表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/58

第22話 ヴァル=イグレア

  廃墟まで、盆地を半時間ほど歩いた。


 近づくにつれて、規模が分かってきた。


 城壁の跡が広かった。大人が歩いて1、2分かかるほどの広さだろう。石造りの城壁が崩れ、所々に瓦礫の山ができていた。正門だったと思われる場所に、石の柱が2本残っていた。柱に何かが刻まれていたが、風化して読めなかった。


 グリムが柱を見上げた。


「大きかったんだな」


「はい」


「何があったんだ、ここは?」


 ナナは少し間を置いた。


「後で話します」


 グリムが少し目を細めた。それ以上は聞かなかった。


 城壁の内側に入った。


 17人が静かになった。


 誰も話さなかった。ジャックも口を閉じていた。


 かつて建物があったと思われる基礎の跡が残っていた。広場らしき石畳がかろうじて形を留めていた。井戸が1つ、縁だけ残っていた。中央に向かう道の跡がうっすらと見えた。


 中央に、建物の残骸があった。


 塔だった。半分以上が崩れていたが、根元の部分だけが残っていた。石が黒く焼けていた。


(ここで戦ったのか)


 前魔王が言った。


『……ここで終わった』


(話してくれるか?)


 少し間があった。


『……いい。ここまで来たなら、話す』


 ナナは塔の根元に近づいた。グリムが後ろから付いてきた。他の15人は入口付近で止まっていた。リーゼが手で「ここで待て」と示していた。


 ナナは焼けた石に触れた。


 冷たかった。


『100年前、我はここにいた』


(知っている)


『いや、知らない。お前が知っているのは記録だ。我が話すのは記憶だ』


 ナナは黙って続きを待った。


『この場所は砦だった。ヴァル=イグレア——我の名を冠した砦だ。誇らしかった。我が作ったのではなく、住人たちが作ってくれた。人族・魔族・獣族が混じって住んでいた』


(混じって、か)


『この世界では珍しかった。今も珍しいかもしれんが——我はそれが誇らしかった。種族が違っても同じ場所に住める。それを証明したかった』


(調停者、という名前の由来か)


『そうだ。我は戦うことより、対話することを選んだ。他の魔王たちに何度も手紙を送った。会いに行った。お前たちと争う気はないと言い続けた』


(それで滅んだ)


 前魔王が少し黙った。


『……そうだ。第一魔王と第六魔王が動いた。純血主義と破壊本能——まるで違う動機だったが、我を邪魔だと思う点では一致していた。包囲された。住人たちを逃がした。最後は1人でここに立っていた』


(1人で、か?)


『仲間がいたが——逃がした。一緒に死なせたくなかった。それが正しかったかどうかは、今も分からない』


 ナナは石から手を離した。


(後悔しているか?)


『何を?』


(1人で立っていたことを)


 前魔王が長い間、黙った。


『……後悔している。逃がしたことが、ではない。最後まで対話しようとしたことが、甘かったと思っている』


(甘かった、か)


『第一魔王は対話する気がなかった。最初から、なかった。我はそれを最後まで認めたくなかった。それが判断を鈍らせた』


(同じ過ちを繰り返さないために、私に残ったのか?)


『そうだ』


 ナナは広場を見た。


 石畳の隙間から草が生えていた。100年間、誰も踏まなかった草だった。


(ここを再建する)


『……何?』


(ここを再建して拠点にする)


 前魔王がしばらく黙った。


『正気か?』


(正気だ)


『廃墟だぞ。城壁は崩れている。水が出るかも分からない。住人もいない』


(今は、そうだ)


『資金がない。人手がない。何より——ここは前魔王の死地だ。縁起が悪いと思う者が多い』


(縁起が悪い場所を再建する方が、意味がある)


 前魔王がまた黙った。長い間、黙った。


『……お前は我と違うな』


(そうか?)


『我は作られたものを守ろうとした。お前は——これから作ろうとしている』


 ナナは少し間を置いた。


(前魔王が作れなかったものを、作る)


『……そうか』


 前魔王はそれきり黙った。


 グリムが隣に来た。静かに立っていた。しばらくして言った。


「さっきから、考え込んでいるな」


「はい」


「何を考えていた?」


「ここを拠点にしようと思っています」


 グリムが少し目を見開いた。


「……廃墟をか?」


「はい」


「正気か?」


(前魔王と同じことを言う)


