第20話 世界を絶つ剣
宴のために通された広間には、まるで五十人は腰掛けられるのではないかという、低めの広いテーブル。
一部だけ高くなっているのは、おそらく人間用の座席だろうか?
ドワーフたちは成人しても、せいぜい私たちの胸くらいまでの身長しかない。
そのためわざわざ、ひとつのテーブルで高さを変えているのだろう。
「客人、こちらの人間用の席に座ってくれ」
「長殿たちはどこに座るのだ?」
ジークが不思議そうに尋ねると、かなり離れた位置を指さして「あそこだ」と言ってきた。
距離にして椅子が十個以上は並べられそうな感じだ。
「ならば、これではダメか?」
ジークは長の席の近くに行き、ドカッと床で胡坐をかいた。
たしかに距離も近くなるし、長たちとの目線も近くなる。
私も彼にならい、隣に腰を下ろした。
それを見た長は一瞬あっけにとられたように目を見開いていたが、すぐに大きな笑い声を挙げる。
「ワーッハッハッハ、見慣れぬ土地でそのように大胆な行動をとれるとは。ジークフリードとやら、よかろう。それで構わぬ」
そう告げると長は従者を呼びつけ、何事か伝えると、程なくして大きなクッションを三つ持ってきてくれた。
「さすがに石の床の上に座り続けては辛かろう。これを使え」
「うむ。気遣い、痛み入る」
戦士同士の波長があったとでもいうのだろうか?
ジークと長はやけに調子よく話が合っている。
おかげでこの先の宴会についても彼に任せておけば良さそうで、私は少しホッとする。
「しかし……ドワーフ族は肉好きが多いな。見ろ、あのテーブルを」
隣に腰を下ろしたプリメラさんが、小さな声で話しかけてくる。
先程から並べられる料理はどれも肉が八割、それ以外が二割といった風で、なかなかお腹に溜まりそうな感じだ。
すると、人間の女性が運んできた皿には、火を通したと思われる野菜が、色とりどり並べられていた。
「さすがにお肉ばかりは厳しいでしょう? 女性の方々はこちらもどうぞ」
と、勧めてくれた。
なるほど、人間と共存しているだけはある。
気遣いもばっちりだ。
私はその皿を持ってきてくれた女性にお礼を告げる。
「これで私たちも食事に困らなくて済みますね」
「ん? あぁ、まあな。もしかしたら勘違いしてるかもしれないから一応言っておくが、エルフだからと言って肉を全く食さないわけじゃないからな? お前たちを歓迎した宴の時も、猪の肉を出したろう? あれは普段から食べてるから料理出来てるんだからな?」
プリメラさんの言葉に軽いショックを受ける。
確かに勝手に森の民だから、肉は食べないものだと思い込んでいた。
「ちなみに私はどちらかというと肉の方が好きだ。だからこっそり長老と二人で食べていたりもしたんだ。あまり大っぴらに食べると、皆からいい目で見られないからな」
「ハッハッハ、エルフもドワーフも人間も関係ない。肉好きもいれば、野菜好きもいる。お嬢さん、肉が苦手なら、さっきの女性に追加を頼むといい。あやつは野菜料理が得意でな。普段はあまり活躍の場がないが、こういう時は腕をふるえると喜んでおったから、ぜひ作らせてやってくれ」
長がそのようなことを言うと、部屋の入り口からヒョコっと顔をのぞかせていた、先程の女性がうんうんとうなずいていた。
「はい、ではまた追加をいただきたくなったらお願いしますね」
私は長へそのように答え、入り口の女性にも軽く会釈をしておいた。
すると、長が席を立ち、私たちに向けて自己紹介をしてくれた。
「まだきちんと名乗っていなかったな。私はこのスブソーロのドワーフ族を束ねる王、ヴォトだ。まあそのまま呼んでくれればよい」
「分かった、ヴォト」
そう答えたジークの背中をドンと突く。
不思議そうに私を見返すジークに、むしろ私がビックリだ。
「王なのですから、せめて『様』なりといった敬称をつけなくては、ジーク」
私の言葉に愉快そうに声を上げるヴォト様は、「ヴォトで良い」と言ってくれた。
「では、私はせめて『ヴォト様』でお願いします。私が落ち着かないので」
