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逃亡聖女と不死の騎士は、神なき世界で生きると誓う  作者: 八坂 葵


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第7話 明かされた悲劇

 草の香りがした。

 足に、布のようなものが巻かれている感触。

 目を開けると、足元にエルフの女性がいた。


「あっ!」


 短く声を上げ、エルフの女性は足の手当てもそこそこに部屋の隅へ逃げていった。


「驚かせてごめんなさい。手当てしてくれてありがとう」


 まだ身体が起こせそうにない。

 できる範囲で頭を下げ、私は枕へ頭を戻した。


「失礼するぞ」


 そこへエテルノ様が入ってきた。

 さすがに寝ていては失礼だ。

 腕を使い、無理に体を起こそうとすると


「客人、そのままで良い」


 と手で制される。


「よく寝ていたな。もう翌日の夕方だ」


 そう言うと入り口のすぐ横に運び込まれていた石化したジークへと目をやる。


「よくぞ最後まで我慢をした。お主たちの見極めは済んだ。我々には害をなさぬ。そう判断して中へ招き入れた」


 エテルノ様はジークの胸に手を置く。

 うっすらと青い魔力が手を覆い、しばし目を瞑ると、


「ふむ……、妙な術じゃ」


 石の胸に手を当てたまま、エテルノ様は目を細める。


「私にも構造が読めん。……人間が編み出した術か」


 そう言って眉間にシワを寄せ、いかにも面白くないというような表情を浮かべる。


「まったく、偉大なる魔力(マナ)の力を何ということに使うのか。これだから人間というものは」


 そしてジークの顔をまじまじと眺める。


「それにしても昔見た面影がほぼそのままとはな。エルフ同士ならまだしも、同じ人間の顔を三百年ぶりに見るとはな。長生きはしてみるものだ」


 そう言って高らかに笑うエテルノ様は本当に楽しそうだ。


「おお、そうだ。客人、放っておいてすまんな。シルビエ、客人を起こしなさい」


 先ほどまで手当てをしてくれていた女性が私の背中に手を回し、傷に触れぬよう気をつけながら体を起こしてくれた。


「さて、久しぶりだから上手くいくかの? 治癒(クーラ)


 エテルノ様の手からオレンジ色の温かな光が広がり、私を包む。

 私の体が受けた傷がふさがり始め、あっという間に傷跡が消えていった。


「傷はふさがったが、流した血は戻らぬゆえ、無茶は禁物じゃよ。……などと、本職に言うものではなかったな」

「エテルノ様、なぜエルフの方が治癒の奇跡を? これは教会にしか伝わらぬ魔法のはずでは?」


 するとエテルノ様は髭をしごきながら楽しそうに、


「昔、ジークフリードと共にここへ訪れたヨハンと呼ばれる人間がおってな。彼に教えてもらった。仕組みさえ分かれば我々エルフに扱えない魔法などないのだが……」


 そこで少し言い淀む。


「人間などの魔法をありがたがりおって! と、当時の長老たちに叱られての。以来人前では使わないことにしてたのだ。今も里では緊急の時にしか使わぬと決めておる」


 そう言うエテルノ様の目は少し寂しそうで。


「エテルノ様にとっては、ジークたちとのことは、大切な思い出なのですね」


 私の言葉に、一瞬ハッとした顔を見せたが、すぐに元の穏やかな表情に戻り、


「そうだな。そうかもしれん。あの時は一瞬だけだが、人間との共存という夢を見られた。今となっては……だが」


 エテルノ様は小さく息をついた。

 彼の寂しさを少しでも埋めるには、やはりジークでなくてはダメなのだろう。

 私は自分の中に久しぶりに戻ってきた魔力を確かめる。

 よく寝たおかげで魔力は十分。

 あとは彼のところへ行ければいい。


「シルビエさん、すみません。彼の像まで行きたいので、肩をお貸しいただけないでしょうか?」


 私の頼みに、長老であるエテルノ様の顔色をうかがうシルビエさんに、エテルノ様は静かに頷いた。

 彼女の肩を借りながら石像にたどり着くと、あの夜を思い出す。

 絶望の中、一縷の望みを託した魔力が起こした奇跡。

 あの感覚を思い出し、私は大きく息を吸い、彼の背へすべての魔力を送り込んだ。


「帰ってきて、ジーク!」


 私の声に、今回はパキン、と乾いた音がした。

 今回は石化時間が短かったからだろうか。

 前回よりも軽い音だった。

 石が割れた衝撃で、私は体勢を崩した。


「エリアナ!」


 頭を壁にぶつけるすんでのところでジークの分厚くも優しい手が、私を支えてくれた。


「ジーク……良かった。戻せた」

「すまない、俺の短慮で君を傷付けてしまった。本当にすまない」


 力強く私を抱きしめるジークの体は、ほんの少し震えているような気がした。


「久方ぶりじゃの、ジークフリード・グライセント」

「エテルノ! あなたなら気づいていたはずだ。どうして彼女に矢を射かけた!」


 ジークの凄む声に数人のエルフがなだれ込み、ナイフを向ける。

 しかしエテルノ様がそれを制した。


「ジークフリード。お前は知らんからそう言えるのだ。お前を信じて王国に協力した結果、何が起きたか」


 エテルノ様の声が低くなる。


「……エルフが攫われた」


 ジークが目を見開く。


「攫われた?」

「王国の魔導士が手引きをした」


 部屋の空気が凍る。


「エルフが必要なら……持ってくればいい」


 エテルノ様の声は冷たかった。


「王国の上層部はそう判断した。そしてその事実は伏せられたまま――お前たちは龍討伐へ送り込まれた」

「そのようなことが。済まない、本当に申し訳ない。あなた方を傷付けてしまって……」


 床に手をつき、ジーク様は頭を垂れる。

 ポタッ、と床へ落ちたそれに、私は思わず彼の背をさすってしまう。


「よい。お前たちへの信頼を、人間全てへの信頼と勘違いした我々も軽率だったのだ。しかし分かるだろう? そのようなことがあったからこそ、我々は人間というものに、より一層警戒心を持つようになったのだ」