「正気です」


「資金は? 人手は? 食料は?」


「今はありません」


 ナナはグリムを見た。


「Dランクになりました。依頼の幅が広がります。稼ぎながら少しずつ整えます。急ぎません」


 グリムが廃墟を見た。城壁の跡。崩れた建物の基礎。焼けた塔の残骸。


「……大変だぞ」


「分かっています」


「なぜここにこだわる?」


 ナナは少し間を置いた。


「ここは意味のある場所だからです」


「どういう意味だ?」


「後で話します。今はまだ、言えないこともあります」


 グリムが少し黙った。


「……分かった。ただ」


「はい」


「全員に話せ。俺だけ聞いても意味がない」


「分かりました」


 グリムが入口の方へ向かった。16人に集まるよう手で示した。


 17人が広場の中央に集まった。


 ナナは全員を見た。


「ここを拠点にしたいと思っています」


 しばらく沈黙があった。


 オズが手を挙げた。


「費用の試算をしてもいいですか?」


「お願いします」


 オズが帳簿を開いた。広場を見渡した。城壁を確認した。塔を見た。井戸を見た。それから帳簿に書き込み始めた。


 ダリオが腕を組んだ。


「城壁が崩れている。修復に何年かかる?」


「全部は修復しません。まず居住できる区画を作ります。残りは順番に整えます」


「水は?」


「井戸があります。使えるかどうかはこれから確認します」


「食料は?」


「周辺の地形を見る限り、耕せる土地があります。でも当面は依頼の報酬で賄います」


 ダリオが少し間を置いた。


「……考えてきたわけじゃないのに、よく答えが出るな」


「今考えています」


 サルが言った。


「ここ、何かあるのか? ただの廃墟じゃないだろ」


 ナナは少し間を置いた。


「100年前に、この場所を作った者がいます。その者は滅びました。でも——この場所が目指したものは滅びていません」


「目指したもの?」


「種族を問わず、共に生きられる場所です」


 サルが少し黙った。


「……盗賊出身の俺たちも、か?」


「はい」


 サルが少し間を置いた。それから鼻を鳴らした。


「まあ——悪くない」


 ジャックが言った。


「俺は賛成。ここに住めるなら面白そうだし」


「住めるようになるまで時間がかかります」


「どのくらい?」


「最低限の居住区画なら、半年あれば作れます。依頼を続けながら、並行して整えます」


「半年か——」


 ジャックが廃墟を見回した。


「……まあ、気長にやろう」


ミラが静かに言った。


「井戸を確認してもいいですか? 水質を見ておきたいです」


「お願いします」


 ミラが井戸に向かった。ジョンがついていった。


 オズが帳簿を閉じた。


「試算が出ました。最低限の居住区画の修復に、金貨15枚かかります」


 静かになった。


「現在の手持ちは金貨1枚と銀貨6枚です。今回の依頼報酬の金貨2枚を加えても金貨3枚。12枚不足します」


「分かりました。依頼を続けます」


「急ぐとどのくらいで貯まりますか?」


「Dランクの依頼を月に4件こなせば、月に金貨2〜3枚の純利益が出ます。4〜6ヶ月で届きます」


「ではその計画で進めます」


 オズが頷いた。また帳簿に書き込んだ。


 リーゼがナナの隣に来た。


「いつからここを目指していた?」


「今日、ここに来てから決めました」


 リーゼが少し目を細めた。


「……今日、か」


「はい」


「来る前から、何か感じていたんじゃないのか?」


 ナナは少し間を置いた。


「感じていたものはあります。ここに来て、見て、決まりました」


 リーゼが広場を見た。


「面白い場所を選ぶな」


「そうですか?」


「廃墟に拠点を構える傭兵団など聞いたことがない」


「最初になります」


 リーゼが短く笑った。


 ミラが井戸から戻ってきた。


「水が出ます。臭いも色も問題ありません。飲めると思います」


「よかった」


「ただ——」


 ミラが少し躊躇った。


「井戸の縁に、何か刻まれていました」


 ナナは井戸に向かった。


 縁の石に、文字が刻まれていた。風化して薄かった。かろうじて読めた。


 古い文字だった。前魔王の知識が流れ込んできた。


(読める)


 声に出して読んだ。


「——ここで水を飲む全ての者に、安らかな眠りを」


 前魔王が静かに言った。


『……住人が刻んだ文字だ。我が作ったのではない』


(100年間、ここにあったのか?)


『そうだ。誰も読まないまま、100年間』


 ナナは文字から手を離した。


 17人が静かに立っていた。


 グリムが言った。


「……いい場所じゃないか」


 誰も反論しなかった。


 夕暮れが始まっていた。


 廃墟の石が、夕日を受けて少しだけ赤くなった。


 ナナはその光を見た。


(ここから始める)


 前魔王は何も言わなかった。


 塔の影が、ゆっくりと長くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