第102話 傲慢さ
報告が来たのは、昼過ぎだった。
ヴォルクが持ってきた。文書ではなかった。ヴォルクが直接、口頭で話した。顔に表情がなかった。ないのが普通の顔なのに、それでもいつもより固かった。
「イグレアの北側、街道沿いの小集落に宗教国家の前哨部隊が通過しました。その際に起きたことを報告します」
「聞かせてください」
「村人に食料を差し出せと命令しました。村人が断ると、打ちました。複数名です」
ナナは何も言わなかった。ヴォルクの顔を見ていた。
「さらに、魔族の血が混じっているという理由で家族を引き離しました。夫婦のうち、片方が人族でない者を対象に。子供が2人います」
ヴォルクが一度、ここで口を閉じた。
「引き離された者たちの行方は、まだ確認できていません。集落の者がイグレアへ逃げてきています。現在7名。ダリオが受け入れを進めています」
「分かりました。ダリオに続けてもらってください。引き離された方の情報が入ったら、すぐ知らせてください」
「はい」
ヴォルクが引き上げた。
その日の夕方に、フォルケンから文書が届いた。
ファルクの筆跡ではなかった。ヴェルナー公爵の直筆だった。急いで書いたことが字に出ていた。
「これが人族の聖戦か? 恥ずべきことだ。我々は一切関与しない。以上。ヴェルナー」
短かった。短い分だけ、怒りがそのまま載っていた。
公爵が直接書いた、ということは、ファルクを通す間も惜しかった、ということだ。
翌朝、ストーンフォールからガリンが書状を持ってきた。本来はガリン自身の用事ではないのだが、ちょうど石材の手配で連絡を取っていたところに、ストルム王からの言葉を預かってきたという。
「王から、だそうだ」
書状を受け取った。紙ではなく、石板に刻んだものの写しだった。ストーンフォールらしかった。
「山を越えてくるなら迎え撃つ。それだけだ。ストルム」
ナナはそれを読んで、一度机の上に置いた。ガリンがまだそこにいた。
「ストルム王に伝えてください。こちらも同じ気持ちです、と」
「わかった」
ガリンが出た後、ナナは書状をもう一度手に取った。
「それだけだ」という言葉が、ストルム王らしかった。余分なことは何も書かない。書く必要がないから書かない。それだけで十分だ、という信頼がある。
昼前に、セインから急便が来た。ミラ港経由の速達で、封が二重になっていた。急ぎの時の印だった。
「フォルケン周辺の人族が、宗教国家への協力を断り始めている。街道の通行を拒否した村が3つ。補給部隊が別の道を探しているという話がある。人族の中でも反発が広がっている。セイン」
ナナは文書を机に置いたまま、地図に目を移した。
フォルケン周辺。ヴェルナー公爵の影響が強い地域だ。公爵が協力を断っている。その態度が周辺の村にも伝わっている。断られた宗教国家の補給部隊が迂回路を探している。補給路が伸びれば、前線への届きが遅くなる。
(宗教国家の傲慢さが、同じ人族の反発を招いている。策略ではない。あちらが自分で作った穴だ)
策略であれば、まだやりようがある。意図があれば、交渉できる余地がある。これは策略ではない。傲慢さがそのまま出ているだけだ。自分で穴を掘っている。
夕方になって、ミュリエが来た。
普段は頼まれてもいないのに幻術の話をしてくるか、あるいは何か気に入らないものを見つけて文句を言うか、どちらかだった。今日はどちらでもなかった。部屋に入ってきて、机の前に立って、ナナを見た。
「聞いた?」
「村の件ですか?」
「そう」
ミュリエがいつもより静かだった。怒っている時の静かさとも違った。
「美しくない。存在が、美しくない」
それだけ言って、ミュリエが椅子を引いた。座った。ナナに反応を求めているわけではなさそうだ。ただそこにいたかったのかもしれなかった。
ナナは地図に目を戻した。
ミュリエはしばらくそこにいた。それから静かに立って、何も言わずに部屋を出た。
夜、ナナは1人で机に向かっていた。
地図を広げていた。宗教国家の前哨の位置。フォルケン周辺の街道。ストーンフォールへ続く山道。ミラ港から外海へ出るルート。
北の小集落で打たれた村人がいる。家族を引き離された者がいる。その者たちの行方はまだ分かっていない。
ヴェルナー公爵が怒った。ストルム王が構えた。セインが反発の広がりを伝えてきた。ミュリエが「美しくない」と言った。
(これは宗教国家が自分で作った穴だ。その穴で傷ついた者がいる)
穴として使えるかどうかより先に、引き離された者たちのことがある。行方が分からないまま次の話には進めない。
ナナはセインへの返信を書き始めた。引き離された者たちの情報を優先して探してほしい。フォルケン周辺の動向は続けて教えてほしい。
書き終えて、封をした。
地図はそのままにしておいた。消えるものではないから。夜のうちに答えが出るものでもないから。
ナナは窓の方へ体を向けた。外は暗かった。宗教国家の前哨の方角に、小さな明かりがある。監視役がいる。見張っている。
こちらも見ている。
答えは、夜ではなく、これからの動きの中にある。




