第26話 まず、二人
戦いは優勢に進んでいた。
こちらの被害はなく、懸念点だった攻撃力不足も私の魔法で補うことが出来た。
対して『破滅の龍』は左目を斬り裂かれ、足にも軽微な切り傷を与えている。
勝てるかもしれない。
私たちの心に浮かぶ希望の光。
『グフッ、グハハッ。やるではないか、ジークフリードよ』
「三百年前はこの時点ですでに俺一人だった。だが、今回は全員無傷でここにある。人の力の強さを見誤ったな、『破滅の龍』!」
「私は人じゃなくてエルフだけどな」
深刻な戦いのさなか、プリメラさんがそんなツッコミを入れる。
その程度には余裕があったのだ。
……この時までは。
『ジークフリード。貴様は一つ大きな勘違いをしておるぞ』
「何がだ?」
『フンッ!』
『破滅の龍』が気合の入った声を上げると体から魔力が立ち昇る。
そして次の瞬間には、切り裂かれた左目の傷がキレイに消えてなくなっていた。
「そんなっ!」
私の上げた声に『破滅の龍』は楽しそうに笑い声をあげた。
『クハハハッ! 貴様が不死身であるのなら我もまた不死身。そのくらいのことに何故気付かん。この程度の傷、魔力を注ぎ込めばすぐに回復できるわ』
「バカなっ! 昔は回復などしなかったはず」
『あの時は槍が深々と刺さったままだったからな。そのまま治すわけにいかなかった。そこを突かれて倒されてしまった、それだけの話よ』
「ならば今回もそのように倒すまで!」
ジークは私の方に視線を向け、手を差し出してきた。
私は迷わず腰に差していた『断界の剣』を放り投げる。
少し距離が足りなかったけど、ジークがこちらへ踏み出し何とか手にし、大剣を背中にしまって『断界の件』を抜いた。
「一度試させてもらおうか。これで切ってもお前は無事にその体にとどまっていられるか」
『ふむ、やってみるがよい。我は動かないでいてやろう』
これは……きっとダメなんだ。
てっきり私も『破滅の龍』の中にいる魂と体が切り離されるかと思ったら、そういうことではないらしい。
なら、どうやって動いているんだろう。
「プリメラさん、確かポルテイロ様が昔、集落の仲間が『破滅の龍』を倒した後、体から魔力が離れていったと言ってましたよね?」
「言っていたが曖昧な話ではあったからな。奴があれだけ余裕なのはそのあたりに秘密があるからなのだろうが」
「例えばなのですが、あの龍が人形というのはどうでしょうか?」
「人形だと? だが見ての通り血だって流しているぞ?」
そんなことを話していると、ジークが『断界の剣』で『破滅の龍』へと駆けた。
その時『破滅の龍』の体から大きな魔力が動いた気がする。
けれど見た目には何も変わった感じがない。
あ、いや。
目が……目に、生き物特有の意志の光がない?
「くらえっ、『旋風刃!』
頭の上で二回大きく剣を振り回し、回転力をそのまま『破滅の龍』の首の付け根目がけて叩きこむ。
剣は龍の体を通り抜け、まるでそこに何もなかったかのようだった。
ジークがあるべき手ごたえを感じられずに、ほんのわずかにバランスを崩す。
そして『破滅の龍』の喉元が大きく膨らんだ。
狙いは――ジーク!
「ジーク、避けてっ!」
その言葉に上を向いたジークだが、一瞬炎が早い。
カパッと口が開かれ、火炎がジークごと『破滅の龍』の足元を覆いつくす。
たしかあれを受けた昔の仲間は影すら残さず消えたらしい。
ジークは血の呪いで不死身とは言え、今まで見たことがあるのは全て体に受けた傷を治すところばかり。
影が消えてしまったら、彼は……どうなるの?
隣でプリメラさんが魔法の詠唱に入った。
不安が次第に大きく広がっていく。
龍の炎はいつ終わるとも知れないほどに長く、まだ続いている。
やめて、ジークをそれ以上、もし、生きかえれなかったら……
「やめてぇーーーーっ!」
私の言葉を合図としたかのように、プリメラさんが両手を突き出し、魔法を放つ。
「『風の螺旋』!」
以前エルフの集落へ魔物が攻め寄せてきた時にプリメラさんが放った魔法。
風がらせん状に真っ直ぐ『破滅の龍』の口元へ迫る。
ドンッ!