その言葉に大きく頷くヴォト様。
謁見の間でも少し感じていたが、ドワーフというと、もっと朴訥で物静かだったり、逆に荒っぽく猛々しいイメージがあった。
前者は鍛冶のイメージから、後者は戦士のイメージからだけど。
しかしヴォト様はとても穏やかで、気の遣い方もうまく、『王』と言いながらも、まるで頼れる上司といった近しさを感じさせてくれる。
私とプリメラさんはしばらくジークとヴォト様の話す、ヨハン様の話を相槌を入れながら聞くことが中心となった。
村ではあまりなごやかなエピソードは残ってはいなかったのと、当時の人間がもういないため、あまり詳しい話を聞くことは出来なかった。
ジークもまた『破滅の龍』との戦いのわずかな日数だけしか、ヨハン様と関わっておらず、エピソードは少なかったが、それに関連した予想外の話が出てきた。
「俺は、王都に帰り、龍討伐の名声だけが欲しい王国に捕らえられたわけだが。俺が殺せないと知ると、石化の呪いをかけたのは、ヨハン殿の友人だったのだ」
「友人だと? 我が里を救ったほどのお方だ。そんな方のご友人がそのような愚行をするとは思えないが」
ヴォト様の疑念はもっともだ。
私も同じように思う。
しかも、少なくとも私は人を石化させるといった術が、教会に存在するなど聞いたことがない。
「たしか、ボンダージ殿と言ったか。ヨハン殿を死なせたと、それはたいそう恨みの目を向けられたものでな」
「そんなっ! それはジークのせいでは……」
「たしかに命じたのは国だ。だが、ヨハン殿は俺に向かってきたヤツの爪から、身を挺して守ってくれた。それは紛れもない事実なのだ」
そう言われてしまうと私たちは何も言えなくなってしまう。
彼が先程謁見の間で、あれほど嗚咽しているのを見てしまったのだ。
何を言っても認めはしないだろう。
「ボンダージ殿は、俺の体の中にある、『破滅の龍』の力を封じるための、『石化』をかけると言った。そうすれば、俺は永久に石化されたままだとな」
「なるほど、昔は教会にそのような魔法が伝わっていたのですね」
「その辺は俺には分からんがな。だが、今でも気になるのだ。ボンダージ殿が最後、何も言わず一筋涙を流していたのが」
……普通に考えたら、人を石化するなどという、恐ろしいことをしたことへの恐怖だろうか?
それとも、ヨハン様が亡くなられたことへの想いからか。
いずれにしても今の私たちにはうかがい知ることは難しそうだ。
「ところでヴォト、断界の剣とは存在するのか? どういった剣なのだろうか。もしよければ教えて欲しい」
「うむ。そうだな、まずはお主らがなぜ探すかから教えてくれぬか? それを聞いてから話すかどうかを決めよう」
ヴォト様の言葉に私やジークが説明をする。
『破滅の龍』は実体を倒しても、魂の保管場所が他にあり、それを滅さない限りは三百年ごとに蘇ってくること。
その魂を破壊する武器ではないかと思われるのが断界の剣であること。
まだ魂のある場所は分かっていないことを。
話を聞いたヴォト様は考え込むと、近くでご飯を食べていた戦士らしきドワーフへ声をかける。
「フォーゴ、あれを。気をつけて持ってくるのだぞ?」
「かしこまりました、長」
フォーゴと呼ばれた戦士は席を立つと、部屋を出て行った。
「断界の剣は魂を消す、とは少し違う武器なのだ。例えばあの剣でジークフリード、お主を切ったとしよう。おそらく体には傷一つつかん」
「傷がつかない? それでは何のための剣なのだ!?」
「まあ、聞け。ただし、お主の体からはジークフリードの魂が体との結びつきを絶たれ、二度と体へは戻ってはこれん。いや、我らもそうだと伝え聞いてるだけなので、どこまで本当かは分からんが」
「体と魂の結びつきを絶つ……二つの世界の繋がりを絶つ。まさに『断界』なのですね」
「そうじゃな。そんなバカな剣があってたまるか。我らも、そう思っていたのだが……」
そこまで言って口を引き結び、ヴォト様は黙り込んでしまった。
ジークもまた顔を背けて苦い顔をしている。
もしかして、誰かが試した……?
