第23話 仕えるべき人
急ぎ南下する私たち一行。
道中魔物とも遭遇するが、ジークとフォーゴさんのおかげで危なげなく退治することが出来て、私もプリメラさんもまったく出番がなかった。
そして、王都のそばの街道。
さすがに急いでいるとは言え、王都の中に入るのはためらわれるので、少し離れた道で野宿の準備をしていると、馬に乗った見回りの騎士に見つかり、声をかけられてしまう。
「おい、そこで何をしている?」
騎士は一人。
ホッとしたのもつかの間。
私はその顔に見覚えがあった。
たしかプリメラさんたちの森に向かう前に立ち寄った街で、私とジークを包囲した騎士。
ジークを貫いた、あの騎士だ。
「ぬっ。お前は、反逆者のエリアナ!」
「違います、すでに手配書はなくなっていたはず」
「お前、お尋ね者だったのか?」
「違うって言ってるでしょ!」
プリメラさんの心無い指摘に、思わず声を荒げてしまった。
……ダメだ、修行が足りない。
「い、いえ。王国が隠したいジークの秘密を知ってしまったから、反逆者扱いされてしまってるのです」
「あぁ、なるほどな。人間はいつになっても度し難い生き物だな」
私たちのやり取りを黙って聞いていた騎士は、プリメラさんのその一言に激高する。
「エルフごときが生意気な。貴様も捕らえてわが国で使い倒してくれる」
そう言って騎士は馬を降りて剣を抜く。
そこへちょうど薪拾いをしに行ってたジークとフォーゴさんが戻ってきた。
彼の顔を見ると、騎士の表情が一変する。
それはそうだろう。
以前胸を貫いたにも関わらず、あっさりと目の前で蘇られたのだから。
「き、貴様は……」
「ん? お前は……」
二人の視線が交差する。
すると、騎士は剣を収めた。
「いったんここは引かせてもらおう。だが、我らは貴様らを決して逃すことはない。覚えておくのだな」
そのセリフを聞いたジークは、抱えていた薪をその場に落とし、目にもとまらぬ速さで騎士の目の前に立った。
「なっ!」
「貴様。『破滅の龍』が蘇ったことを知らんのか」
「知っている。そのために我ら騎士がこうして見回りをしているのだからな」
「ならば、そのような些末なことに囚われている場合でないのが分からんかっ! 騎士ならば何よりもまず民を、そして国を守るために動け!」
ジークのその言葉に、騎士は崩れ落ちて、そのままうなだれる。
「分かっている! 分かっているさ。しかし主命は何よりも優先される。貴様も騎士ならば分かるだろう!」
「残念ながら俺は主命をよく無視して怒られていた方でな」
「ふっ、そのようなやつは人知れず困難な任務に回されて消されるぞ」
「あぁ、だから俺は『破滅の龍』討伐に立ち向かわされたのだ。三百年前にな」
ハッ! と顔を上げた騎士に、ジークは微笑みかける。
そして彼の隣にしゃがみ込み、その肩に手をかけた。
「『破滅の龍』は、これから俺たちが倒してくる。お主はどうか、国の民を落ち着かせて、一人でも多くの命を守って欲しい」
「お前は、なぜそこまで……」
「ははっ、すべての繋がりを三百年前に置いてきた俺にとっては、例え敵対しているとは言え、お主たち第一騎士団も仲間のようにしか思えんのだよ」
そう言うとジークは立ち上がる。
そしてこちらに戻って、先程落とした薪を拾い始める。
騎士は少しの間それをボーっと見ていたかと思うと、すぐに立ち上がり、馬に乗った。
「ジークフリード殿」
騎士はジークへ声をかけると、ほんの少し。
ほんの少しだけ笑みを見せて、
「ご指導、感謝する」
そう言って、去って行った。
「な、なんだったのですか、今のは?」
「ん? 彼も本物の騎士に近い男だったということだ。主命を受けている以上、君を見逃すわけにはいかない。しかし、民を守れの言葉をかけた時に、目に光が宿ったのが分かった。出会いがあれだっただけで、出会い方が違えばいい関係になれたと思うぞ」
「そのようなものですか」
私にはよく分からなかったが、ジークがそういうのであればそうなのだろう。
本当に騎士という者は独特の世界の中で生きすぎている。
私も教会では上の者のいうことは守らなければいけなかったが、少しは融通をきかすことができたし、それをしたからといって怒られるようなこともあまりなかった。
と、そこまで考えて思ったが、それはもしかしたら父が新官長だったから、周りが気を遣って言わなかっただけではないだろうか?
