第4話 離れられない理由
私達は騎士たちを埋葬し、祈りを捧げていた。
土と血の匂いが、まだ鼻に残っている。
それは私の提案ではない。ジーク様の言葉だ。
「彼らとて主命に殉じたのみ。せめてしっかり埋葬してやりたい」
私は……あまり乗り気ではなかった。
何せ命を狙われ、剣を投げつけられ、すんでのところでジーク様に救ってもらった。
あれがなければ、今ごろ土の下にいるのは私だった。
きっと聖女なら、迷いもなく祈れるはずだ。
私の言葉は、途中で何度も喉につかえた。
でも、私は利用されるだけのあの環境で人生を終えたくはなかった。
あれを受け入れることが聖女の条件と言うならば、私は……そんな名はいらない。
「すまない、エリアナ。心中複雑だろうに祈りの言葉を捧げさせてしまい。本当に感謝する」
深々と頭を下げるジーク様に慌てて私は手を振って、
「頭を上げてください。助けられたのですから、そのお返しです。それに……祈りたくはありませんでしたが、祈らなくてはいけないような気もしていましたから」
そう答える。
すると頭を上げたジーク様は口の端を緩めて、
「そうか。エリアナはきっと心から聖女なのだな」
と、先程私が自分で全否定したことを肯定してきた。
「私はそんな立派なものじゃありません。聖女ならきっと……」
「ならば、俺を救ったのは何者だ?」
目尻を下げてそう言ってくるジーク様の顔は、優しくも反論をさせないような雰囲気をまとっていた。
「さあ、一度中へ戻ろう。俺の呪いについてもう少し話さなくてはいけないことがあるのだ」
私達はあらためて教会の食堂へ戻ることにした。
◇◆◇
「今、エリアナは魔法が使えないだろう?」
「ええ、全くではないですが使えないと言って差し支えないですね」
「それは、エリアナの魔力を俺が吸い取っているわけではない。俺の呪いを解き続けてるからなのだ」
そう言ってお腹のあたりをさするジーク様は、少し苦い顔をして話す。
「俺の中では、呪いとお前の力がずっとぶつかり合っている。だから解呪の届かない距離へと離れれば石になる」
手を伸ばせば触れられる。
そう思うだけで、胸が震えた。
すると、離れると石になるということに、変な考えがわいてしまい、私は思わず吹き出した。
「何がおかしいのだ?」
「いえ、これから旅をするのなら、私が花摘みに行く時などは、ジーク様から離れれば覗かれる心配はないのだなと、バカなことを考えてしまって」
「なっ、愚弄してくれるな! 石になっていないとしても、そのような恥ずべきことはするつもりはないっ!!」
顔を真っ赤にして怒ってくるジーク様。
「すみません、もちろん本気で思ってはいませんよ? ただ、こんなバカなことを考えられるような余裕が出てきたのだなとも思えて嬉しかったのです」
「――そうだな。とは言ってもここにいつまでもいるわけにもいかないな。食料もほぼ残っていないようだ。エリアナはどこかアテはあるのか?」
私が覚えたのはこの教会くらい。
それ以外の道は覚えていない。
「いえ、あいにくと……」
「そうか。それなら頼れるかどうかは分からんが、ロンジュの森へ行ってみよう。もしかしたら知り合いが匿ってくれるやもしれん」
「お知り合いですか? でもあそこはたしか……」
「ああ、エルフの知り合いがいるのだ。私のことを覚えているか、まだ生きているかも分からんのだがな」
――エルフ。長命で、森に閉じこもる種族。
「何故エルフに知り合いが?」
「ああ、これは昔の話になるのだが」
そう言ってジーク様は過去のことを話しだす。
「俺の時代は、国境の外に常に敵がいた。なので国内を必死に一つにまとめて外からの脅威に対抗しようとしていた」
ふと懐かしそうな視線で遠くを見つめる。
「様々な村や街を周り、好かれようと努めたよ。もっともそれが上の力ずくで支配せよという方針に反抗していたと判断され、『破滅の龍』の討伐隊に放り込まれる理由となるのだがな」
「力での関係など脆いものなのにな。私がどう説こうと、全く理解してもらえなかった。それは少し心残りだな」
私は黙ってジーク様を見つめ、話を聞く。
そこに虚飾はなかった。
「その中でエルフに協力を得よという命令がくだされた。最初は衝突ばかりでな、しかしようやく族長の息子のエテルノという青年と誼を結べたのだ。戻った時には七日の謹慎を言い渡されたがな」
「……支配下に置かなかったから、ですね?」
ジーク様はコクリと頷く。
「しかし彼が生きていれば、おそらく頼れると思う。一度そこを目指してみよう。――っと、その前に旅支度は必要だな。この辺りに街はないか?」
「えーと、確か近くにあったかと思いますが。すみません、私もこの教会の場所だけを確認して逃げてきたので、詳しくは分からないんです」
三百年ぶりの元英雄と、王都しか知らない聖女。
道が分かるはずもない。
締まらない話に、思わず笑ってしまう。
「アハハッ、いい大人が二人して迷子って、おかしいですね」
不思議そうな表情で私を見ていたジーク様だったが、プッと吹き出し、
「そうだな、確かに大人なのに頼りないな、我々は」
と大きく笑う。
『破滅の龍』に王国からの追手、状況は変わらず私たちに厳しく迫るが、この人となら笑って乗り切れるかもしれない。
「よし、それでは街道に出て王都と反対へと向かおう。教会がここにあるのだ。街もそう遠からず見えてくるかもしれないしな」
「そうですね、ジーク様」
そう言うとジーク様は口に手を当て、
「エリアナ、その……様は取ってくれぬか? これから共に旅をする中で、どちらが偉いも何もなかろう? それに、距離を取られているようで……」
「寂しいのですか?」
ジーク様があまりにも恥ずかしそうに言ってくるものだから、つい意地悪をしたくなってストレートに聞いてみる。
「うむ。そうだな、寂しいのかもしれん。石像の間はずっと『あなた』と呼ばれていたのでな」
予想外の反撃に、今度は私の顔が急激に火照っていく。
そうだ、どうせ石像だからとずっと『あなた』と呼んでいた。
本人に意識があるとは知らずに。
「せ、石化中の話を忘れてくれるなら、様は取ってあげます!」
目をつむり顔を横にそらしてそう言った私をジーク様は
「そうはいかんよ。あなたのあの話一つ一つが、私の中ではすでに宝のように大切なのだ。たとえそれが愚痴や文句だとしてもな」
と、優しい顔で告げてきた。
「も、もういいです! 行きますよ、ジーク!」
「出来ればあの時のように敬語も……」
「行くわよ、ジーク! ……これ以上言うなら、本当に泣きますからね?」
「ハッハッハッ、すまん。困らせるつもりはなかった。どうせ困難な旅になるのだ。道中はせめて楽しく行きたくてな」
そう言うと食堂の扉を開き、私に向けて手を差し出す。
「さあ行こうエリアナ。まずは南へ。支度を整えに出掛けよう!」
「分かったわ、ジーク!」
幸い、すぐに街は見つかった。必要な物を揃え、広場を抜けようとした時――
貼られた羊皮紙に描かれた横顔を見た瞬間、血の気が引いた。
――王国反逆者。
「エリアナ……」
ジークの低い声と共に、背後からも足音が重なる。
気付けば、広場の出口はすべて塞がれていた。




