第25話 窮地に浮かぶ力
「足跡はこの先に続いているな」
「やはりここか」
プリメラさんが丹念に足跡を追跡してくれた先は、海に伸びた岬の脇から伸びた道。
崖に沿った道とでも言えばいいのだろうか。
道幅はそれなりに広く、落ちる危険性は考えなくてもよさそうだ。
「三百年前もこの道を通ってやつのねぐらへと赴いた。場は広いが足元は岩場で突起も多い。移動をするときは足元にくれぐれも注意をして戦闘に臨んでくれ」
ジークの固い言葉に私たちはそれぞれ頷く。
「ジーク、まずはどう攻めるのが効果的だ?」
プリメラさんの言葉にジークは目を閉じて空を仰ぐ。
きっと三百年前のことを思い返しているのだろう。
「もちろん安全なことなど何もないのだが、特に火炎には注意をしてくれ。ヤツの口の延長には立たないこと。火を吐く前に一度喉がボコッと膨れ上がるので、それを見たら火炎が来ると思ってくれ」
「それは例えば風やエリアナの防御壁で防げたりするものなのか?」
「試さない方が無難だろうな。それなりの腕を持つ魔導師の防御壁をやすやすと貫いて二人を影も残さず消すほどの威力だ。だから基本の動きは口の延長を避けてヤツに近づき直接打撃を叩きこむのが一番有効だ」
「へへっ、なら俺と兄貴の独壇場ってことですね?」
フォーゴさんがなんとも嬉しそうにジークの背中を叩く。
ジークとの特訓以外で全力を出せてないフォーゴさんだから、もしかしたら『破滅の龍』との戦いはこの上ない喜びなのかもしれない。
「ちなみにやつに魔法は?」
「効かないことはないが……といったところだ。森の防衛戦で火炎龍を使ったことがあったろう? あれがダメージを与えられる最低限の魔法と考えてくれれば分かるか?」
「となると、私の魔法で通じそうなのはほとんどないな。ならばお前ら二人の補助に回るとしよう」
「私は、防御壁と治癒でみなさんを守りますね」
「エリアナ、剣に魔力を付与して攻撃力を上げるといった魔法は使えるか?」
「以前にお伺いしていたヨハン様が使っていらした神聖剣のようなでしょうか? やったことはありませんが、おそらく可能かと。ただどのくらい上がるかは分かりません」
元々神官や巫女の使う魔法は人を守ること、癒すことに特化しているため、あまり攻撃的なものや攻撃の補助という類のものも存在しない。
幸いヨハン様のいた建物で神聖剣の魔法の理屈が書かれたものは読んでいたので、それをなぞればおそらく可能。
けれどそれがどのくらいの効力を発するかは未知数になってしまう。
「いや、それでも構わん。ヤツ相手には出来ることを全てやっても足らないかもしれん。自分の持てる力全て、それ以上を使ってようやく勝てるかどうかだ。皆も心得ておいてくれ」
私たちはジークの真剣な視線に頷く。
「では行こう」
ジーク、私、プリメラさん、フォーゴさんの順番で道を進む。
教会の周りの足跡から、もっと魔物たちが待ち構えていると緊張していたのだが、今のところ襲ってくる気配も、待ち構えている気配もない。
いったい何故?
しばらく歩みを進めると、崖の横に大きな穴が開いているのが見えた。
まるでここから『破滅の龍』が飛び立てそうな。
すると穴の奥の方から何か音が聞こえてくる。
なんだろう。
大きな、それでいて鈍い音。
穴のすぐそばに到着する。
するとプリメラさんが空中に向かって何かを話しかけている。
すぐに話は終わり、私たちに向けて
「いるらしい。『破滅の龍』が。精霊たちも怯えてあちこちに隠れてしまっているそうだ」
なるほど、精霊に話しかけていたのか。
そしてやはりいる。
私は大きく息を吸い込んで深呼吸をする。
そんな私の背をジークがポンと軽く叩いた
「エリアナ、俺はヤツの側で戦うから今回は一緒にはいられない。プリメラとともに隠れながら援護をしてくれればいい。決して無理はするな。貴方を連れてきた俺に後悔はさせないでくれ。プリメラ、すまないがエリアナを頼む」
「任せておけ」
短く、しかし強くプリメラさんが答える。
私たちは入り口から中をそっとのぞく。
すると大きな洞窟の奥。
暗くて見えづらいが、確かに以前見た『破滅の龍』が洞窟の奥を向いて何かをしていた。
時折首を地面の方に曲げる。
そのたびに鈍い音が響く。
「あいつ、何かを食ってるぞ」
「まさか、ここまで魔物が一匹もいない理由って……」
私が思い浮かべた中で最悪の想像。
人間同士ならとても考えられない、おぞましいこと。
「あぁ、魔物を食べているな。しかも生きたまま」