そう考えると私はそんなことにも気付けなかった、よほどひどい自分だったのだなと、今さらながらに思わされた。
「しかし、次に出会う騎士が本物に近いとは限らないよな? 早めにこの辺からは離れた方がよさそうだぜ、兄貴」
フォーゴさんがそう声をかけてくる。
確かにここで野宿をするのは少し危険があるかもしれない。
また騎士に見つかった時、先程の彼でない限り、きっと私に気付いたら確実に殺しにかかってくるだろう。
ジークやフォーゴさんの実力も知らずに。
そしてきっと諦めない。
騎士とは命がけで主命を果たそうとするものだから。
「そうですね、少し無理をすることになりますが、別の場所を探しましょう。プリメラさんすみません、せっかく準備を進めてくださったのに」
「お前は相変わらず馬鹿みたいに謝るな? そろそろ気にするんじゃない。誰しもが何かしらの事情を抱えてる。私だって聞いたろ? 奴らに見つかれば捉えられて使われるらしいぞ?」
そう。
まさかその考えがまだ当たり前に残ってることに驚かされた。
もっともプリメラさんを相手にそのワガママを通すのは、かなり骨がいることだろう。
「なんだ? エリアナ、お前変なことを考えてるだろう?」
「いいえ、別に」
鋭すぎるプリメラさんの視線を切って、私は野宿の片づけに入る。
少しの間、背中に刺さるやけにしつこい視線を感じながらも片づけをしていると、ふとフォーゴさんが声を上げる。
「しかしよぉ、移動するのはいいけどどこ行きゃいいんだ?」
とても痛いところを突かれてしまった。
なにぶんこの一行、旅にとことん向いていない。
私は教会から出たことがない、プリメラさんは森から出たことがほぼない、フォーゴさんもあの都市暮らしで周囲のことしか分からない。
一番旅慣れているのが三百年ぶりに現世復帰したジークだというのだから、申し訳ないことこの上ない。
「うーん、俺もかなり昔の記憶で申し訳ないのだが、たしかここから西の方。王都とは反対の方向に、昔の教会が建てた建物があったと思ったが。エリアナ、分かるか?」
「いえ、そういうものが王都の外にあるというのは、教会以外聞いたことがありません」
「そうか。もしなければ野宿しかないが、出来れば身を隠す意味で建物があると助かる。一度そちらへ行ってみないか?」
「そうですね、そうしましょう」
ジークの案内を受けて、私たちは馬で少し走ると少し大きな建物が見えてきた。
灯りが見えないし、外もかなり荒れているので、おそらく誰も使っていない廃墟のようだ。
プリメラさんが灯りを作り、開きっぱなしになっている窓からそっと送り込む。
声も何もない。
やはり誰もいないようだ。
ジークを先頭に、私、プリメラさん、フォーゴさんの順番で中に入る。
先ほど送り込んだ光にぼんやりと照らされた室内には、広めのテーブルが一つ。
その奥にいくつかのドアが見て取れる。
テーブルの置き方、ドアの並びが、私が王都で修行していた巫女たちの暮らす建物を思い起こさせた。
「ジーク、もしかしたら過去、教会が使っていた建物なのかもしれません。なんとなく、懐かしい感じがします」
「そうか。まずは一通り調べよう。危険がなければ一晩借りよう」
中を一通り調べたところ、特に危険なところはなさそうだった。
奥の部屋を調べていたプリメラさんが出てくると、手に本を持ち、ジークに声をかける。
「おい、ジーク。この本にある『ボンダージ』という名前、お前の話にあったあれか?」
「ぬっ?」
ジークはプリメラさんから本を受け取り、パラパラとめくっていく。
「これは……ボンダージ殿の日記か。よく三百年前のものがこんなところに」
「誰かが部屋を漁ったかのように散らばっていたからな。もしかしたら隠されていたものを見つけた盗賊か何かが腹いせに投げ捨てたのだろう。床の隅に落ちていた」
とりあえずフォーゴさんとプリメラさんは先に休んでもらい、私たちは日記を読み進めた。
直接『破滅の龍』と絡んでいないボンダージ様の日記から有益な情報は拾えないかもしれないが、それでも何か手掛かりがあれば……。
そんな思いで読み進めていると、ジークの手がピタリと止まった。
「ボンダージ殿、そんな、そのような……」
それだけを言ってジークは日記を落とし、床に崩れ落ちる。
彼の背中をさすりながら、私は本を拾ってページを見てみると、そこにはこうあった。
「ジークフリード殿を石化せよとの王命。逆らうわけにはいかぬ」
どうやら石化自体は王の命令だったらしい。
そして次に書かれていることが衝撃だった。
「しかし彼は『破滅の龍』の血を取り込んだ。これが活性化して彼が魔物になり果てる可能性も考えねばならない。そこで私は『破滅の龍』の血を媒介に彼を石化をさせた。これならば彼が石の間は魔物になることはない。いずれ『破滅の龍』が倒れれば、石化も解けよう」
そういうことか。
彼はジークを永久に石化させると言っていたけど、本心は違うところにあった。
ジークの身を案じ、出来得る手段を取ったに過ぎなかったのか。
しかし彼はジークとは面識がない、しかも親友のヨハン様を殺したと恨みのこもった目を向けていたはずでは?
