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第24話 問い詰める

 廃墟で一夜を明かした。


 屋根のある場所が少なかった。崩れていない壁を風よけにして、17人が火を囲んだ。オズが野営用の食事を作った。


 夜、グリムがナナの隣に座った。


「ここに泊まるのは初めてだな?」

「廃墟に泊まるのは初めてです」


「怖くないか?」

「怖いものは何もありません」


「そうか」


 グリムが火を見た。


「さっき、ダリオが言っていた」


「何を?」


「10歳の子供が言う話じゃない、と。班編成の話だ」


「そうですか」


「俺も同じことを思っていた」


 ナナは黙った。


「魔王だから、というのは分かった。ただ——魔王だからといって、あんな戦い方を知っているわけじゃないだろう」


「そうですね」


「前魔王の記憶か?」


「一部はそうです」

「一部は?」


 ナナは少し間を置いた。


「グリム」


「ああ」


「聞いていいですか。私の指揮の仕方で、気になることがありましたか?」


 グリムが少し考えた。


「ある」

「どこですか?」


「言葉の使い方だ」

「言葉?」


「お前は時々、聞き覚えの無い言葉を使う。依頼の計画を立てるとき、野営地を選ぶとき。言葉じゃなくて——考え方の癖、というべきか」


(気づいていたか)


「たとえば?」


「補給線という言葉を一度使った。意味は分かったが。傭兵はそんな言葉を使わない」


「そうですか」


「それと——怪我人を後方に下げるとき、お前は必ず数を数える。全員の位置を把握している。それは傭兵の習慣じゃない」


 ナナは火を見た。


(やはり、グリムには隠せなかった)


「……正直に話します」


 グリムが少し体を向けた。


「私はこの世界で生まれた存在ではありません」


「魔王だと聞いた」

「それとは別の話です」


 グリムが黙った。


「前の世界がありました。この世界とは違う場所です。そこで、私は軍人でした」


 静かだった。火が爆ぜた。


「軍人、か」


「はい。10人前後の部下を持つ小隊長でした。戦場で死んで——気づいたらここにいました」


「……転生、というやつか」

「そう呼ばれるものだと思います」


 グリムがしばらく黙った。火を見ていた。


「だから補給線という言葉を使ったのか」

「はい。前の世界では一般的な言葉でした」


「スリーマンセルというやつも?」

「基本的な編成です。前の世界では一般的でした」


「……10歳の子供が、軍人だったのか」


「前の世界では大人でした。この身体は10歳ですが」


 グリムが少し間を置いた。


「いくつだった? 前の世界では」

「正確には覚えていません。30代だったと思います」


 グリムが口を開きかけて、閉じた。また開いた。


「……死ぬのは怖かったか?」


「どうでしょうか。気づいたら終わっていました」


「そうか」


 グリムがまた黙った。長い沈黙だった。


「1つだけ聞かせてくれ」

「はい」


「それを話してくれたのは——俺だけか?」


 ナナは少し間を置いた。


「今のところは、そうです」


「なぜ俺に話した?」

「あなたが気づいていたからです。隠し続けるのは誠実ではないと思いました」


「……誠実、か」


 グリムが短く笑った。苦い笑いではなかった。


「お前らしいな」

「そうですか?」


「ああ。損得より、筋を通す方を選ぶ」


 ナナは少し間を置いた。


「不思議ですか?」

「不思議じゃない。ただ——」


「ただ?」


「10歳の身体で30代の軍人が入っているとなると、お前の言葉の重さが分かる気がする」


「どういう意味ですか?」


「お前が死なせたくないと言うとき——本当に、死の重さを知っている人間の言葉だと思っていた。子供がそこまで言うのは変だと感じながら、でも本当だと思っていた」


 ナナは黙った。


「……そういうことだったのか」

「はい」


 グリムが火を見た。


「他に隠していることはあるか?」

「まだあります。ただ今夜は——」


「今夜は、これでいい。少しずつ話してくれれば」


「……はい」


 グリムが立ち上がった。


「寝る。明日ゴルドーに寄るんだろう?」


「約束しました」

「そうだな」


 グリムが自分の場所へ戻りかけて、振り返った。


「ナナ」

「はい」


「話してくれてありがとう」

「いいえ」


「礼を言うな、と言う気か?」

「言いません。ただ——」


「ただ?」


「あなたが気づいてくれなければ、話せなかったと思います。だから、こちらこそです」


 グリムが少し間を置いた。


「……そうか」


 それだけ言って、戻った。



 翌朝、17人でヴァル=イグレアを出た。


 峠に向かう道を歩いた。


 ゴルドーは峠の入口にいた。昨日と同じ場所に、同じように立っていた。戦斧を肩に担いでいた。


「戻ったか」

「約束通りです」


「イグレアはどうだった?」

「行ってよかったです」


 ゴルドーがナナを見た。


「何かを決めた顔だな」

「はい」


「何を決めた?」


「あそこを拠点にします」


 ゴルドーが少し目を細めた。


「……イグレアをか?」


「はい」


 ゴルドーがしばらく黙った。


「100年間、誰も手をつけなかった場所だ」

「知っています」


「なぜそこを選んだ?」


「意味があるからです」

「意味?」


 ナナはゴルドーを見た。


「あの場所が目指したものを、続けたいと思っています」


 ゴルドーが少し間を置いた。


「……調停者の砦、か」


(ゴルドーは知っているのか)


「知っているんですか?」


「100年前からこの峠を守っている。イグレアのことは知っている」

「100年前から?」


「俺はそういう生き物だ」


 ゴルドーが戦斧を地面に突き立てた。


「嬢ちゃん」

「はい」


「あそこを再建するなら——この峠を守る意味が出てくる。今まで守る理由があるようでなかった」


「どういう意味ですか?」


「誰もいない場所の門を守っても意味がない。だが——」


 ゴルドーがナナを見た。


「嬢ちゃんが本当にあそこを再建するなら、俺はここで守り続ける。それだけだ」


 ナナは少し間を置いた。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。また来い。話が聞きたい」

「もちろんです」


 ゴルドーが道を開けた。


 17人が峠を抜けた。


 ゴルドーの前を通るとき、グリムが一度だけ頷いた。ゴルドーが短く頷き返した。

 言葉はなかった。



 峠を抜けてから、グリムが隣に来た。


「ゴルドー、100年前からいると言っていたな」

「はい」


「人間じゃないのか?」


「そういう生き物と言っていました。詳しくは分かりません」


「……この世界には色々いるんだな」

「そうですね」


 グリムが少し間を置いた。


「イグレアを再建する話——全員が聞いていたが、昨夜の話とつながっているのか?」


「はい」


「前の世界でも、似たようなことを考えていたか?」


 ナナは少し間を置いた。


「考えていました。守るべき場所を作ること。そこから始めることが大事だと、前の世界で学びました」


「戦場で、か」

「はい」


 グリムが黙った。しばらく歩いた。


「……お前が団長で良かった」


「なぜですか?」


「死の重さを知っている人間が、全員生き残ると言っている。その言葉は信用できる」


 ナナは少し間を置いた。


(信用してくれるか)


「……ありがとうございます」


「礼はいい。さっさと帰ろう。グレンフォードでベラに報告がある」

「はい」


 南へ向かう道が続いた。


 17人の足音が、山道に響いた。

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