第23話 スリーマンセル
夜になった。
他の者が寝静まった後、ナナは焼けた塔の残骸の前に座っていた。
火が小さく燃えていた。風がなかった。
先日の魔王化のことが、まだ頭に残っていた。制御を失った感覚。指輪が熱くなった感覚。ヴァルの声が遠くなった感覚。
(聞いてもいいか?)
『何だ』
(なぜ私は制御を失った。他の魔王はあんなふうにはならないはずだ)
ヴァルが少し間を置いた。
『他の魔王は、器になった時点でとうに大人だった。体が完成していた。だから魔王化は常に発動した状態でも体が耐えられる——常時魔王化している。それが普通の魔王だ』
(私は違う)
『お前も——我も、器になった時は少女の姿だった。未発達の体では常時魔王化に耐えられない。意図的に発動しなければ本来の力は出せない。制御を誤れば体が限界を超える』
(なぜ少女の姿で器になった)
ヴァルが黙った。長い間、黙った。
『……我にも分からない。100年考えたが、分からなかった』
ナナは少し間を置いた。
(もう一つ。魔王概論に、器になると体の成長が止まると書いてあった)
『そうだ。お前は今の姿のまま年を重ねる』
(ずっとこのままか)
『そうだ』
短かった。それだけだった。
ナナは自分の手を見た。小さかった。火の光の中で、影が細く伸びた。
しばらく、火を見た。
(分かった。明日から制御の訓練を始める)
『……それでいい』
ヴァルはそれきり黙った。
火が静かに燃えていた。
ヴァル=イグレアの周囲には草地が広がっていた。
廃墟の南側、城壁の外に出たところで、ナナは全員を集めた。
「ここで訓練をします」
ダリオが腕を組んだ。
「訓練? 何の?」
「班編成での動き方です。今まで全員がばらばらに動いていました。それで足りていましたが——これから依頼の規模が上がれば、個人戦では対応できない場面が出ます」
「イグレアを拠点にするなら、ということか」
「はい。それと——紅き牙が合流してから、まだ一度も組織として動いていません」
ダリオが少し間を置いた。
「……確かに、今まで俺たちは各自の判断で動いていた」
「紅き牙としての動き方はあると思います。それを黒い翼の編成に合わせて調整したいです」
ダリオがリーゼを見た。リーゼが頷いた。
「やってみよう」
「班を4つ作ります。各班3人。それに遊撃を3人」
ナナは全員を見た。
「第1班——グリム、カイル、サル。重突破を担当します。敵の正面を崩す役割です」
グリムが頷いた。カイルが腕を組んだ。サルが短く「分かった」と言った。
「第2班——リーゼ、ハルク、ベイン。制圧担当です。崩れた敵を仕留めます」
リーゼが頷いた。ハルクは古参の大柄な男だった。ベインは盾と短剣を持つ男だった。
「第3班——ダリオ、クロ、ガッツ。側面担当です。敵の横を突きます」
ダリオが頷いた。クロとガッツは古参の2人で、剣と斧を使った。
「第4班——エル、タロ、リンク。後衛支援です。前の3班が崩れたとき、穴を埋めます」
エルは槍、タロは盾と剣、リンクは短剣使いだった。
「遊撃——レン、ジャック、ジョン。状況に応じて各班を支援してください。斥候と遠距離支援が主な役割です」
レンが頷いた。ジャックが手を挙げた。
「俺と遊撃ってことは、どこにでも入れってこと?」
「そうです。班が手が足りなければ入る。余裕があれば離れて次の動きを確認する」
「了解」
「オズとミラは後方で待機してください」
ナナはオズとミラを見た。
「後方待機の場所と逃げ道を事前に確認しておいてください。戦闘が始まる前に、必ず2人で決めておくこと。それが条件です」
オズが帳簿を閉じた。
「分かりました」
「ミラさんは短剣を持っていましたね」
ミラが頷いた。
「いざとなれば使ってください」
草地に出た。
「まず基本の動きを確認します。第1班と第2班で対抗訓練をやります。グリム班が攻め、リーゼ班が守る」
グリムが大剣を構えた。カイルとサルが両脇に並んだ。
「グリム班の役割は——中央突破です。リーゼ班の3人の間を抜けることが目標」
「峰で打つか?」
グリムが聞いた。
「峰で構いません。怪我をしない範囲で本気でやってください」
リーゼが剣を抜いた。ハルクが槍を構えた。ベインが盾を前に出した。