「ヨハン、お前からの最後の手紙で彼は守らなくてはいけない人物だと。そうあったな。目を見て分かった。彼は強さだけでない、悲しみも痛みも分かる真の騎士だ。この腐り果てた王国を立て直すには彼のような傑物が必要。そう思って彼を守るに殉じたお前の意志は私がきちんと継がせてもらった」
そうか、ヨハン様は見つけたんだ。
『仕えるべき人』を。
神へ祈ることをしなくなった私でも、素直にうらやましいと思った。
「そう思い、お前を失った悲しみを彼にぶつける演技をしたが、果たして信じてくれただろうか? ふふっ、お前に大根役者と言われてた俺だからな、きっとバレていただろう」
……つまりジークは大根役者の芝居にまんまと騙されていたわけね。
最後の涙を流す失態でようやく疑問を抱いたと。
「願わくば彼のような犠牲者が二度と出ないことを願う。そしていつの日か、彼がこれを読み、我らの願いを知ってくれることを祈り、ここに記す」
長々とした日記はそこで終えられていた。
私は日記を閉じて、そっとテーブルに置く。
気が付けば私の頬にも熱いものが流れていた。
まだうずくまっているジークの前にしゃがみ、彼を抱きしめる。
「ジーク、良かったですね。あなたの行いはきちんと届いてますよ」
「違うのだ、エリアナ。ヨハン殿、ヨハン殿なのだ、全て。私の命があるのも、断界の剣のことも、この石化の件だって」
「それでも、届いてるんですよ」
「どういうことだ?」
そこでようやく彼は顔を上げてくれた。
私は彼の前に座り、一つの話をする。
「私たち――といっても私はすでに離れた身ですが――教会には、昔から『仕えるべき人』という話が伝わっています」
「『仕えるべき人』?」
「ええ。一般的に考えれば教会に従事する人が使えるべきは『神』ですよね? けれど、そんな常識を打ち破り、自分の人生すべてをかけてその人に尽くしたい。神の力すらも捧げて。そう思わせてくれる人のことを『仕えるべき人』と呼ぶのです」
私はジークの手を取り、包み込む。
私にとっても『仕えるべき人』、そんなことはまだ口には出せないけれど。
「きっと、ヨハン様にとってのあなたがそうだったのでしょう。嬉しかったと思いますよ。人生最後を迎えるその直前にでも、あなたと出会えたことは」
「それは、恋愛とはまた違うのか?」
「似てますよね。私にも正直違いが分からないんです。修行不足で」
そう話すと、彼は私を抱きしめてきた。
「ならば、俺にとっての『仕えるべき人』は間違いなくエリアナ、あなただ。三百年の孤独な夜から解き放ってくれた。そして……」
そう話すジークの口に指をあてて、私は話を遮った。
きょとんとした顔がかわいらしく、思わず心がホッとする。
「そこまでですよ。まだ私たちは目的を遂げていません。また、目的を遂げたら教えてください。それまでは私も我慢します」
「エリアナ……強いのだな、あなたは」
「違いますよ。プリメラさんが、フォーゴさんが、何よりあなた。ジークが見せてくれる一つ一つの強さが、私を強くしてくれるんです。私だけではちっぽけなこの体を支えてくれる皆さんの心が、とても温かいからです」
すると、急に彼が私に口づけてきた。
あまりの素早さに目を閉じるヒマもなく、そっと目を閉じようとした頃には離れていた。
「エリアナ、あらためて誓おう。私の命は君を守るために使うと」
「ならば私の命はあなたを守るために使いましょう。これなら、二人とも死ねませんね」
クスクスと笑う私を抱き寄せる彼の中で、早くこの温かさがかりそめではなく永遠のものになるよう、私は心から願っていた。