 エテルノ様の視線が、静かに私へ向いた。


「強い娘だ。矢を向けられても、自分の身より、お前のことを案じておった。……昔のお前のようにな」


 あらためて人から指摘されると、とても恥ずかしく、熱くなった頬に手を添える。

 そんな言い方をされると、まるで私がジークを――。

 いえっ! か、彼は『破滅の龍』討伐に必要な戦力。

 ここで失うわけにはいかない……。


「それではそろそろ詳細を聞かせてもらおうか。お主がなぜ三百年ぶりに現れたか、そしてなぜ命の危険を犯してまでこの地を訪れたのかを」


 エテルノ様の言葉に背筋が自然と伸びる。

 ジークもゆっくりと頭を上げ、目元を拭った。


「ここに来たのは王国からの追っ手から逃れるためだ」


 そしてジークは、これまでの経緯を語り始めた。

 少し長いその話をエテルノ様は、目を閉じて頷きながら聞いていた。

 最後にこの言葉が出るまでは。


「エテルノ、近く『破滅の龍』が復活する」


 エテルノ様は目を大きく開け、ジークをジロリと睨む。


「ジークフリード。軽々に口にしていい言葉ではないが、その根拠はなんだ?」

「俺の中に残る、ヤツの血がそう伝えている。日に日に増していく力がこの血を通して伝わってくるのだ」

「その言葉が真ならば我々エルフとて座して待つわけにはいかん。ヤツのせいで森がどれほど失われたことか」


 すると近くに控えていたシルビエさんに声をかけた。


「シルビエ、プリメラを呼べ」


 彼女は「はいっ」と声を上げると、急ぎ外へと出ていく。

 程なくすると、エルフの女性を伴って戻ってきた。

 扉の向こうから入ってきたエルフは、長い金髪を後ろで束ね、矢のような視線をこちらへ向ける。

 まるで張りつめた弓そのもののような女性だった。


「あなたはっ!」


 つい声を上げてしまったが、彼女は私たちへ弓を射かけた集団のリーダーとして、指示を出していた女性だ。


「長老、どういったご用件でしょうか?」


 私の声には顔も向けず、彼女はエテルノ様へ向いて、膝をつく。


「うむ。『破滅の龍』復活の予兆があるそうだ。お主はこの者たちに付いて助力せよ」


 プリメラさんは目を吊り上げ、私たちを睨んだ。


「長老! なぜこのような人間の言を信じるのですか。どうせそのようなことを言って、またエルフを拉致しようという画策に決まってます!」


 そう、声を荒げる。

 エテルノ様はそれに対して、とても優しい目になった。

 プリメラさんはあまり見たことがなかったのだろう。

 ひどく驚いた顔になった。


「プリメラ、私とて人間なぞ信用しておらん。だがこの男、ジークフリードだけは信ずるに足る、そう言い切れるのだ。その男が言うのであれば間違いない」


 納得のいかない顔を浮かべながら、プリメラさんは不承不承頷き、部屋を出ていった。


「すまんな、彼女は幼い頃から人間のやり口を教えられて育ったため、あのような態度になってしまう。しかし、腕も魔法も若手エルフの中では群を抜いているでな。きっとお前たちの旅に役立つだろう」


 私はエテルノ様に聞こえないよう、こそっとジークへ耳打ちをする。


「旅の途中、後ろから射かけられたりしませんよね?」


 するとエテルノ様が大きく声を上げて笑った。


「エリアナ、と言ったかの? お主の心配も分かるが、ワシが助力せよと命じたからには大丈夫じゃよ。それに……信頼はあるものではない。作るものだ。そうじゃろ、ジークフリード?」

「ああ、そうだな。エリアナ、私も初見ではエテルノから射かけられて生死の境をさまよった身だ。それが別れる頃には肩を組んで酒を酌み交わす仲になっていた。そんなものさ」


 ニヤリと笑い合う二人。

 かつて命を奪われかけたとは、とても思えない。

 でも、もし本当なら、私もプリメラさんと笑い合えるようになれるかもしれない。

 エルフと笑い合う未来。

 そんなものを想像したことなど、一度もなかった。


 そして、その未来の中、とても気になることがあったので、私はエテルノ様に相談を持ちかける。


「エテルノ様、私の魔力は今、ジークを石化させないことで精一杯、他のことに魔力が使えない状態です。せめて防御や治癒などで力になりたいのですが、何か方法はないでしょうか?」


 むっ? と片眉を上げた後、エテルノ様は腕組みをして目を閉じる。


「ないことはないが、ふむ……。まずは夕食としよう。エリアナ殿も食べねば血も戻らんだろう。今宵はプリメラが狩ってきたイノシシをご馳走しようではないか。シルビエ、プリメラも一緒に食卓を囲むよう伝えよ」


 シルビエさんが部屋を出ると、


「さあ、こちらだ。ジークフリード、エリアナ殿を支えて、ゆっくりついてくるがよい」


 そう言ってドアに向けて歩いていく。

 心なしかその背中はとても小さく見え、偉大なるエルフの長老が何かに迷っている。

 私にはそう見えた。


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