第21話 目の前にある恐怖
『古代遺跡ルイーナス』へ向かうため、北東に道を進む私たち一行。
しかしフォーゴさんがまだまだ馬に慣れきっていないため、道中細かく休みを入れていた。
その小休憩。
なんでもない時間。
そして『なんでもない時間』などないのだと思い知らされた時間。
「ぐわぁぁぁぁっっ!」
木にもたれかかって休んでいたジークが、突如悲鳴にも似た叫びを上げて転げ回る。
急いで近寄ると、とても痛そうに全身を押さえている。
急いで治癒の魔法をかけるが、魔力はすべてジークに吸い込まれてしまう。
そうだ、石化解除に使われてしまう。
だからジークは傷を負っても自分の不死の能力で……。
そこまで考えたところで思い至る。
前回も突然苦しんだ時があった。
まさか、『破滅の龍』が?
苦しげに目を開き、手を伸ばすジークの手を取り、私は強く握り返した。
「ジーク、しっかり! 『破滅の龍』などに負けてはいけません!」
「エ、エリアナ……まずい、ヤツが」
そこまでを話すと、ジークは意識を失う。
私は彼の頭を膝に乗せる。
プリメラさんを振り返ると、頷いていた。
おそらく、間違いない。
『破滅の龍』が、蘇ったのだ。
◇◆◇
ちょうど日も落ちてきたところだったので、その日は一日そこで休むことに。
しばらくするとジークが目を覚ました。
私と目が合うと、膝枕をされていることに気付き、急いで降りて起き上がる。
「すまんな、エリアナ。重かったろう?」
「はい、少しだけ」
ふふっと笑う。
さすがに三時間は長かった。
正座が得意とは言え、さすがの私の足も痺れている。
けど、それだけジークの体に負担がかかったのだろう。
ならば、足の痺れくらい。
私が足を崩して足を揉んでいると、ジークが微笑ましい表情を投げてきた。
「なんです?」
「いや、だいぶ旅慣れてきたというか、気遣いがなくなってきて良かったなと」
「本当は我慢したいですよ? けど、このタイミングで何かが起きて、その時動けないほうが後悔しますから」
「すまないな、付き合わせて」
幸い足の痺れはすぐに取れた。
私はジークに詰め寄り、頬をガチッと掴む。
「ジーク、私が勝手に付いてきてるんです。間違えないでください」
目をパチパチさせると、私の手を外し、再び穏やかな笑みになる。
「おい、お前ら。起きていちゃついてるなら、少しは手伝え」
「ははっ、邪魔してやるなよ、可哀想に」
「邪魔じゃない。正当な抗議だ」
「頭が固いねぇ、アンタは」
プリメラさんとフォーゴさんが言い合いを始めそうになってたので、私は慌てて立ち上がる。
すると二人は不思議そうにこちらを見てきた。
「何を慌ててるんだ、エリアナ」
「えっ、いえ、ケンカをしそうになってたので」
「はははっ、別にケンカじゃない。軽口の叩きあいさ。仲が悪いわけじゃないぞ?」
そういえばスブソーロを出る前に、プリメラさんがフォーゴさんに馬の乗り方を教えてた時は仲も悪くなさそうだった。
「ははぁ、エリアナさん。まさかエルフとドワーフは仲が悪いって話を聞いたことがあるな?」
「え、ええ。スブソーロでそういうものでもなさそうなことは知れたんですが、ついまだ残ってしまって」
「ま、仕方ない。あの話は人間が広めたからな」
「そうなのですか!」
聞けば、長く人間に手を貸さないエルフへ悪印象を与えるべく、国がエルフとドワーフは仲が悪いという物語を作り広め、人間と仲の良いドワーフは善、仲の悪いエルフは悪ということにしたそうだ。
「まあ俺達は別に人間と仲がいいわけじゃなくて、酒と加工の技術で取引をしてるだけなんだがな。もちろん付き合っていけば、仲が良いやつも出てくるがね」
「我々も人間からどう思われようと、森の仲間は守る。侵入者は排除するだけだからな。むしろ近づいてくれなくてお互い良かったかもしれん」
そう告げるプリメラさんを少し睨む。
「な、なんだ?」
「おかげで痛い目に遭わされましたけどね」
「あっ、あれはお前らが、その……済まなかった」
前までなら「お前らが悪い」とバッサリだったプリメラさんは、旅の中でこうしてかなり柔軟な考えになってくれている。
おかげでこんなことも言えるのだけど。
「ふふっ、冗談ですよ。さ、野営の準備を進めてしまいましょう」
◇◆◇
次の日。
馬を進める私たちの前方の空に、黒く大きな影が見えてきた。
「雨、でしょうか?」
「まずいな、雨宿りできる場を探すか」
馬を引き返そうとするプリメラさんを、ジークが手で制する。
心なしかその手は震えているように見えた。
「動くな、ヤツだ」
影は次第に大きくなり、視認できる距離に。
大きく巨大なトカゲ。
しかしそのトカゲには、広く強靭そうな翼と、やとても太い足がついていた。
体は黒く硬そうな鱗にびっしり覆われている。
ドスン!
