第27話 命を懸けた叫び
「プリメラさん、フォーゴさん……」
崩れ落ちた私は、地面を見つめて二人の名を呼ぶことしか出来なかった。
顔を上げて二人がいたであろう場所を何回見ても、そこに二人の影も形もない。
きっと、『破滅の龍』の火炎で……。
その時私の前方、はるか頭上の方で『ズシャァッ!』という何かを切り裂いたような鈍い音が聞こえた。
ハッ! と顔を上げると次の瞬間『グギャアァァァッ!』という『破滅の龍』の叫び声。
そして『破滅の龍』へ鬼のような形相で駆けるジークの姿が。
音のした方を見やると、『破滅の龍』の右目に長柄斧が深く突き刺さっている。
あれはっ!
フォーゴさんの長柄斧。
火炎で焼かれ、絶命する寸前だというのに、続くジークに向けて希望を託すように投げていたの!?
いつも軽口で姐さん、姐さんとプリメラさんに怒られていた、あの人懐っこいドワーフの、戦士としての誇り高き意地をそこに見た気がした。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
ジークが跳ねる。
大剣を大きく後ろに振りかぶり、膂力のすべてをぶつけるかのようにグッと体を思いきりそらして。
「円舞斬!」
大剣を振りかぶり、大きく縦に回転をして『破滅の龍』の喉元へと迫る。
以前見た時は横に大剣を振り回していたが、今回はその方向を縦にしたようだ。
まるで大きな円盤型の刃となったジークは、体ごとその剣を喉へと振り切った。
ギィィン!
剣が喉に当たった瞬間、甲高い音を立てて大剣が弾かれる。
驚愕の表情を浮かべるジークがバランスを崩しながら片膝で着地をしたところに、『破滅の龍』の尻尾が襲い、こちらへと跳ね飛ばされた。
「ジークっ!」
慌てて駆け寄り『治癒』の魔法を施す。
幸いそれほど大きな負傷があったわけでもなく、すぐに回復はしたけれど。
「なっ、なんだ、今の感触は」
動揺するジークに『破滅の龍』が目に長柄斧を刺したまま、ゆっくりと顔を向けてくる。
『ふっふっふ、今の流れ覚えているぞ? 三百年前、貴様に倒されるきっかけとなった流れだ』
「くっ、そんなことまで覚えているだと!?」
『忘れはせんさ。何せあれのおかげで火炎が暴れ、ロクに動けなくなってしまったのだからな』
そう言うと、喉から魔力が薄れていき、その下に見えてきたのは『破滅の龍』の体の表面を覆う黒い鱗がびっしりと並べられていた。
『我とて学習するのさ、ジークフリード。二度とあのような醜態を見せぬよう、今回はこうさせてもらった。おかげで人を襲いに行く時間がほとんどなくなってしまったが……まあ貴様を退けたあとにでもまたゆっくりと行けばよかろう』
クックックと楽しそうに笑う。
『破滅の龍』の思いもよらない用心深さに、私の背中を冷たい汗が流れてゆく。
話し方でもっとこちらを侮っているのかと思っていたけどとんでもない。
二度と失敗しないよう、わざわざ外への襲撃をこらえてまで私たちの――ジークへの備えを怠らない。
その用意周到さに、単なる暴力の象徴だけではない、知性の高さを感じてしまった。
「ならばっ! 喉ではないところを攻めるまで。『破滅の龍』よ、プリメラを、フォーゴを殺した罪、俺の怒り、とくと味わうがいいっ!」
再度駆け行くジーク。
「『鋭刃結界』『防御壁』!」
あらためて彼を強化した私は、岩陰に隠れた。
いくら魔法が使えても、こんなことしか出来ない私の力の無さがイヤになる。
プリメラさんなら風の魔法でサポートできたかもしれない。
フォーゴさんなら隣に立って共に戦えただろう。
「私は……何が出来る」
岩陰から覗く二者の戦いは凄惨を極めている。
ジークが足元を切り裂いたかと思えば、『破滅の龍』はジークへ爪を突き立てようとその逆足を振るう。
