第24話 決戦前夜
ボンダージ様の手記を見つけた建物を後に、私たちはいよいよ決戦の地となるディヴィザ岬へと近づいてきた。
私からすれば王国騎士から命からがら逃げこんだ場所。
ジークからすると、石化されて放り込まれた場所。
まさしく王国最果ての地。
それがディヴィザ岬だ。
「出発の地が決戦の地というのは、やはりこう変な感じがするな」
「ですね……あ! ところで、ずっと気になっていたのですが」
「なんだ?」
ジークの余裕ある表情に、私は一段不機嫌となる。
「このお馬さんの名前、いつの間にか『フェルセル』って付けてましたよね? 私、一生懸命考えてたのに」
「そ、そうなのか? それは、すまん」
「もー! 話せる魔法使えばジークが話せるようになるし、せめて名前くらいって思ったらジークが考えてるし、ずるいです!」
「申し訳ない!」
騎乗したままなので、ジークは私を振り返りながら軽く頭を下げることしか出来なかったが、一生懸命下げようとしているのは見て取れた。
その姿を見ていたらなんだかおかしくなってしまう。
「ふふっ、大丈夫。本気で怒ってるわけではないのですよ。最後ですから言いたいことは言っておこうと思って」
「ははっ、ジークの兄貴もエリアナ姐さんには勝てないみたいだな」
後ろからフォーゴさんがそんなちょっかいをかけてくる。
騎乗しながら軽口がきける程度には、彼も馬を乗りこなせるようになっていた。
しかし、気を緩めたのだろう。
一瞬馬が他の方向を向いて歩きだしてしまい、焦って止めていた。
「ふんっ、フォーゴ。お前は結局最後まで馬の扱いが下手なままだったな」
「勘弁してくれよ、プリメラ姐さん。まだ一ヶ月と乗ってないんだぜ? 十分上達したと思うんだがな」
「まあな。上達スピードは確かに速かった。そこだけは認めてやる」
二人の掛け合いを見るたびに、私の中にあるエルフとドワーフの物語が一つ、また一つと音を立てて崩れていく。
この旅が終わったら二人のことを書いた本でも出してみようか?
……いや、事実そのままに書いたらきっと人を笑わせるために書いたと勘違いされそうだ。
書くにしてもかなり脚色を入れないと無理だろう。
ディヴィザ岬まではすぐ目の前というところで、私たちはおそらく最後となるであろう野宿をする。
明日は教会に着き、神像があれば剣を振るって終わり。
なければ……『破滅の龍』との一戦となる。
きっとジークが言うように、自分の弱点に直結する断界の剣の存在を知り、神像が教会にあることを知っているのであれば、神像がそのまま教会に残っている可能性は低い。
それでも神像が教会にあることを願わずにはいられない。
……願う?
誰にだろう?
古代宗教国家のサグラードの大神官、エスケさんに対して『神はいない』と伝えたあの言葉は心からのものだ。
けれどその代わりに私の心が出した答えは、ジークやプリメラさん、フォーゴさんを『信じる』ということ。
今までは盲目的にでも神に願えばよかった。
ならばジークたちに願えばいいのかというと、それは少し違う気がする。
人が、自らの手が及ばないところの結果をどうにかしたいと思うのが願うことならば、それは人には頼めない。
私は神を捨てたことで弱くなったのかもしれない。
そんなことを考えていると、肩を叩かれた。
振り返ると、ジークがいて、その向こうにはプリメラさんやフォーゴさんがすでに座っている。
「エリアナ、そろそろ飯にしようか」
「エリアナ姐さん、腹減っちまったよ。早く食べようぜ」
「またつまらんことを考えてたんだろう? 悩む前に動け」
まったく。
人の悩みなんて知らずにこの人たちは最終決戦前だというのにあっけらかんと過ごしてくれる。
王都の教会に閉じこもっていたら分からなかったこんな人たち。
彼らにさっきの悩みを聞いたら、きっと難しいことを考えすぎだと笑われるだろう。
でも、いつしかそんなことが心地よく感じられている自分に驚き、またそれが嬉しくもあった。
この人たちといられて、良かった。
◇◆◇
翌日。
私たちはディヴィザ岬の教会へとたどり着いた。
周りにはうっすらと獣臭や魔物特有の鼻をつく匂いが漂っている。
近くに魔物の集団がいる?