プリメラさんの言葉に胃の底から急スピードで何かが這い上がってくるのを感じる。
私は口に手を当て、喉を締め、なんとかそれをこらえようとする。
ここで気付かせるわけにはいかない。
手の先が急に冷えて、寒気がしてくる。
必死にこらえ、涙が浮かび、その時ジークが強く私を抱きしめる。
「エリアナ、心を強く持て。あいつは狡猾だ。そんな弱みを見せたらすぐにそこを突かれて崩されるぞ。強がりでもいい、今だけはなんとか耐えるのだ」
彼の言葉に、口を強く閉じて拳を握る。
そうだ、私はここに弱音を吐きに来たんじゃない。
あれを倒してジークを呪いから開放する。
そして彼が人間として生きる隣で生涯見守る。
そう誓ったはず。
胸が熱くなる。
手の先に熱が戻ってきた。
ジークから体を離す。
「すみません、ご心配をおかけしました。いけます!」
「うむ。頼りにしているぞ」
「ははっ、エリアナ姐さんが元気じゃねぇと安心して怪我できねぇからな」
「調子に乗るなよフォーゴ。エリアナとて無限に魔法が使えるわけじゃない。お前が気をつけるんだ」
「へいへい、分かってますよプリメラ姐さん」
会話の内容は冗談そのものだが、みんなの目は真剣そのものだ。
もう、時間だ。
私は世界の魔力に語りかける。
少しでも強く、破れない守りを彼らに。
「『防御壁』!」
三人の体の周りに青白く輝く壁が作られる。
続けざま、私はジークとフォーゴさんの武器を見つめながら唱える。
「『神聖剣』!」
ボウッとジークの剣の、フォーゴさんの斧の刃が光を帯びる。
「よし、みんな。また生きて会おう!死ぬなよ」
そう言うとジークとフォーゴさんは『破滅の龍』目がけて走り出した。
私とプリメラさんは彼らに少し遅れてついていく。
周りに壁となれそうな岩を確認しながら。
ジークとフォーゴさんがいよいよ『破滅の龍』に接敵するという頃。
『破滅の龍』がゆっくりとこちらを振り返る。
『ははは、ようやく来たか。人間ども』
そしてジークを睨みつける。
『覚えているぞ、ジークフリード。魂の在り処は分かったか?』
「はっ、情けなくも怯えて隠したくせによく言うな」
『隠した? それは心外だな。我の後ろをよく見てみるがよい』
後ろと言っても暗くて良く見えない。
プリメラさんが光を作り奥へと飛ばした。
すると、『破滅の龍』からさらに奥。
洞窟の壁の一部が削られ、そこに手を合わせて祈り天を仰ぐ、教会の神像が安置されていた。
『分かるか。我がここにいる限り何者も我を滅ぼせぬ。これは自信というのだ』
「ははははっ! その代わりお前はここにいなくてはならぬではないか。やはり臆病者だよ貴様は」
『ジークフリード。我を侮辱することは許さぬぞ』
「偉そうなことを言うなっ! 三百年前のヨハン殿、レオン、エリーの敵、そして俺の中に未だ巣くう貴様の呪いを晴らすため、ここで滅びてもらうぞ『破滅の龍』よ!」
『ふっふっふ、貴様ごときに出来るか?』
「戯言を。一度滅ぼされたことを忘れたか。また同じことをするだけだっ!」
そう叫んでジークが真っ直ぐ『破滅の龍』に向けて走り出す。
それを見たフォーゴさんは右から回り込むように駆け出す。
私とプリメラさんは大きな岩の背に隠れつつ、『破滅の龍』の口の方向を注視していた。
駆けてくるジークに対して『破滅の龍』は右前足を大きく振り上げ、叩き潰すようにそれを振り下ろす。
しかしジークは素早く左にステップを踏んでかわすと、その場に停止して剣を横に大きく振るって右前足へ切り付けた。
ザシュッ!
鈍い音がして、『破滅の龍の』右前足からドクドクと緑色の血が流れている。
しかしジークはそれがまるで何事も起こってないかのように捨ておいて再び『破滅の龍』へと駆け出した。
『破滅の龍』も口元を軽く開き、まるで笑っているかのよう。
あのジークの膂力で振るった剣でも、『破滅の龍』へはさほどダメージを与えられていない。
そのことに私は驚愕し、三百年前の戦いの凄惨さというものを、ようやく肌で感じることが出来た気がする。
「おぉらぁ!」
ジークに気を取られていた『破滅の龍』。
その隙をついてフォーゴさんが地面についていた左前脚へ長柄斧を横薙ぎに叩きこむ。
それは先程のジークの一撃よりもさらに深く切り裂いた。
しかしフォーゴさんに向かって『破滅の龍』は頭を向ける。
「フォーゴ! 上だ」
「分かってまさぁ、兄貴!」
ボゴンッ!
『破滅の龍』の喉が一瞬大きく膨らんだ。
フォーゴさんっ!