「誰なのだ、ヴォト。そんなバカな真似をしたのは」
「……ワシの、息子でな。一緒に遊んでいた友の話では、本当に指を掠める程度の傷……いや、傷ではないか。掠める程度の切っ先が体を抜けたそうだが。それで……終わったそうだ。大切な一族のものに被害が出なくてよかっ……すまん」
ヴォト様は袖で目を覆うと、顔を背けて天を仰いでしまった。
まったく関係のない私ですら、胸が痛いのだ。
ヴォト様の悲しみは、いかばかりだろうか。
私たちにはきっと計り知れないだろう。
そんな中、ジークだけがヴォト様の背中に手を当て、「今だけは我慢するな。一人の父として泣いてやれ」と、優しく声をかけていた。
そこへフォーゴさんが厳重に封印をされた細長い箱を運んできた。
黒い艶消しの箱。
その上から三重に鎖が巻かれていて、鎖の交差点にはおそらく魔法がかけられているであろう鍵も見える。
「あれが、断界の剣だ」
ヴォト様は涙を拭い、フォーゴさんから箱を受け取る。
「今伝えた通り、この剣はあまりにも危険故、こうして封印されている。なぜドワーフ族に伝わっているのかすら伝わっていない、はるか昔から『一族の宝』とされてきたが、俺に言わせれば疫病神でしかない」
「ヴォト……」
「だからこれが『破滅の龍』の退治に必要ということであれば、俺はその大義名分に乗っかって、喜んでこいつを手放すつもりだ。だが……」
ヴォト様は手早く鍵を開け、鎖を解き、箱のふたを開ける。
ヴォト様が慎重に箱から取り出し、掲げたその件は、鞘などはなく、抜き身の状態でやわらかな布にくるまれて保管されていた。
透明な刀身をしており、かといってガラスのような繊細さはない。
ただ……世界の魔力と繋がった私には分かる。
あれは、「存在してはいけない力」だと。
おそらく、説明通り「因果の糸」を断ち切る、恐ろしい存在だと。
世界の魔力が私に伝えてきた。
「旅に持っていくのならば止めはせん。しかしせめて鞘と、鞘が迂闊に抜けないような仕組みは作ってから持ち出した方が良い。お主らに悲劇が起きないようにな」
ヴォト様の苦い経験を踏まえた忠告に、私たちは心からお礼を述べる。
そして、それから一週間。
私たちはスブソーロの街の出入り口にいた。
ヴォト様はわざわざスブソーロでも一番といわれる、革細工師と鍛冶師に依頼をして、特別にご自身が仕様書を書き上げた、断界の剣専用の鞘を作り上げえてくれた。
「これが外れて何も切ることがないことを祈っておるよ」
「すまない、ヴォト。何から何まで。感謝している」
「よい。災厄を倒したなら、また尋ねてこい。とびきりの肉と酒で歓迎してやる」
「ははっ、野菜も頼むぞ?」
そんな軽口を交わす中、一人馬の扱いになれずに苦戦するものが。
「こ、こら、そっちじゃない」
「フォーゴ、そんなでは足手まといになるぞ? やはり残ってはどうだ?」
「何をおっしゃいますか、長。あなたが強すぎるせいで、私たちには活躍の機会がない。私とて腕を試したいのです。それに……『破滅の龍』には私も祖先の借りがありますからな」
ヴォト様の護衛のフォーゴさんが、突然同行すると言い出したのだ。
最初こそ止めたが、腕前を見たジークが許した以上、それなりの腕があるということなのだろう。
「フォーゴ、そうじゃない。もっと、馬の気持ちに寄り添え」
プリメラさんからの指導を受け、どうにか普通に乗れるようになったフォーゴさん。
彼を含め、私たちの旅は四人になった。
「エリアナさん、どうかお気をつけて」
「フィリパさんもどうかお元気で。また遊びに来ますからね」
「えぇ、必ず来てくださいね」
ここから先は『破滅の龍』の魂を探す旅。
まったく宛てのない旅路だが、私たちは北東にあるという、旧時代の遺跡を訪ねることにした。
大昔の遺跡なればこそ、なにかしら手がかりがないかと、そう踏んだのだ。
幸い遺跡深部は強い魔物が棲みつき、ほとんど調査がされていないという。
「それでは『古代遺跡ルイーナス 』へ向けて、出発するぞ!」
ジークの掛け声とともに、私たちはヴォト様たちの見送りを受け、北東へと進む。
この先、待っていたものは旧時代の資料などではなく、さらに意外過ぎるものだったのだが、この時の私たちはそれを知る由もなかった。