その爪を剣で受け止め、反動でジャンプをして体表の鱗を切り裂く……が、鱗はわずかに傷つけられたのみで、その下の肉体にまでは届いてないようだ。
「ちっ!」
とジークが悔しそうに舌打ちをしたのもつかの間、今度は着地地点を狙い撃つかのように太い尻尾がブゥンと鈍い風切音を立てて彼に迫る。
ジークはそれに対して剣を正眼に構え尻尾に剣を当てると、そこを支点にくるりと回り尻尾をやり過ごした。
これが……三百年前の戦い。
あの本に描かれていた伝説の騎士の戦い。
あれこそが龍殺し《ドラゴンスレイヤー》の英雄、ジークフリード。
彼の底知れぬ体力、俊敏な動き、そして臨機応変に攻撃を当て、避ける能力。
まさしく彼は『英雄』だった。
彼に任せておけば、ジークフリード様に任せておけば。
私は熱に浮かされたように、戦いを見つめ続けていた。
――その時、私の心の中にあの言葉がよみがえる。
『しょせんやつも一皮むけば単なる人間ということよ。エリアナ、やつを神聖視しすぎんことだ。本質を見失うぞ?』
エルフの里でエテルノ様から言われた一言。
はっ! と我にかえってジークを観察する。
している行動こそ英雄そのもの。
しかし振り下ろす剣へ込める彼の痛いほどの喪失感。
『破滅の龍』を倒さねば、消えていった二人へ申し訳が立たないという後悔。
そして行動すべてに満ちている、自分がこの場を切り開かねばいけないという、高潔とも言える責任感。
そう、分かっていたはず。
初めての口づけの時。
私の力がないと動けない。
そんな状況が邪魔をして、素直に私への好意を口に出来なかった。
これ以上里に置けないと涙ながらに謝罪したエテルノ様を、やはり涙を流しながら抱きしめて、対等な友として労わった彼。
『魔力の泉』で消えゆく私の命を繋いでくれたのは、彼への想い。
試練が終わり空から落ちた私を抱きとめて、大慌てで心配をして、それから裸を見てしまったことを言いにくそうに、それでもきちんと謝ってくれた。
愛馬のフェルセルをなだめた時も、ヨハン様の話を聞いて涙をした時も……。
彼は英雄なんかじゃない。
人間だ。
私が助けられ、そして助けてきた。
心から愛する、ただ一人の大切な男。
その時大きく鈍い音がした。
慌てて岩陰から見ると、ジークの胸から下腹部にかけて『破滅の龍』の鋭い右前足の爪が深く突き刺さっていた。
「ぐ……ぐふっ」
『破滅の龍』はニヤァと口をゆがめ、ジークの体が刺さったままの右前足を、まるで虫を追い払うかのように、無造作に横に振る。
ブシュッと音を立ててジークの体が爪から抜ける。
放物線を描くように宙に舞うジークの体。
そして傷跡から噴き出す血。
すべての光景がゆっくりと流れている。
まるで、私の目に焼きつけと言わんばかりに。
ドサッ
その音で、私は現実に引き戻された。
ここからわずか十歩程度。
そこにジークは倒れ伏している。
剣で胸を貫かれただけでもそれなりに魔力を使い回復をしていた。
いくら不死身とは言え、あれだけの大きな傷を治すのにどれだけの魔力が必要になるのか。
私は急いでジークに駆け寄る。
すると、『破滅の龍』が愉快そうに声をかけてきた。
『たしか四人だったな。ということは貴様が最後の一人。こそこそ隠れるしか脳がない女よ。今なら見逃してやっても構わんぞ?』
私のことを完全に侮った発言。
しかし言っていることには何一つ間違いはない。
ジークやフォーゴさんのような攻撃力も、プリメラさんのような魔法の力も何もない。
戦う力ではない、戦う力をサポートするために磨いてきた力。
「そうですね、私にはあなたを滅ぼすような力など何一つない、矮小で脆弱な人間でしかありません」
『ふむ』
「ですがここにいるジークも、散っていったプリメラさんやフォーゴさんも、自分の持てる力全てをかけてあなたに挑みました。ここで私が逃げるなんて、そんなことをしたら私は私自身を許せません」
