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逃亡聖女と不死の騎士は、神なき世界で生きると誓う  作者: 八坂 葵


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第8話 譲れない想い

 エテルノ様に付いて扉をくぐった瞬間、香ばしい肉の匂いが鼻をついた。

 濃いソースの香りに、新鮮な野菜のサラダまで並んでいる。

 エルフの集落とは思えないほど、人の暮らしと変わらない温かな食事だった。

 しかしその温かさとは裏腹に、控えるエルフたちからの視線は冷たい。


「儂らはあまりこういったものは食べんがの。以前ジークフリードをもてなした時、こういうものを喜んでおったから急遽用意させたのじゃ」


 そう言ってウインクしてみせたエテルノ様の顔は、私は見たこともないのに、若き日の面影が浮かんだように思えた。


「皆のもの、『ワシの客人』だ。よろしく頼むぞ」


 エテルノ様の言葉に、エルフたちは傅き、私たちへ向けられていた冷たい視線がやわらぐ。

 この森の絶対的な支配者。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 上座にエテルノ様、その両隣にジークと私が座り、宴席はなごやかに進む。

 だが、人間を敵視する地でいつまでも穏やかな宴が続くはずもなかった。

 先ほどのプリメラさんが部屋へと入ってきた。

 そしてエテルノ様の前に跪く。


「長老、失礼いたします」

「何用だ、プリメラ。お前は呼んでおらぬぞ?」

「長老、お願いがあってまいりました」


 頭こそ下げてはいるが、伏せた顔の隙間から覗くその瞳は、まるで緑の炎が燃え盛っているかのように、強い意志を感じさせた。


「この者たちに付いていくという命令、私がこの男に勝ったら取り消してはいただけないでしょうか」

「ふむ、何故だ?」

「女は男よりも弱い。男まで私よりも弱かったら、私は足手まとい二人の面倒を見させられることになります。そのような暇があるのなら、集落の若手を鍛えた方がよほど有意義です。」

「なるほど。それではお前は負けたらどうするのだ?」

「二人に付いていきます」


 するとエテルノ様は鋭い目つきになり、手近の杖を手に取って床を一度大きく鳴らす。


「付いていくのは元々の命令じゃ。それを取り消すのに勝負をしたいのであろう?ならばお前も何かを賭けるのが筋というもの。違うか?」

「その……通りです」

「ジークフリードよ、何か希望はあるかの?」


 イノシシ肉のステーキにかぶりついていたジークは突然振られて驚いたようだが、少し上を向いて考え、


「ならばプリメラよ。俺が勝ったらお前の体をもらおうか」


 ッ!

 一瞬にして私の頭に血が上った。


「なんということを言うのですか、ジーク! あなたはそんな人だったのですか!!」

「エリアナ、まあ見ていろ。悪いようにはせん」


 怒りは静まりきらなかったが、穏やかな表情のジークと、考えがあるという言葉を信じて引き下がった。

 そもそもそういう男であれば、私はすでに慰み者にされていてもおかしくはないのだから。


 プリメラさんは唇を噛みしめ、顔を赤くしてジークを睨んでいる。

 私だって同じことを言われたら睨む。

 ジークは何を考えているの?


「す、好きなようにするがいい! どうせ勝つのは私だからな」

「それで、勝負はどうしたらいい? 魔法勝負ではエルフには勝てんぞ?」

「剣でいい。お前とて王国の騎士だったのだろう? 私は弓よりも剣の方が得意だ。ならば勝負になるだろう」

「分かった。ならば俺は素手で構わん」


 ドンッ!