「始め」
グリムが動いた。
速かった。正面からリーゼへ向かい、剣を叩きつけた。リーゼが受けた。火花が散った。その間にカイルが右から入った。ハルクが槍で止めた。サルが左から斧を振った。ベインが盾で弾いた。
3秒で膠着した。
「止め」
ナナが言った。
「問題が2つあります。グリム、カイル、サルの3人が同時に動きました。それで相手も3人が同時に対応できた。突破にならない」
グリムが少し眉を上げた。
「どうする?」
「グリムが正面を引きつける。カイルとサルはグリムが受けた後に動く。時間差を作ってください」
「なるほど」
「もう一度」
今度は違った。
グリムが正面でリーゼと打ち合った。リーゼが集中した。その0.5秒後、カイルが右から走り込んだ。ハルクが対応しようとした瞬間、サルが左から入った。ベインが迷った。一瞬だった。その隙にカイルが抜けた。
「止め。カイルが抜けました。これが時間差突破です」
ダリオが腕を組んで見ていた。
「……なるほど。1人が引きつけて、残りが割り込む」
「基本的な考え方です。応用は状況次第で変わります」
「前衛が潰れたら?」
「第4班が穴を埋めます。エル班、前に出てください」
エルたちが前に出た。
「第4班は戦闘力より位置取りが重要です。崩れた場所に入って、時間を稼ぐ。仕留めなくていい。後ろの班が対応できるまで耐えてください」
「時間稼ぎ専門か?」
タロが聞いた。
「そうです。重要な役割です。あなたたちが機能しなければ全体が崩れます」
タロが少し考えた。
「……分かった」
「第3班は側面です。ダリオ、タイミングを掴んでください。敵が第1班と第2班に集中した瞬間を見極めるのはあなたの判断です」
ダリオが頷いた。
「それは任せろ」
「よろしくお願いします」
午後いっぱい、動き方を確認した。
班同士の対抗訓練。全班での連携確認。遊撃3人の入り方の練習。
ジャックが第1班と第3班の間に入ったとき、タイミングがずれた。
「ジャック、第1班が押している時は入らない。第1班が下がった時が入り時です」
「下がった時か——逆じゃないの?」
「第1班が下がれば敵が前に出ます。その瞬間に側面が空きます。そこに入る」
「……なるほど。追撃してきたところを横から、ってことか」
「そうです」
ジャックが頷いた。
「面白いな、これ」
ジョンが横にいた。次の試行では、ジャックより半歩早く動いた。
レンが遠距離から矢を放った。全て峰の方向だった。当てるべき者だけに当てた。外れが一本もなかった。
(レンは説明しなくても機能する)
夕方になった。
「今日はここまでです」
全員が草地に座った。オズが水を配った。
ダリオがナナのそばに来た。
「1つ聞いていいか?」
「はい」
「お前、どこでこういうことを覚えた?」
ナナは少し間を置いた。
「昔、似たようなことをやっていました」
「似たようなこと?」
「少人数での戦い方を考えることが多かった。それだけです」
ダリオが少し目を細めた。
「10歳の子供が言う話じゃないな」
「そうですね」
「……まあ、いい」
ダリオが立ち上がった。
「第3班の動き方、もう少し詰めたい。明日の朝、30分もらえるか?」
「取れます」
「じゃあ明日」
ダリオが自分の班のところへ戻った。
グリムが横に来た。
「……お前、こういうのが好きなのか?」
「好き、ですか?」
「楽しそうだった」
ナナは少し間を置いた。
(そうかもしれない)
「嫌いではありません」
「そうか」
グリムが少し笑った。
夜営の準備が始まった。火が焚かれた。オズが食事の準備を始めた。
前魔王が言った。
『なかなか手際がいいな?』
(何が?)
『班編成だ。我の時代は1人で全部考えた。お前は任せるのが上手い』
(任せなければ17人は動かせない)
『……そうだな。我には難しかったことだ』
ナナは火を見た。
17人が思い思いに座っていた。ダリオが第3班の2人に何か話していた。ジャックがジョンに今日の動きを確認していた。カイルとサルが黙って飯を食っていた。
(悪くない)
前魔王は何も言わなかった。
火が静かに燃えていた。
今夜はここで眠る。明日、残りを詰めて帰る。




