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逃亡聖女と不死の騎士は、神なき世界で生きると誓う  作者: 八坂 葵


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第22話 望まれざる召喚

 私たちが扉から中の様子をうかがっていると、白衣の男が気付いたようだ。

 よく見ると痩せこけていて、骨が浮き出ているところも見える。

 この状態で、よく生きていられるものだ。


「君……たち、は?」

「私たちは『破滅の龍』の魂の在り処を求めてやってきた者です」


 少し素直に言い過ぎたろうか?

 しかし魔物で溢れた地下遺跡の最深部。

 このようなところにポツンと佇む一人の男性。

『何かある』

 私の勘はそう告げていた。


「『破滅の龍(メルクワズ)』……まだ、か。いつ……」


 男は私と話していたのも忘れたかのように、今度は壁に設置されている神の像を見つめる。

 まるでそこに何かが見えているかのように、男はただただじっとそれを見つめていた。


「あの、『メルクワズ』とは『破滅の龍』のことですか?」


 その問いかけに、あらためて男はこちらを向く。

 しかし目の焦点が合っていない。

 まるで、三百年の石化から解かれたばかりのジークのあの目。

 あれを思い起こさせた。


「そう、だ。知って……いるのか?」

「私たちはそれを倒すために情報を求めてきたのです」

「『破滅の龍(メルクワズ)』を倒す? ははっ、無駄なことを」


 そう言うと男は部屋の中央に設置されているテーブルの席に腰掛ける。


「掛けたまえ」


 彼が座る以外の四つの椅子を手で指し示し、そう声をかけてきた。

 一応言葉は通じる……のかな?