 プリメラさんが大きく足を上げて床を踏み鳴らす。


「どこまでバカにするつもりだ!」

「バカにしているかどうかはやってみれば分かる。エテルノ、場を借りるぞ?」


 二人は部屋を出て集落の広場へと移動する。

 私も急いで後を追おうとするが、エテルノ様に腕を取られてしまう。


「エリアナ……といったの? 今のうちにお前だけに話しておきたいことがある。残りなさい」


 やけに真剣な瞳で見つめてくるエテルノ様の雰囲気に逆らうことが出来ず、私は席へと戻った。

 エテルノ様は控えていたエルフたちも部屋から出し、今やこの部屋は私とエテルノ様、二人だけとなっている。


「話というのは先程聞かれた魔力を使えるようになりたいということだ。結論から言おう。方法はある」

「本当ですかっ!?」

「しかし二つ難題をクリアせねばならん」


 エテルノ様は顔の前で人差し指を立てた。


「一つは番人だ。神聖な場ゆえ、族長からも独立した番人が代々守っておる。その許可をもらわねばならぬが、その条件は難問、かつ毎回変わるそうなので、何がふっかけられるか分からん」

「……二つ目はなんでしょうか?」

「二つ目は、番人の許可を得たとて、魔力を増やすための試練において、命を落とす危険性がある」

「命を……?」


 その言葉を聞いて、急に体に震えが走る。

 騎士に追われ、魔物に追い詰められ、エルフに矢を撃たれ……。

 また、あれを味わわなくてはいけないのか。

 もしかしたら、王都で何も知らない顔をして生きていたら良かったのかもしれない。

 今さらになって後悔が襲ってきた。


「エ、エテルノ様……わたし……」

「よい。命への恐怖は恥ずべきことではない。今のそなたはジークフリードに無理に付き合っているように見える」

「私が、無理に?」

「ジークフリードを蘇らせたところに『破滅の龍』復活の話を聞き、降りるに降りれなくなったのではないか? 一度自分と話し合うがよかろう」


 エテルノ様は私の肩に優しく手をおいて、そのまま部屋を出ていった。

 自分と、話す?

 何をしたら良いのか。

 フラフラと立ち上がり、私はどこへ行くとでもなく部屋を出た。


 すると、そこへジークが戻ってきた。


「……もう、終わったのですか?」

「いや、それが……」


 とても言いにくそうに頭を掻きながら下を向く。

 この人がこんな顔を見せるのは初めてかもしれない。


「戦いの場に移動している間に、右足が固まってしまってな」


 そう言って上げた右足のつま先が、ほんの少し石化してしまっている。

 そうか。私から離れすぎて、私の魔力が届く範囲の外に行ってしまったのだ。

 なんという浅はかさ。

 きちんと先に伝えておくべきだった。


「すみま……せん」


 命の危機、そして私の油断からジークをまた石化させてしまい、もう、耐えられなかった。

 涙が、止まらなかった。


「ど、どうしたのだ、エリアナ。あなたのせいではないぞ? 距離の問題は以前話をしていた。あの時しっかりと確認をしなかった私が悪いのだから」

「いえ、何でもないのです。勝負でしたよね? 行きましょう。プリメラさんが待っています」

「いや、しかし……」


 ジークの言葉を手で制す。


「本当に大丈夫です。少し、疲れが出ただけです」


 すると、ジークはあっという間に私を抱え上げ、広場へと駆け出した。


「な、何をっ!」

「プリメラ殿に勝負を延期してもらう。エリアナが泣くほど困っているのなら、例え力になれなくても、俺はそばにいてやりたい」

「それは……私がいないと困るからですか?」


 ジークは少し微笑み、


「侮ってくれるなよ、エリアナ。もしお前が私から離れてどこかで暮らしたいと言うなら、俺は喜んで見送るさ」

「それではあなたが石に戻ってしまうし、『破滅の龍』だって!」

「『破滅の龍』は俺の理由だ。あなたの理由ではない。この前は自分勝手なお願いをしてしまったが、あなたがやはり旅を続けるのが厳しいなら、平和に暮らせそうなところまで送り届けて、そこで人並みの暮らしを送ったっていいんだ」