そういうことを予想させる空気だった。
「やはり遅かったかもしれないな」
ジークが教会の正面玄関を見てそうつぶやく。
その意味は私にもすぐに分かった。
扉が破られていたのだ。
私とジークが旅立った時にはきちんと扉を閉じてきた。
鍵などはなかったのでかけなかったが、人間が入ったのであればこんなことにはならないだろう。
「やっぱ、一戦交えるんすね、兄貴」
「まあ万が一があるからな、一応中を探して神像があることを願おう」
私たちは馬から降りて中へと入っていく。
教会の礼拝堂には無数の泥で汚れた足跡が残っている。
どれも人間のものではない。
そして礼拝堂の最奥に鎮座していたはずの神像は、やはりなくなっていた。
念のため手分けをして私とジーク、プリメラさんとフォーゴさんで分かれて神像が他の部屋に移動していないかを探す。
プリメラさんとフォーゴさんは食堂の方をお願いし、私たちはいくつかの小部屋を周り、最後に入ったのは……。
「久しぶり……だな」
「えぇ」
その言葉だけで一気にあの出会いの日へと記憶が遡っていく。
嵐の夜、魔物たちに結界を破られ、ジークに魔力を注ぎ込んでも何も起こらず奇跡そのものに絶望をした夜。
魔物の爪が振り下ろされようとした時に、この人はよみがえり、私を絶望の淵から救い出してくれた。
奇跡を……起こしてくれた。
「エリアナ、明日のことだが」
「叩きますよ?」
「……ふっ、まだ何も言ってないぞ」
「分かりますよ。どうせ心配だから残れというのでしょう? 言いましたよ? 私の命はあなたを守るために使うと。あなたのいるところに私がいないでどうするのですか」
ジークは頭を掻くと、バツが悪そうに顔をゆがめる。
「貴方と出会えて良かったと思う反面、出会わなければ連れて行かなくて済んだのにとも思ってしまう。弱いな、俺は」
「それは弱さなどではありませんよ。あなたの優しさです」
「そうか? そうだといいが」
私は彼をそっと抱きしめる。
「信じてください。あなた自身じゃなく、あなたを信じている私を」
「そういう言い方はずるいな。信じざるを得なくなる」
ジークもまた私の背中に手を回し、力強く抱きしめ返してきた。
本当ならこの瞬間がいつまでも続けばいいのに。
けれど私たちは『破滅の龍』へ立ち向かうことを選択した。
この抱擁を永遠のものにするには、まず超えなければいけない壁がある。
私は最後に力一杯ジークを抱きしめ、そのまま手を離す。
「行きましょう、ジーク。最後の戦いへ」
「あぁ、必ず生きて帰るぞ」
あの夜、ジークが開いた壁の穴から見える外の景色を見て、私たちは決意を新たにした。
◇◆◇
「ふふっ、二人ともいい雰囲気じゃねぇか、なぁ、プリメラ姐さん」
「だから、姐さんと呼ぶな。歳をとった気分になる」
私とフォーゴの探索した場所はすべてご丁寧に開かれ、食糧庫だったであろう場所も、きれいに無くなっていた。
見るべきものがなく、早く終わったのだ。
こちらに来たらちょうど二人がいいシーンだったので、声をかけるのも無粋とフォーゴとこうして隠れている。
結果的に覗き見のようになってしまったが、まあ探索中にこんなことをしている二人が悪い。
人のせいにしてみたが、ふと自分も役目の合間に旦那と似たようなことをしていたことを思いだし、つい苦笑してしまう。
「お、なんだ姐さん。面白いことでもあったのか?」
「だからフォーゴ……まぁいい。二人を見ていたら、昔を思い出してな」
「あぁ、死に別れた旦那がいるって話てたっけ?」
「そうだ。あんな時もあったなと思ってな」
魔物が森に侵入してきた時、彼は私のそばで剣をふるい、私が魔法で援護する。
家に帰り、互いの健闘を称え、夜が明けるまで飲み明かしたり、時には抱き合ったり……。
彼との思い出はもう百年ほど前のことだけれど、今でも鮮明に思い出せる。
エリアナは最初はなんて弱々しい生き物か、しょせんは人間だと侮っていた。
魔法も使えず、男を守るために身を差し出すしかない。
そんな者はこの先すぐに死ぬだろうから、ここで私がとどめを刺そうと構わないと。
しかし違った。
私の里にいる間に彼女は見る間に強い意志を示した。
『泉』で、命をかけてまで魔力を底上げし、見事な防御魔法を私に施した。
そして今、愛する男を守るために、覚悟を決めてこの場に立っている。
「ふっ、人を見る目はなかったということかな」
「そうかい? 姐さんはほんの少し素直じゃないだけさ」
フォーゴから意外なフォローの言葉が飛んで、少し驚いた。
まさかそんな繊細な気遣いが出来る奴だとは思っても見なかったからだ。
「見てると分かるよ。ジークの兄貴の強さに、エリアナ姐さんの慈悲深さ。そこにプリメラ姐さんのシビアに現実を見る目が備わってるから、三人はこれまで大過なくここまでやってこれた。たぶんプリメラ姐さんが少しでも情に流されていたら危ない場面もあったかもしれない。だからこそ常にドライに判断をしてきた。そうだろ?」
「フォーゴ、お前……」
「姐さんほどじゃないけどそれなりには生きてるんでね。少しは見えてるさ」
私はドワーフという種族を少し見直した。
いや、元より下に見たりしていたわけではなかったが、もう少し雑な性格をしていると思ったのだ。
それは主にフォーゴのせいだったりもするんだが。
「ふっ、『破滅の龍』との戦い、私のその判断が役に立つこともあるやもしれんな」
「俺だって負けませんぜ。長がいたから発揮することはなかったけど、これでも長を除けばドワーフの中では一番強いと評されてたんですから」
「ほぅ。ならば役に立ってもらわねばな」
私はそこで一度言葉を区切る。
言うべきか黙っておくべきか。
私はそうしても構わない覚悟はあるが、フォーゴはまだそこまで関係を結んでいないようにも見える。
そこまでのことを強いるのは酷だと思ってしまう。
「姐さん……いや、プリメラさん。もしヤツとの戦いの中であの二人が窮地に陥ったら。俺は命を投げ出してでも二人を助けます。止めないでくださいよ」
っ……!