 私たちがテーブルに近づき椅子に座る間、彼は白衣のポケットから瓶詰めの容器を取り出した。

 それを口に当てると、ごくごくと飲み干す。

 すると、先程まで全くあっていなかった目の焦点がピタリと定まり、目にも力が戻ったような気がする。


「すまなかった。普段はあのように己を壊しておかないと、とても耐えられなくてね。私は

 エスケ・セールだ」

「私はエリアナ・クルス。旅の巫女をしております。こちらは私の仲間たちです」


 私はジークたちを名前だけ簡単に紹介していく。


「それで、『破滅の龍(メルクワズ)』を倒したいそうだが、アレについてどこまで知っている?」

「三百年周期で蘇る龍の体は仮のもので、魂がどこかにあると。そしてそれを滅ぼすために、ドワーフの方々からこれを預かっております」


 私は腰に提げた剣をチラリと見せる。


「これは『断界の剣(イゾラメント)』。世界との繋がりを断ち切る剣と聞いております。実際これで切られて二度と目覚めなかった者もいると……」


 ヴォト様の悲しい顔がよみがえる。

 あの話を聞いたことで、道中の取り扱いも非常に繊細に行ってきたつもりだ。


「『断界の剣(イゾラメント)』だと!」


 エスケさんは、椅子を蹴倒して勢いよく立ち上がる。

 そして早足で私のそばに近寄る。

 ジーク、フォーゴさんが前に出て、プリメラさんも手を胸の前に構えて魔法をいつでも使えるように備えた。

 それを見てエスケさんは立ち止まって両手を胸の前に上げ、何もするつもりがないことを示す。


「すまない、焦り過ぎたようだ。しかし何故それがドワーフのところに?」

「分かりません。彼らも知らないほど昔からあったとだけしか」

「そうか……」


 エスケさんは倒した椅子を戻し、再び席に着く。


「君たちは『破滅の龍(メルクワズ)』がいつからいるか知っているか?」

「……? いえ、少なくとも六百年前にはいたとまでしか」


 ジークが倒した『破滅の龍』が三百年前。

 そのジークたちの三百年前にも『破滅の龍』の来襲はあったそうなので、私たちに把握できるのはせいぜい六百年前までだ。

『魔力の泉』にいたポルテイロ様が、昔集落のエルフが〜という言い方をしていたが、具体的にいつ、というのは聞いていない。


「やつは、千五百年もの長きにわたって、この世界に存在している」

「千五百年!?」


 あまりに荒唐無稽な話だ。

 チラリとプリメラさんを見るが、勢いよく首を横に振っていた。

 つまり長寿のエルフたちでさえ、しっかりと把握できていないということだ。


「仮にそれが本当だとして、なぜあなたが知っている? 人間はそれほど長くは生きない。私のように、ヤツの血でも浴びない限りはな」


 ジークの質問に、自嘲気味に笑いながらエスケさんは答える。


「ふふっ、ならばその例外が自分以外にあると、なぜ推測しない?」

「まさかっ、あなたも?」

「おそらく私が世界で初めてだろうよ。何せあいつをこの世界に呼び寄せた張本人たちの一人だからな」


 シャッ。


 ジークが大剣を抜き、フォーゴさんが長柄斧(ハルバード)を構える。

 しかしそれを見てもエスケさんは余裕の笑みを浮かべている。

 もし本当に『破滅の龍』の血で不老不死になっているのであれば、確かにこの状況すらも彼にとってはなんてことのない状況なのだろう。


「まぁ落ち着いて座るといい。私たちだって、あんなものを呼び寄せたかったわけではないのだ」


 エスケさんの話はこうだった。


 ◇◆◇


 彼らの暮らしていた国、サグラードは神をあがめ、教会が国を管理し日々穏やかに暮らしていた。

 しかしある日、『魔法』という不思議な力をつかう異民族が攻め込んできて、次々と街を襲撃、あっという間に国は領土を失っていく。

 そんな中、異民族の排除を願うべく、国の大神官たるエスケさんたち六人は、中央神殿で崇拝する神の降臨を願う儀式を行った。

 三日三晩、飲まず食わずの厳しい祈りが続く中、彼らの崇める神像の前に、光があふれだす。


 神の降臨を信じて疑わなかった彼らは、口々に異民族の排除を願うと、その光の球はあっというまに国のあちこちを移動して、異民族へ炎を浴びせ、この国から排除をしていった。

 もちろん中には光の球へ魔法を打ち込むなどの抵抗などもあったが、まったく有効打とはならず、異民族は撤退を余儀なくされた。


 喜びに打ち震えるエスケさんたち。

 その前に現れた光へ、感謝の祈りを捧げるエスケさんたち国民一同。

 しかしその時異変は起きる。

 大きな光の球がその色を濁らせ、次第に黒く染まり、漆黒になったところで球が破裂し、辺りに黒い靄が立ち込める。


 ビュッ!

 球の破裂とともに、エスケさんの口の中に何かが飛び込み、勢いのまま飲み込んでしまう。

 吐き出そうと試みるが、何も出てこない。

 そんなことをしていると、黒い靄が次第に晴れ、目の前には黒い鱗でびっしり覆われた、巨大な龍が一匹。

 異民族を焼き払った炎が、この龍が吐いたものだと分かった時にはすでに遅く、エスケさんを含むすべての大神官、国民が焼かれていた。

 そして呼び出された『破滅の龍』は、中央神殿の天井をやすやすと壊していずこかへと飛び去って行った……。


 ◇◆◇


 これが、『破滅の龍』復活の一連の流れだという。


「そして私だけが六人の中から起き上がり、今もこうして生き永らえてるというわけだ。五百年を過ぎた辺りで、あまりに辛く、頭がおかしくなってきたので、普段はこれを飲んで、何も考えられないようにしている」


 そう言ってポケットから先程とは別の瓶を取り出した。


「『破滅の龍』を送り返す儀式もあるのではないですか?」

「お嬢さん、人間、切羽詰まった時にそんなことを考えると思うかね? 呼び出しさえすればなんとかなる。そう思って呼び出したのだ。送り返す時のことなど何も考えていないよ」