 人並みな暮らし……。

 私は言葉を失った。


 王都では父のために。

 旅ではジークのために。


 自分のために何かを選んだことが、あっただろうか。


「あなたは石像の俺に話しかけ続け、魂を救ってくれた、こうして動けるようにしてくれた。仮に今石に戻ったとて、俺はあなたと過ごした日々を糧に、また長き日々を耐えられる。だから……無理はしなくていいんだ、エリアナ」


 溢れる涙に顔を覆い、私はジークの腕の中で泣きじゃくる。

 思えば今まで自分の選ぶ道を肯定してもらったことなどない。

 道はすでに決まっているもの、外れることは許されないものだった。

 この人は、自分の人生がかかっているにも関わらず、私に好きなようにしろと、そう言ってくれる。


 この人を救いたい。

 守ってあげたい。

 それは偽らざる私の気持ち。


 なら、それは私の命をかけてまでも成し遂げたいことなの?

 そう心に問いかけると、その答えは、まだ……。


 広場に着くと、大勢のエルフの輪の中に、プリメラさんが腕を組んでじっと佇んでいた。

 私たちの接近に気付くと、


「遅いっ! どれだけ待たせれば気が済む!」


 と怒鳴り声を上げる。


「事情は話したし、石化も見ていただろう?」

「その女を引っ張るのに時間などいらんはずだ」


 ジークは私を地面に下ろし、私を腕でかばいながら、


「勝負だが、明日以降にしてくれないか? その彼女が悩んでいる。俺はその力になってやりたいのだ」

「人を馬鹿にするのもたいがいにしろっ! 待たせるだけ待たして、勝負の延期だと? 許すわけがなかろう!」


 プリメラさんは腰のレイピアを抜き放ち、素早く駆け出した。

 ジークも前に駆け出した。

 そして二人が交叉した瞬間、


 キィンッ!


 金属が弾ける甲高い音が響いた。

 次の瞬間、空へと何かが弾き飛ばされる。

 くるくると回転しながら落ちたそれは、鈍い音を立てて地面へ突き刺さった。

 それは――プリメラのレイピアの切っ先だった。

 足を止めた二人の間で、折れた剣の残骸が静かに光を放っていた。


 エルフは大勢いるのに、歓声は一つも上がらなかった。

 向けられるのは、ジークとプリメラへ同じ冷たい視線だった。


『人間に負けるとは。ヴェントの血筋も落ちたものだな』

『所詮小娘の粋がりだ。そう責めてやるな』


 エルフの言葉で話していたので全く意味がわからなかったが、その嘲るような視線と話し方で分かる。

 彼女を蔑んでいるのだ。

 ふつふつと怒りが湧いてくる。


 言い方こそ気遣いはなかったが、彼女は自分の意見を真っ直ぐに伝え、負けたら体を差し出す約束までしてこの場に立った。

 それを周りで見ていただけのエルフが、どうして偉そうにしていられるのか。


 思わず声を上げようとしたその時、いつの間にか隣に立っていたジークに肩を掴まれ止められた。


「よせ、エリアナ。気持ちはわかるがこれもまたエルフの社会だ。俺たち人間の尺度を当てはめていいものではないのだ」

「ありがとう、ジーク。でもあなたが教えてくれたのよ、無理はしなくていいって。今の私にはこれを見過ごすことが無理なのよ」


 ジッとジークの目を見つめ返すと、彼はやれやれと言いたげに首を振り、私の横に付く。

 きっと何かあれば守るつもりなのだろう。


「エルフの方々、もし彼女を馬鹿にしているならもうやめなさい! 彼女は長老に直訴をし、正々堂々とこの場に立ち、勝負に敗れた。仲間ならばもっと寄り添うべきでしょう!」

「お前たちの考えを押し付けないでもらおうか、客人よ。エルフの森は不可侵の領域。それを守るためには絶対の力が必要なのだ。こいつは敗れた。つまり人間の侵入を許してしまう未熟者だということ。弱者をかばうような、甘い考えではいられんのだ」


「助け合い、共に学び、成長してこその仲間でしょう。そのような心持ちでは『破滅の龍』などには到底勝てませんよ!」


 あっ……。

 私はなぜ『破滅の龍』に勝つなどと口にしたの?


