第5話 蘇る、その名
軽装の兵士たちが槍を構えて道を塞ぐ。
彼らの目には絶対に逃さないという、強い意志が見て取れた。
すると、私たちの目の前の道から馬に乗った騎士が進み出てくる。
「ヴィルトゥーデ隊長たちは追いつかなかったか。だがもう逃がさないぞ、反逆者め!」
反逆者。
先ほど見たその言葉が、あらためて私の胸を抉る。
心配そうに私をうかがってくるジークに、私は張り付けた笑みを返す。
今は落ち込んでいる場合じゃない。
「そのヴィルトゥーデ隊長というのは、この紋章の者たちか?」
ジークが掲げたそれは、先日の隊長の持ち物から出てきた紋章入りのメダル。
どうやら私の知らぬ間にジークが持ってきていたらしい。
目の前の騎士へ大きく放り投げると、軽装兵が拾い上げ、騎士へと渡す。
メダルを手にした途端、騎士から
「クッ! ……貴様、隊長たちを手に掛けたのかっ!!」
と強い非難の声があがる。
これにジークはただ一言。
「ああ。俺が殺した」
そうつぶやいた。
「許さんっ! 反逆者の前に貴様を始末してやる」
「ならば来るがよかろう」
しかしそう言いながらもジークは剣を抜く素振りすら見せようとはしない。
魔法で対抗するつもりだろうか。
「なめるなぁっ!」
騎士は近くの兵士から槍を取り上げ、馬に乗ったまま槍を構えて突進してきた。
しかしジークは一歩も動かなかった。
「エリアナ、何があってもそこを動くな。約束だ」
手を伸ばそうとしたところに、そう声をかけられ、私はこの場から動けなくなってしまった。
「死ねーーーーっ!!」
ドスッ!
鈍い衝撃とともにジークは胸を貫かれ、血しぶきが上がる。
しかし、騎士はそこで止まることなく、馬の勢いのまま駆け抜け、ジークを槍ごと壁に叩きつけた。
槍がガランッと壁から抜け落ちた音に遅れ、ジークの体もまた崩れ落ちた。
貫かれた穴から、ゆっくりと血が広がっていく。
「いやあぁぁ、ジークっ!!」
すぐに治癒を使おうと魔力を練るが、練る先からジークへと吸い込まれていく。
忘れていた……今はダメだ。
叫ぼうにも声が出ない。
足が地面に縫い付けられたように動かない。
目を逸らしたいのに――逸らせない。
「さあ、次は貴様だ反逆者。どういう手を使ったかは知らんが、ヴィルトゥーデ隊長を殺めた罪、しかと贖ってもらうぞ」
騎士は馬から降り、剣をスラリと抜くとゆっくりと私へ近づく。
その時、強い魔力が爆発的に広がり、私と騎士は思わずジークへと目を向ける。
先ほどまで水たまりのように広がっていた血がするするとジークの身体に戻っていき、やがて蓋が閉じるように身体の穴が塞っていく。
魔力が収まると、少し気だるそうにジークが起き上がってきた。
背中まで貫かれたという事実は、もはや鎧に残る穴が語るのみ。
「ど、どういうことだ! 確かに私は貫いたはず。その感触もあった」
「これが――『破滅の龍』に勝利した代償だ」
「バカな、『破滅の龍』だと。あれは三百年も前に……」
「ああ、俺が倒した」
ジークの言葉に騎士の顔色がみるみる青ざめていく。
「まさか……貴様があの英雄、ジークフリード本人だと?」
その問いに、ジークは答えなかった。
ただ静かに槍の穂先を拾い上げる。
気付かなかったが先ほど落ちた時に折れていたようだ。
「バカなこ――」
騎士が声をかけようと口を開いた瞬間、ジークの右手が閃き、槍の穂先が騎士の足元の地面を貫いていた。
そして――。
「動けば――分かってるな?」
何が起きたか分からなかった。
結果からすると、槍の穂先に目を取られている間に踏み込んで来て、大剣を騎士の喉元へと突き出したと思うのだが。
あまりにも速すぎる。
騎士は剣を握ったまま、身動きひとつとれなくなっていた。
剣の握り手が、屈辱からだろうか、わずかに震えていることだけが見て取れる。
「国に戻り伝えよ。英雄は蘇った」
そして一瞬ためらいながらも、
「そして『破滅』もまた近い、とな」
その言葉に、騎士の目が見開かれた。
ジークは剣を引き、
「これ以上俺たちを追うなら死ぬだけだ」
そう言うと、岬の教会で見せた、あの悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべる。
「もう、斬りたくないのだ。立場が違うとは言え、同じ王国に仕えた騎士たちを」
そう漏らして口を引き結ぶ。
その顔を見た騎士は一瞬、ほんの一瞬だけ悲しそうな目をして、兵士たちに向き直り、
「……撤退する」
ただ一言そう命令した。
そして去り際に
「私とてこのような……」
そう呟いたような気がした。
敵とはいえ斬りたくないと告げるジークに、諦めて引き下がる騎士たち。
去りゆく背が、やけに小さく見えた。
◇◆◇
兵士の去った広場だが、引き続き緊張感が漂っている。
まだ私たち――というか私が残っているからだろう。
街の人たちからも怯えと警戒がありありと見て取れる。
「行こう、エリアナ」
先ほどまでの憂いを閉じ込め、優しげな瞳で手を差し出すジーク。
少しは吐き出してくれてもいいのに……。
「エテルノの元まで辿り着ければ、王国もそうやすやすと手出し出来ないはずだ」
排他的な暮らしを送る森の民。
決してこちらには出てこないが、近寄る者にも容赦はしない。
私たちが容赦されない者にならなければいいけど……。
ジークほどエルフをまだ信じきれない私は、ついそんなことを考えてしまう。
そして、その先に待っていたのは――。
「止まれっ! 人間がこの地に何の用だ」
ロンジュの森に入り、少し歩いたところで抑止の声をかけられた。
先を見ると地上に五人、樹上に三人。
いずれも耳が細長く、敵意に満ちた目で矢じりをこちらへ向けている。
ふと、背中に重さを感じる。
敵意に晒され続けるこの旅に、私は少しだけ後悔を覚え始めていた。