「そんな……」

「それに、我々が呼び出そうと思ったのは『神』。『破滅の龍』などではない」


『神』を呼び出す。

 今の信仰から言っても荒唐無稽な話だ。

 そもそも『神』は会えない、見えないからこそ『神』であり、ただ超常の力を貸し与えてくれる存在でしかない。

 教会の教義はそのようになっている。

 しかし……。


「そのような、いないものを呼び出そうとするから誤るのです」

「ほう、あなたは巫女といったね。それにも関わらず『神』を信じないと?」

「いくら祈っても、願っても『神』は私に手を貸してくれようとしませんでした。命すら危うい時でさえ。だから私が信じるものは、私を助けてくれた『人』なのですよ」


 そう言って私はジークへ微笑む。

 彼は顔を赤くしてそっぽを向き、プリメラさんとフォーゴさんにからかわれていた。

 そう、こんな時でさえホッとさせてくれる。

 何もしてくれなかった『神』なんかじゃない。

 私は彼らこそを信じたい。


「ふん、世迷言を……と、いいたいところだが、あんなものを呼び出してしまった我々も、もはや本当に『神』がいるかは怪しいと思っている。ところで話を戻そう。『破滅の龍(メルクワズ)』の魂の在り処を探していると言ったな。探してやろう」

「出来るのですか?」

「魂を降ろすための神像だったからな。これが万が一どこかへ行かないよう、大神官六名は追跡の術を開発したのだ。そのために様々な敵を犠牲にもしたよ。今となってはどうでもいいことだが」