私たちの目の前に着陸したのは、
「『破滅の龍』!」
ジークの言葉に驚愕が走る。
大きさはまるで小山のよう。
見上げた遠く先にある、真紅の目が私たちを捉える。
その瞬間、魂を握られたかのような恐怖が全身を貫いた。
ジークはこんなものと戦って勝ったというのか。
簡単に考えていたつもりはなかったけど、予想は甘すぎた気がする。
目の前の存在は勝利などというものを考えさせてくれない。
絶望が静かに心を染めてゆく。
ゆっくりと口を開く。
終わる……の?
私たちの、ジークとの旅が。
『ほほぅ、貴様見覚えがあるぞ、騎士よ』
「それはあるだろう。三百年前、引導を渡してやったからな」
『やはりそうか。かすかな我が魔力を感じてみれば、楽しいものを見つけた』
「わざわざまた殺されにきたか」
ジークが背中の大剣に手をかけると、『破滅の龍』が、『むっ!』と声を上げた。
そして首を動かし、顔を私たちに近づけてきた。
気のせいか、私を見ているような……。
『女、貴様が持っているそれは、まさか『断界の剣』か』
「そ、そうです。これで、あなたは最後です」
震える声で精一杯の言葉を紡ぎ出す。
汗が冷たい。
次の瞬間には消されるかもしれない。
冷たい刃が胸の目の前に添えられているようだ。
『そうか、なるほど。そこへ辿り着いたか』
そう言うと、『破滅の龍』は少し頭をあげて、ジークへと語りかける。
『騎士よ、名は』
「ジークフリード・グライセント!」
『ジークフリードだな、覚えたぞ。命はしばし預けてやろう。我を楽しませるがよい』
そう言うと『破滅の龍』は翼を大きく動かし、宙に舞い、あっという間に飛び去ってしまった。
去ってから突然、体が激しく震える。
今になって体が恐怖することを思い出したかのように。
「と、とんでもねえ恐ろしさだったな」
「まさかあれほどの魔力とは」
フォーゴさんとプリメラさんが思い思いに話す。
私のように震えてはいなそうだが、顔中びっしりと汗が浮かんでいた。
ジークもまた大きく息をつく。
「よもや復活早々に会うとは思いもしなかった」
ジークは少し緊張が残るくらい。
やはり生き抜いた者は違う。
まだまだ、強くならないといけない。
そう誓う。
「しかし、やつは変なことを言っていたな。『そこへ辿り着いた』などと」
みんなの視線が、私の提げる『断界の剣』へと注がれる。
ちなみに、戦闘中迂闊にぶつかって抜けたりがないよう、基本は私がこうして持つことにしている。
決して私が振るうためではない。
「たしかに前回の時はこの剣はなかった。『辿り着いた』という言い方を考えるとおそらくずっとなかったのではないか?」
「ヴォト王もこの剣がいつからあるかを知らないと言っていた。かなり昔からうちから動いてないはずだぞ」
二人の話で今までの『破滅の龍』との戦いで『断界の剣』が使われたことがなさそうなのは分かる。
けど……。
「やつはこれが何かを知っていそうだった。その上で『楽しませるがよい』と言っていたな。まるで、どこか滅びを望んでいるようではないか、それでは」
私の疑問をプリメラさんが口にする。
私もそれに頷いた。
「分からん。何にせよ俺達のすべきことは一つだ。やつの魂の在り処を掴み、一刻も早く消さねば。やつが蘇った以上、一刻の猶予もない」
今日からでも、きっと国中を『破滅の龍』が襲い始めるだろう。
正直国が滅ぶのは一向に構わない。
私の命を狙い、ジークを陥れた王国など。
けれど、そこに住む、何も知らない人が亡くなっても構わない。
そう言い切れるほど、私は冷たくはなれない。
「行きましょう、『古代遺跡ルイーナス』へ。そこにきっと、手がかりが」
「なかったら困るな」
混ぜっ返すように言ったプリメラさんを睨みつけると、笑いが起きる。
そうだ、絶望に囚われて動けないなんて、絶対にイヤだ。
ならば、怖くてもこうして笑っていよう。
あの龍との戦いは、そんなわずかな望みを繋いでいかないと、勝てない。
そんな気がした。
◇◆◇
『破滅の龍』との邂逅から二日。
私たちは『古代遺跡ルイーナス』近くの街にいた。
どれほど潜らなくてはいけないのか分からないので、近くの街で調査に必要な松明や保存食などを買い込むためだ。
その時知ったのだが、街の掲示板に私の手配書の代わりに『魔物が攻めてきた時の対処』という手引書のようなものが置かれ、無料で配布されていた。
かなり昔にジークが伝えた『破滅が近い』の一言を汲み取って動いてくれたのだろうか?