「生意気な娘め。長老の客人ということで我慢していたが、もう我慢の限界だ。死んで森の養分となるがいい!」


 エルフが呪文を唱えるべく、手を前に差し出そうとした時、大きな地響きが起こり、次の瞬間にはジークが大剣をエルフの喉元に突き付けていた。


「そこまでだ。次、妙な動きをしたら切る!」


 顔に色濃く恐怖を刻んだエルフは腕を下ろし、その場に崩れ落ちた。

 ジークもそれを見て剣を納める。


「ホッホッホッ、両者そこまでじゃ。集落の中であまり暴れてくれるな。女、子供もおるのだぞ?」


 どこから現れたのか、エテルノ様が杖を突き、ヒゲをしごきながら歩いてきた。


「プリメラ、どうじゃ? 世界は広かろう。今のお前ではジークフリードには勝てんよ。体をもらうなどという嘘も見抜けず、簡単に頭に血を上らせとるお前ではな」

「エテルノ、バラしてくれるな。次から使えなくなるだろう」


 苦い顔をして言うジークにエテルノ様は笑いながら、


「ワシの集落の子らをイジメた罰じゃよ」


 と冗談めかして答えた。

 その絶妙なやり取りは、二人が本当に信頼し合っているのだということが、伺い知れた。


「例え策だろうと約束は約束だ。敗者は従う。それが誓約だ。エルフは誓約を違えない。」


 そう言ってプリメラは服の紐へ指をかけた。


 ――まさか。

 エルフは約束を破るくらいなら、恥を選ぶ種族。

 本気だ。

 この子、本気でここで脱ぐつもりだ。


 周囲のエルフたちがざわめいた。


『やめろ、プリメラ……』

『誓約とはいえ、そこまでせずとも……』


「……敗者は体を差し出す。それが約束だ。エルフは誓約を破らない。例え一族の恥となろうともだ」

「やめなさい!」


 私は慌てて飛びつき、指を紐から外させた。


「何故だ! これはあの男と私の約束。お前には関係無い!」

「関係あります! 私は、あの人を……」


 そこで、言葉が止まる。

 あぁ、……気づいてしまった。

 私は、ジークを……好きなんだ。

 誰にも渡したくない。

 ──その言葉が胸の奥から浮かび上がった。

 こんな醜い欲が私の中にあったなんて……。


 プリメラさんの手を掴みながらその場に崩れ落ちる。

 頬を伝う涙は、隠しようも止めようもない。

 今すぐ消えてしまいたい。

 崇高な目的を持つ彼の隣で、こんなにも自分勝手な願いを抱えていたとは。


「お、おい、お前、どうした?」


 プリメラさんが心配そうな声をかけてくれるが、今の私には届かない。

 流れる涙と一緒に、こんな恥ずかしい想いも流れ去って欲しい。

 ただただそう願うばかりだ。


「エリアナ! プリメラ、エリアナに何をした!」

「何もしていない! この女が勝手に泣き始めたんだ!」


「ホッホッ、お主らは腕ばかり立って、心の機微を読むことは幼子(おさなご)と変わらんのう。ここはワシに任せなさい。プリメラはその娘を連れてワシの部屋へ。ジークフリード、お主は隣の部屋で先に休んでおれ」

「俺も行くぞ。旅の供がそのような状態なのだ。先に寝るなどありえん」

「お前は邪魔なのだよ。ワシに任せておけ」


 黙り込んだ二人だが、そう長い時間もかからずジークが折れたようだ。

 先に歩く音がした。


「ほら、しっかり立て。歩けるか?」


 プリメラさんが肩を貸してくれたので、なんとか頑張って自分の力で歩くようにしてみる。

 ゆっくりとジークの後を付いていき、私たちはエテルノ様の住まいへと移動した。



 この気持ちのまま、旅を続けられるのだろうか。

 重い足取りがさらに重くなったようで、私はますます心が沈んでいった。


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