なぜ……?
「へへっ、顔に書いてありますよ。あの二人のことは自分が命に代えても守るってね。姐さんのことだ。死んだら死んだで旦那のもとにようやく行けるとか考えてんでしょ?」
「まいったな。フォーゴ、お前の軽いキャラは作り物だったのか?」
「いやいや、これも俺ですよ。けどね、長の子どもの話を聞いたでしょ? 一緒にいた友ってのが俺ですよ」
「お前っ!」
フォーゴはいつの間にかその両目から静かに涙を流していた。
ジークとエリアナ、二人を見つめながら静かに。
「俺は生きてちゃいけない。そう思って死にそうな場面に好き好んで飛び込んでいきました。そのたびに何故か生き残っちまって。長から本気で怒られましたよ。お前のせいじゃない。危険性を説いていなかった自分のせいだとね。だから死にに行くような真似はするなと」
「そうだったのか……。大変だったのだな、お前も」
「よしてくださいよ。旦那を亡くした姐さんの方がより辛いでしょう」
「大切な人を亡くすことに軽重はないさ」
私はフォーゴの背中をさする。
それしか出来なかった。
「だからってまた命を軽く扱おうってわけじゃないんです。けどね、もし命の使いどころがあるとしたら、あの二人を守って死ぬのなら、それもいいなと思っちまったんですよ」
「そこまで惚れこむ価値があるか?」
「へへっ、それを姐さんが言うのはおかしなことですよ?」
そうか、フォーゴにはすっかり見抜かれているのか。
万が一があれば、身を挺して助けて見せる。
私は死んでもあの世で旦那が待っていてくれるが、あの二人がどちらかが欠けたら、例え勝ったとしても残された人生はひどく空虚なものになってしまう。
そんな私のような真似は絶対にさせない。
「フォーゴ。いざという時は……」
私がそこまで言うと、フォーゴは固い決意を込めた顔で頷く。
そのいつもの軽薄さとはまったく違う顔に、思わず笑みがこぼれてしまう。
そうだ、私たちがあの二人を未来へつないで見せる……。
◇◆◇
「さて、そろそろ出てきてくれてもいいんじゃないか?」
ジークが突然声を上げると、プリメラさんとフォーゴさんが何食わぬ顔で歩いてきた。
「えっ、えっ? お二人はいつからそこに?」
「『弱いな、俺は』くらいかな? 姐さん」
「あぁ、そのくらいだな」
たしかその後私からジークを抱きしめたはず。
この二人、そんなところからずーっと見てたというの?
「もっ、もー! なんでそういう覗きみたいな真似をするのですか!」
「なんだ? 頼めば近くで見物させてくれたのか?」
「そういうことではありません! プリメラさん、怒りますよ!!」
三人に微笑まれてしまい、私一人頬をふくらませている。
というかジークは気づいていて放置したのだから、一番罪が重い。
「ジーク、『破滅の龍』との戦いの後のお酒は禁止です」
「なっ! いや待て、祝杯と言って一番酒がうまい時ではないか」
「だーめーでーす! 見てた二人よりも言わなかったあなたが一番ヒドイですから」
「エリアナ、頼む。いくらでも謝るから、そこをなんとか!」
私の足元で必死に土下座をして謝るジークだが、許すつもりはない。
……ちゃんと、みんなで勝って帰ってこない限りは。
その時は、明日からの生活に困ってもいいくらいに散財しよう。
ジークとフォーゴさんが飲み比べを始め、それをイヤそうに、でもどこか楽しそうに眺めるプリメラさん。
私は酒の肴を用意して。
ちゃんとそういう明日が迎えられますように。
私は神などではなく、世界に広がる魔力に、私に力を貸してもらえるように願った。




