第25話 使者
グレンフォードに戻ったのは夕方だった。
ベラに報告した。ヴァルグ討伐の完了を告げ、依頼書に署名をもらった。金貨2枚を受け取った。
「お疲れ様。それと——」
ベラが少し間を置いた。
「昨日から、お前たちを待っている者がいる」
「誰ですか?」
「自分で確認しろ。ギルドの外で待っていると言っていた」
ナナはグリムを見た。グリムが肩をすくめた。
ギルドの外に出た。
街道の端に、人がいた。
小柄だった。ナナより少し背が高い程度だった。耳が長かった。髪が淡い緑色だった。目が明るい緑色だった。服は薄い布でできていて、森の中に溶け込む色だった。腰に短剣を1本下げていた。
精霊族だった。
ナナを見た瞬間、その目が変わった。肩の力が抜けて、次の瞬間また背筋が伸びた。
「あなたが黒い翼の団長?」
「そうです」
「よかった。待っていた」
精霊族が一歩前に出た。
「私はリーファ。精霊の大森林からきた」
「ナナです。用件を聞かせてください」
リーファが少し間を置いた。
「助けてほしい」
迷いのない言葉だった。
ギルドの一室を借りた。グリム・リーゼ・ダリオが同席した。
リーファが話し始めた。
「3週間前から、大森林の南縁に怪物が集まり始めた。最初は小さい群れだった。今は数百頭規模になっている。種類も混在している。ヴァルグ・オーガ・それより大きいものも混じっている」
「なぜ集まっているか分かりますか?」
「分からない。何かが森の奥から引き寄せている。そういう気配がある」
「精霊族だけでは対処できないんですか?」
「できない」
リーファが正直に言った。
「私たちは森を守ることはできる。ただ外に出て戦うことは得意じゃない。数百頭を相手にする力は——今の私たちにはない」
「精霊族の魔王は?」
リーファが少し顔を伏せた。
「……動けない。ずっと臥せっている。もう長くないかもしれない」
「そうですか」
「それで森のバランスが崩れた。怪物が増えたのもそれが原因だと思っている。族長のエルドランは今、魔王のそばを離れられない」
(魔王が瀕死。それが根本にある)
ダリオが口を開いた。
「数百頭か。17人で対処できるのか?」
「地形と配置次第です」
「根拠は?」
「怪物の群れは統率がなければ烏合の衆です。誘導できれば数は問題になりません。森の外縁に誘い出して地形を使って分断する。一度に当たらなければいい」
ダリオが少し間を置いた。
「……やってみなければ分からないが」
「そうです」
ナナはリーファを見た。
「精霊族の協力が必要です。風か音か、怪物を特定の方向に誘導できますか?」
「風なら出せる。音も出せる」
「十分です」
リーファがナナを見た。
「……本当に来てくれるの?」
「はい。ただ——」
ナナは少し間を置いた。
「もう1人、連れていきたい人間がいます。出発を明後日の朝にしてもいいですか?」
「誰を?」
「魔法使いです。リーベンスにいます」
グリムが少し眉を上げた。
「エリスか」
「はい。これだけの規模の怪物相手なら、魔法支援があった方がいい」
「リーベンスまで半日かかるぞ」
「今夜出れば明朝着きます。1人で行ってきます」
「また1人でか?」
「グリム、一緒に来ますか?」
グリムが少し間を置いた。
「……行く」
「ではグリムと2人で行きます。残りはリーゼさんに任せます」
リーゼが頷いた。
「準備をしておく。食料と装備の補充、依頼の確認——オズ、明日中に全部済ませられるか?」
「はい。今夜中に計画を立てます」
リーファがナナを見た。
「その魔法使いは信用できる?」
「はい。友人です」
リーファが少し目を細めた。
「……友人を戦場に連れていくの?」
「友人だから連れていきます。1人で行かせるより安全です」
リーファがしばらく考えた。
「分かった。明後日の朝、ここで待つ」
「ありがとうございます」
夜、ナナとグリムはリーベンスへ向かった。
月明かりがあった。街道は見えた。
グリムが歩きながら言った。
「エリスを戦場に連れていくのは初めてか」
「はい」
「嫌がるか?」
「嫌がらないと思います」
「なぜ?」
「以前、何かあれば頼むと言っていました。今がその場面です」
グリムが少し間を置いた。
「……友人を危険な場所に連れていくことへの迷いはないのか?」
ナナは少し考えた。
「あります」
「あるのか」
「あります。それはエリスに選ばせます。私が決めることではありません」
グリムが黙った。しばらく歩いた。
「そうだな」
それだけ言った。
リーベンスに着いたのは夜半だった。
ギルドに明かりがついていた。
扉を叩いた。
少し間があった。扉が開いた。エリスだった。寝ていなかった。本を読んでいたのか、目が冴えていた。
ナナを見た。グリムを見た。2人の顔を見た。
「何かあった?」
「用があって来ました」
「真夜中に?」
「はい」
エリスが扉を大きく開けた。
「入って。師匠も起きてる。呼んでくる」
中に入った。
マルセルが奥から来た。ナナを見て、少し眉を上げた。
「夜中に来るとは急ぎの用か」
「はい。精霊の大森林に怪物が大量発生しています。明後日、黒い翼で出動します」
マルセルが少し目を細めた。
「精霊族から連絡が来ていた。深刻だと思っていたが——お前たちが動くか」
ナナはエリスを見た。
「エリス、一緒に来てもらえますか?」
エリスが少し目を丸くした。
「戦場に?」
「はい。魔法支援が必要です。数百頭規模の怪物相手に、遠距離から範囲魔法を撃てる人間がいると違います」
「範囲魔法——風とか炎なら出せるけど、そのくらいで役に立てる?」
「十分です。怪物を誘導する場面で使えます」
エリスが少し間を置いた。
「危ない?」
「危ないです」
「正直だね」
「嘘をつく意味がありません」
エリスがマルセルを見た。マルセルが何も言わなかった。判断を委ねていた。
エリスがナナを見た。
「私が行かなかったら?」
「別の手を考えます。でも難しくなります」
「私が行ったら?」
「戦える可能性が上がります」
エリスが少し笑った。
「正直すぎる」
「そうですか?」
「うん」
エリスが立ち上がった。
「行く。準備する」
「ありがとうございます」
「礼はいい——って、あなたに言っても無駄か」
「無駄です」
エリスが笑った。マルセルが短く息を吐いた。
「エリス」
「何?」
「死ぬな」
「死なない」
「……信じているぞ」
マルセルがナナを見た。
「頼んだ」
「はい」
マルセルが奥に戻った。
エリスが荷物をまとめ始めた。手が速かった。慣れていた。
「前から準備してたんですか?」
「……少しだけ」
エリスが横を向いたまま言った。
「また来るって言ってたから。何かあったら呼ぶかもって思ってた」
ナナは少し間を置いた。
(準備していてくれたのか)
「……ありがとうございます」
「礼はいいって言ったのに」
「言わずにいられませんでした」
エリスが振り返った。視線がナナから少し外れた。
「行こう。明後日に備えて早く寝ないと」
グリムが壁にもたれたまま言った。
「……友人というのは便利だな」
「どういう意味ですか?」
「真夜中に叩き起こしても来てくれる」
エリスがグリムを見た。
「副団長?」
「ああ」
「ナナのこと、よろしくお願いします」
「……お前にも言われるか」
グリムが短く笑った。
3人でギルドを出た。
月が高かった。
明後日、大森林へ向かう。




