
ヴァルグが数頭逃げていた。レンとジョンが矢で追っていた。オーガが残り3頭。ダリオとリーゼが対処していた。
「第1班、オーガの左を支援してください」
グリムが動いた。
15分後、草地が静かになった。
全員の怪我を確認した。
第4班のタロが腕に切り傷を負っていた。深くはなかった。ミラが処置した。他は打ち身が数人。深刻な怪我はなかった。
ダリオが息を整えながら言った。
「数百頭と聞いていたが」
「草地にいたのは70頭程度でした。残りはまだ森の周囲にいると思います」
「まだいるのか」
「おそらく。ただ、今日のところは——」
リーファが走ってきた。
「すごい。本当に倒した」
「全部ではありません。残りは追って対処します」
「それでも——」
リーファが草地を見た。倒れた怪物が散らばっていた。
「精霊族だけでは、これは無理だった」
「地形が良かったです。リーファの誘導がなければ作戦が成立しませんでした」
リーファがナナを見た。
「……ナナ」
「はい」
「礼を言う」
「まだ終わっていません。残りを片付けてから言ってください」
リーファが少し笑った。
「あなたって、そういう人なんだ」
「そうですか?」
「うん。なんとなく分かってきた」
前魔王が静かに言った。
『……精霊族に気に入られたな』
(そうかもしれない)
『我の時代も精霊族とは仲が良かった。お前に引き継がれたのかもしれんな』
ナナは草地を見た。
夕暮れが近かった。明日も続く。
「今夜は野営します。明日、残りの群れを探します」
全員が動き始めた。
リーファが隣を歩きながら言った。
「森の内側に入れてあげる。雨風はしのげる」
「ありがとうございます」
「お礼はまだって言うんでしょ」
「……そうですね」
リーファが笑った。
19人が森の端へ向かった。