しかし彼は『破滅の龍』が口を開いたと同時に横へ大きく飛び、ゴロゴロと地面を転がって体勢を立て直す。
一瞬前までフォーゴさんがいた空間を塗りつぶすかのような勢いで、火炎が吐かれた。
火炎が当たった地面も岩も赤く赤熱し、ここから見ているだけでかなりの高温になっているのが分かる。
一部溶けているところまであった。
あんなものが体に当たったら、確かに体なんて残らないかもしれない。
ふるっと体に走る寒気を感じると、プリメラさんが私の肩に手を置いた。
「まだまだ最初の衝突だけだ。今からそれでは身が持たないぞ。男どもが頑張るのを見守り、危なかったらいつでも手助けできるよう準備しておけ」
「は、はい!」
……私は弱い。
今まで戦闘らしい戦闘はほとんど経験したことがない。
こういった場での胆力も、判断力も、生き残る力も、すべて彼らに預けてしまっている。
でも、これじゃダメだ。
さっきジークも言っていた。
自分の力を出し切って、さらにそれ以上をぶつけないと勝ちが見えない相手だと。
足を少し切り付けたくらいの今の状況は、きっと何も変化がないことと同じなのだろう。
攻める力のない私だけど、せめて何か今できることはないか。
考えを巡らしながら、私は『破滅の龍』の口の向きを観察していた。
「エリアナ! 『神聖剣』をもう一度頼む!」
ジークから声がかかる。
見ると、ついさっきかけたばかりの『神聖剣』の光が、すでに薄くなっており、今にも消えそうだ。
前にジークから聞いたヨハン様の『神聖剣』は、ヨハン様が亡くなってもしばらくもっていたという。
やはり人真似の魔法ではダメということか……。
とりあえずジークとフォーゴさんの武器に向けて『神聖剣』をかけなおす。
あっ! ダメだ。
遠くからかけたせいもあるのだろうが、先程ほどの輝きがない。
あれではすぐに切れてしまう。
もっと長く、もっと強く、『破滅の龍』の体をもやすやすと切り裂けるような何かはないものか。
「プリメラさん、エルフの魔法で武器の威力を強化するようなものはありませんか?」
「あるぞ。例えば肉体が固い魔物に矢を通すために矢の周りにより鋭く固い結界のようなものを張るんだ。そうすると最初の接触は結界部分が入り込む。きっかけの傷さえ作れれば、あとは元の矢の部分が押し込めるという感じだ」
「結界……それです!」
結界なら私の力の及ぶ範囲だ。
イメージするのは、いつもみたいな壁のように厚い結界ではない。
薄く、どこまでも研ぎ澄まされた刃のような。
それでいて密度は厚い結界をしのぐほどの。
ジークの剣を目で追い、形をイメージしていく。
両手を開き、世界から魔力を集める。
手に集まる魔力を薄く、長く、どこまでも固く……。
「うおぉぉぉっ!」
ジークの雄たけびとともに再び右前足が切り裂かれる。
そしてジークの剣の光が消え、剣を振り切って体が止まった瞬間を狙われた。
『破滅の龍』の右前足が先程のように振り上げられることなく、その場から動いて爪を光らせジークへと迫る。
「『鋭刃結界』!」
私がそう叫び手を叩くと、ジークの剣の周りにオレンジ色の薄く鋭い刃が生成される。
「くっ!」
ジークがなんとか剣を立てて爪を受け止めようとする。
するとジークは剣など振ってもいないのに、剣が先程よりも明らかに深々と『破滅の龍』の右前足の肉へ刺さっている。
『グゥッ』
初めて『破滅の龍』が苦悶の声を上げた。
やった、効いた!
すぐにフォーゴさんにもかけ直す。
「ははっ、エリアナやるではないか。これなら!」
『破滅の龍』の腹部へと駆け出すジーク。
その後ろにフォーゴさんも続く。
二人の走る方へと『破滅の龍』の頭が向く。
しかしそれよりも早く二人が辿り着いた。
「兄貴!」
「おうっ!」
フォーゴさんが腰のあたりに手を組み、ジークはそこへ足をかけた。
次の瞬間、フォーゴさんの腕が跳ね上がり、ジークが空を駆ける。
『破滅の龍』の頭よりも高く飛び、ジークは剣を振り上げた。
「うおぉぉぉぉっ!」
ボゴンッ!
『破滅の龍』の首が大きく膨らむ。
私とプリメラさんは射程から外れるよう動いた。
そして……炎が吐かれるよりも先にジークの剣が『破滅の龍』の左目を切り裂いた。
『グギャアァァァァッ!』
『破滅の龍』の大きな叫びが洞窟内にこだまする。
それでもすぐにジークへと頭を向け、お互いに睨み合っていた。
まだ、戦いは続く。
そんな確信が私の中に広がっていった。