風は『破滅の龍』の横顔を捉え、口元が揺らぐ。
風のおかげか、それともちょうど吐き終わったのか。
火炎はそこで止まった。
ぶすぶすと煙を上げる『破滅の龍』の足元。
絶望的な状況、でも、それでもと祈りながら、私は煙の中を一刻も早く見通したいと、じっと見つめ続ける。
『破滅の龍』にぶつかった風がさらに岩壁にぶつかって跳ね返ったのだろう。
煙った空気をふわりと解いていき、次第にその場が見えるようになる。
煙の晴れた中、ジークは『断界の剣』を『破滅の龍』の口に対して垂直に構えて立っていた。
見た感じ軽く火傷をしているとこはあるようだけど、重症につながるようなものはなさそうだ。
「ジーク、一度退け!」
プリメラさんの言葉にジークは素直に頷き、焼けた足元を避けるようにこちらへ駆け寄ってきた。
フォーゴさんもいったん距離を取る。
それを確認したプリメラさんは地面に向けて魔法を放った。
『恵みの水』
『破滅の龍』の前に大きな水の球が出来てきて、ジークがなんとか抱えられそうだろうか?というくらいに大きくなったところで、ボトリと地面に落ちる。
すると地面から一気に水蒸気が吹きあがり、急速に冷やされた地面の石や岩肌が巻き上げられて跳ね上がり、龍の体にいくつか突き刺さった。
最後にまた風の魔法を使ったのだろう。
煙はあっという間に晴れ、地面はすっかり冷えており、焦げた石やガラスのように光る部分にその熱の跡が残るばかりとなった。
ジークは『断界の剣』を鞘に納めて外れないことを確認して私へ手渡してきた。
「炎を切れたのは正直助かったが、ヤツに通用しないのではな……」
「どうしましょうか」
岩陰からチラリと『破滅の龍』をのぞき込むと、余裕たっぷりにこちらの出方をうかがっているようだ。
不死身の肉体で『断界の剣』もきかない。
魔法抵抗が高く、ロクに傷つけることが出来ない。
それに……。
「奴はやはり魔力であの肉体を操っているようだ。ジークが切りかかる瞬間、魔力を体から抜いたのが見えた」
プリメラさんがそう伝えてきた。
やっぱりあの大きな魔力の動きはそういうことだったのか。
「おそらく切られたところで新しく魔力を送れば済む話なのだろうが、きっと嫌がったのではないか、その隙をついてアレを狙われるのを」
顎で示した先には神像が置かれている。
なるほど、そういうことなら。
「プリメラさん、あるものを別のものに見せかけるような魔法って使えますか?」
「あぁ、見た目だけなら可能だ」
「では、こんな作戦はどうでしょうか?」
私は皆を寄せてなるべく聞こえないよう小さい声で耳打ちをする。
それを聞いたフォーゴさんはなるほどと頷き、プリメラさんは大きく呆れ、ジークは……、
「ダメだっ! エリアナが危険すぎる。とうてい受け入れられぬ」
「ジーク、こんなところで危険性を説いてどうするんですか。ここにいる時点で危険性なんて一緒。後は程度問題でしかないです。それに、お二人が前に出るしかない今の状況に私とプリメラさんが加わることで、一気に勝てるかもしれないのですよ」
「しかし……」
プリメラさんがその時ジークの頭を後ろから叩く。
「そんなのはお前が守れば問題ない。騎士なら女の一人くらいしっかり守って見せろ。この作戦、直接狙いに行くエリアナも危ないが、二人に意識を向けさせないよう立ちまわる私とフォーゴの責任は大きい。出来るな、フォーゴ?」
「誰に向かって言ってんですかい、姐さん。姐さんのことは俺が守って見せますよ!」
二人の心は決まったようだ。
「……そうだな、騎士ならば守ればいい。まさかプリメラから騎士道を説かれるとは思っても見なかったぞ」
「道中くだらん話をさんざん聞かされたからな。残っていただけだ」
ふわりと笑顔を交わす二人。
これで、もう大丈夫。
作戦がうまくいけば一気に終わらせられる。
私は『断界の剣』を引き抜き、プリメラさんに見せる。
彼女はその姿を自分の剣に魔力で忠実に写し取った。
刀身は広くなるから誤魔化せるが、持ち手が細くて今のままでは『断界の剣』に手がめり込んでいるように見えてしまう。
ハンカチを取り出して丸めてプリメラさんに握らせて、ようやくそれっぽく形となる。
「では、行きましょう!」
「「おうっ!」」
岩陰から飛び出し、私とジークは『破滅の龍』の左、いくらか神像に近い方から。
プリメラさんとフォーゴさんは右からそれぞれ回り込む。
『ククッ、諦めてまとめて死にに来るとはいい度胸だ。どれ……』
三度目の火炎の準備動作!
だがそれよりも早くジークの手が動く。
「させん! 『火炎龍』!」
『破滅の龍』とは違う、太く長い体型の竜。
神代の時代にいたとされる、今ではもう本の中のお話でしか聞かない、炎をまとったそれは、『破滅の龍』を滅ぼさんと炎を溜めた喉元を襲う。
大きな爆発音とともに、『グウッ!』という『破滅の龍』の唸り声が聞こえた。
そこへプリメラさんがいち早く辿り着き、先程のジーク同様に首元めがけて『断界の剣』もどきを大きく振り上げる。
「死ねえぇぇっ!」
フォーゴさんも辿り着き長柄斧を腰だめに構えた。
今っ!
私とジークは向きを変えて一気に神像へ。
その時、不気味な一言が響き渡る。
『まず、二人』
次の瞬間、プリメラさんとフォーゴさんがいた場所を『破滅の龍』の火炎が埋め尽くす。
やらなければいけないことは分かっていた。
そんなことをしている場合じゃないことも。
それでも、私とジークは足を止めてしまった……。
「プリメラさんっ!!」
「フォーゴ!!」
ほどなくして火がやんだ。
私もジークも、何も出来ずに立ち尽くす。
ジュウジュウと焼ける地面の音が、浅慮な考えで二人を失わせてしまった私を、まるであざ笑うかのように聞こえる。
『破滅の龍』がこの戦いで初めてほんの少しこちらへと体の向きを変えた。
煙の晴れてきたその先、二人の姿はどこにもなく……。
私は、その場に崩れるように膝をついた。