それにしては中途半端な対応のような気もする。
「どう思う、ジーク?」
「おそらく、それしか書けないのだろうな」
「書けない?」
「王国は話を聞かずに俺を殺そうとしたからな。情報が何もないのだろう」
呆れてしまう。
もちろんジークをそのようにしたのは許せないが、脅威を知り、備えるために動くのも国の仕事のはずだ。
「それにな、知ったとて同じことだ」
「え、どうして?」
「話して知能の高さは分かったろう?」
「ええ、見なければ人と話してるようだったかも」
「昔、聞いた限りの襲い方だがな……」
ジークが言うには、街の一方から『破滅の龍』がゆっくりと飛んでくる。
それを見て逃げようとした先に魔物の大群。
脇にそれて逃げようとすると、『破滅の龍』の吐いた火の玉で塞がれ、ゆっくりと包囲は狭められ……。
「はぁ。地下でも掘るしかありませんね」
「実際にそうして逃げ延びたものはいたな。もちろんそれすら見つかってしまったものもいるが」
私たちは一晩だけ街でゆっくりと体を休め、翌日朝早くに、『古代遺跡ルイーナス』へと赴いた。
馬はこの街に預けたので、あとは遺跡に入っている間に魔物や『破滅の龍』の襲来がないことを祈るばかりだ。
「では、いくぞ」
戦闘をジーク、続いてフォーゴさん、私、プリメラさんの順で進む。
なお、ジークもフォーゴさんも普段の武器が大きく長いため、片手で扱える短めの剣と斧をそれぞれ構えている。
地下三階までは、魔物もなく、静かなものだったが、四階から少しずつ魔物が出始める。
しかし、八階まですぐにジークが片づけてしまい、フォーゴさんはつまらなそうだ。
「おいおい、この斧の代金が無駄になっちまうよ」
「ははっ、すまんな。ではこの先しばらく任せていいか?」
「おっ! ようやくか。腕が鳴るぜ!」
そこから十五階まで、フォーゴさんはとても活き活きとしていた。
戦闘は素人な私からも、フォーゴさんがとても腕が立つのは見て取れた。
なるほど、ジークが同行を決めたわけだ。
そして十六階。
ここは今までと違って、階段を降りた途端に大きな鉄の扉があった。
少しへこんでたり、傷があるところを見ると、おそらく魔物が入ろうとして入れなかったのだろう。
しかし、見ればドアノブもなく、指をかける場所もなく、押すしかなさそうだけど、ジークとフォーゴさんが二人して押してもビクともしない。
「これは……どうしたら先に進めるのだ」
「明らかにこの先に守りたい何かがある雰囲気ですよね。どうにか開けたいところですけど。こうしているうちにも『破滅の龍』が……」
その時、今までビクともしなかった扉が、真ん中から左右に割れてゆっくりと開いてゆく。
「なっ、何が?」
「なぜ開いた!」
扉が開くと、中には白い衣に身を包んだ男が、宙を見上げている。
こちらへ視線も向けようとはしない。
そして一言だけつぶやく。
「メルクワズ……まだ、か。いつ消える」