『それで? 力なき貴様がこの場において何をしようというのだ』
「人間に負けるのが怖いのならば早々に火炎を噴きなさい。しかし、もし負けるつもりがないのならば、私のこの最後の賭けを見ていればいいわ」
私は鎧を外した。
魔力を遮るものを、一つずつ捨てる。
泉で教わった通りに。
世界の魔力を、この身に通すために。
『身ひとつで奇跡を乞うか。哀れなものだ』
「奇跡? そんないもしない神に祈るような真似はとうにやめています」
両手を天に向けて広げる。
この洞窟なんかじゃない。
この世界に満ちているすべての魔力に対して、私は協力を呼び掛ける。
世界を壊すこの災厄を除くための力を。
そしてそれを成しえるただ一人。
『英雄』と呼ばれてしまった、ただ不器用な、私が心から愛する人を送り出すための力を。
「|世界に満ちる全き力よ、 《オー・ポデール・プレーノ・キ・ペルメイア・ウ・ムンド》
|私という扉を通じて世に顕現せよ。《マニフェスタ・チ・ネスチ・ムンド・アトラヴェース・ダ・ポルタ・キ・ソウ・エウ》
|世に破滅をもたらす災厄を除き、《アファスタ・ア・カラミダージ・キ・トラース・ア・ルイーナ・アウ・ムンド》
|世界が正しく在り続けるために!《パラ・キ・エリ・コンチヌイ・ア・エズィスチール・コモ・デーヴィ》」
世界に向けて広げていた手をジークの体へかざすように動かす。
私の背中から魔力が流れ込み、体の中で大きく膨らんでいく。
何の魔法ならジークを『破滅の龍』に勝たせるように出来るだろう?
『鋭刃結界』?
『防御壁』?
そんな付け焼刃じゃない。
もっと、世界を根底から覆すほどの。
私のすべてをかけた魔法。
ふっと、頬が緩んだ。
私にとって一番の魔法。
そんなものは、この旅が始まった時から決まっていた。
神の名じゃない。
聖女の祈りでもない。
私が呼びたい、ただ一人の名。
ジークを見つめる。
少しずつだけど、魔力が立ち昇り傷が癒えている。
そんな姿になってもまだ戦おうとしてくれている。
守ろうとしてくれている。
約束、しましたよね。
あなたを守るのは私の役割だと。
ジークのそばにしゃがみ、彼の背中に手を回して抱き起す。
彼の体の重さ、今度は平和な世で別の形で感じたい。
空に向けて私は、私の魔法を唱える。
「ここにいて、ジーク!!」
そして彼へそっと唇を寄せる。
口から口へ、魔力を流し込む。
彼が再びその強い肉体を取り戻し、『破滅の龍』を倒せるだけの力を持てるよう。
勝ってほしい、帰ってきてほしい。
ただただその願いを込めて強く口づけた。
しかし思ったほどの魔力が集まらない。
私という扉が小さすぎるのだ。
時間をかければいけるかもしれないが、『破滅の龍』がいつまで待ってくれるかなんて何の保証もない。
その私の嫌な予感が的中したかのように、それまで見守っていた『破滅の龍』が口を開く。
『そろそろよかろう?』
『破滅の龍』がその巨体をゆっくりとこちらへ進ませる。
ドシン、ドシンと地面が揺れ、わずかに体が跳ねる。
ダメ、時間がない。
まだ、もっと魔力をジークへ。
ここで負けてしまったらジークがまた孤独な人生を送ることになる。
プリメラさんやフォーゴさんの死が無駄なものになってしまう。
そんなこと、私がさせないっ!
唇を離してさらに叫んだ。
「ジーク――――っ!!」
私はさらに扉を広げた。
「ガハッ!」
口の中に鉄の味が混じる。
ジークの体にかかったのは私の血だった。
構わない、私の命がここで果てたとて、彼ならきっと成し遂げてくれる。
私は血を飲み込み、ぶつけるように唇を合わせた。
扉を広げた影響で私の体の中の血管が破けていくような、そんな感覚。
『破滅の龍』はもう目の前。
私の意識はゆっくりと闇に沈んでゆく。
それでも、最後の最後まで私はジークの顔から目を離すことはなかった。