 ……人道的な立場から言えば、文句の一つも言いたいところだけど、きっと突然攻め込まれたエスケさんたちからしてみたらそれも当たり前のことなのかもしれない。

 少なくとも事情も知らないし、当時の空気も知らない私が口を出してはいけないことだろう。

 そう、分かっていてもうつむいてしまう私の肩へジークが優しく手を乗せてきた。

 その手を取り、頬にあてる。

 それだけで、なんとか耐えられそうだった。


 エスケさんが胸の前で手を合わせて念じると、薄い青い光が広がる。

 それを手を上げて天井へ向けて放つと、光は天井を抜けていった。


「これでしばらく待てば、場所が分かる」

「エスケさんたちは、神へ祈って治癒や防御壁などは使えたのですか?」

「なんだ、それは? 神が我々に力を与えるなどありえないだろう。我々は神の教えに従い、規律通りに生活をし、共に力を合わせていたに過ぎない」

「それでは、エスケさんから見る、この力はなんだと思われますか?」


 私はジークへ向けて『防御壁(エスクード)』をかける。

 ジークの周囲を結界が覆う。

 フォーゴさんはあまり見たことがないのか、それを拳でガンガン叩いて、面白そうにしている。

 さすがに拳ですぐには破れないと思うけど、フォーゴさんの力を考えたらそうとも言い切れないところが不安だ。


「それは『魔法』だ。今魔力を使っただろう」

「えぇ、使いました。しかし今の時代ではこれが神の奇跡として、広く知られています」

「そうか、時代は大きく変わってしまったのだな。ならば先程お嬢さんが言ったように『神』はいないと思ってしまうことも無理はないのかもしれん」

「それは、『神』をこのような結果に求めるからですね?」

「そうだ。『神』は自らの心の内にある」


 その時、先程のものと同じ青い光が天井から侵入してきた。

 そしてエスケさんの手の中に戻る。


「だから、これも魔法さ。……うん、神像は今はディヴィザ岬の教会にある」

「ディヴィザ岬!?」

「そうだ。もしや知っているのかね?」


 知っているなんてものではない。

 私が『神』の不在を確信し、絶望に打ちひしがれた場所。

 そして、私の力を求め、石の中から届いた声に、すべてを差し出した。

 ジークと……約束を結んだ場所。


「三百年前の『破滅の龍』との戦い、エリアナとの出会い、そして今回……もはやあの岬は何かしらの力が働いていると考えても不思議ではないな」

「ふふっ、まったくですね。しかし、ディヴィザ岬からかれこれここまでやってきて、ここから戻るというのも何か変な感じがします」

「なに、プリメラとフォーゴと出会うための旅だったと考えれば、必要な旅だったのではないか?」


 そう。

 それに、私も『魔力の泉』で、魔法を使えるようになったし。

 昔のまま、ジークやプリメラさんの隣で守られるだけの私ではなくなった。


「つまり、このままディヴィザ岬へ赴き、教会にある神像に、この『断界の剣(イゾラメント)』を突き立てればおしまいということですね?」

「そううまくいってくれればいいがな」

「なんだよ、ジークの兄貴。そう水を差さなくてもいいだろ?」


 フォーゴさんの中では、ジークは『兄貴』になってるらしい。


「フォーゴ、俺達は『破滅の龍』と会った。『断界の剣(イゾラメント)』のことを知られた。お前なら、放っておくか?」

「そ、そりゃたしかに……」

「まあ、エリアナがケンカを売ってたからな。きっと倒してくれるだろう」

「プリメラさん! なんでそういうイジワルを言うんですか」


 そんな風にふざけ合っていると、ジークがふと懐かしそうな顔をする。


「ふふっ、三百年前の討伐の時もこんなだったよ。レオンが俺にちょっかいをかけて、エリーがそこに加わって、ヨハン殿が仲裁してな。あぁ、そんな思い出もあったのだなぁ」

「ジーク……」

「ははっ、すまない。まだ終わってもないのに気が早かったな」


 彼の流した涙は頬を伝い、床へと落ちる前にグイッと袖で拭われた。


「おそらく神像は『破滅の龍』が守っている。まずはやつを倒す必要があるだろう。俺の記憶を思い出せる限り話す。そこから対策を考えていこう」

「おうっ、腕が鳴るなっ! ヴォト様の横じゃ決して味わえなかったぞ、この高揚感は」


 やけに物騒なことを言っているフォーゴさんの頭を、プリメラさんが軽く小突く。


「フォーゴ、お前はまずは馬の練習だ。まだまだ危なっかしいところがあるぞ?」

「えー! まだダメかよ。乗れればいいじゃねぇか」

「ジークなら、いざという時は馬で駆け抜けて突っ込むぞ? その時よたよたと後ろから追いかけるだけでいいなら止めはせん」

「プリメラの姉貴! 教えてくれ!」

「誰が姉貴だ!」


 ……ほんと、人の言うことはあてにならない。

 どこの世界に、ドワーフに姉貴呼ばわりされるエルフがいると思うものか。

 もし無事に戻れたなら、しっかりと言いふらしてやろう。

 兄弟のように仲の良い、この二人の大切な仲間のことを。


「お嬢さん、これを持ってくといい」


 エスケさんが私たちに木製の腕輪を渡してくれた。


「これは……?」

「『破滅の龍』を呼び出す際に使用した篝火に使っていた木で作った腕輪だ。おそらく炎にまかれたはずだが、残っていてね。もしかした、少しは身を守ってくれるかもしれない」

「エスケさん、ありがとうございます」


 私がお礼をいうと、エスケさんは手を振る。


「あなたたちが『破滅の龍(メルクワズ)』を倒してくれれば、私もようやく仲間に会いに行ける。期待している、旅の巫女、エリアナよ」

「はい、必ず倒してみせます。エスケさんも、どうかお元気で」



 こうして私たちは『古代遺跡ルイーナス』をあとにした。

破滅の龍(メルクワズ)』、千五百年前、それにディヴィザ岬の神像……

 様々なことを知れた。

 ジークやエスケさん以外にも、もしかしたら長き時を生きざるを得なかった人がいるかもしれない。

 その人たちのためにも、『破滅の龍』は必ず倒す。

 そう心に誓い直した。



 そして、一刻も早く『破滅の龍』を倒すべく、少し危険ではあるが、王都のそばを駆け抜けるルートを選んで南下する。


 神像が教会に残ってますように。

 ただただそれだけを願いながら……。


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