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逃亡聖女と不死の騎士は、神なき世界で生きると誓う  作者: 八坂 葵


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第18話 岩窟都市 スブソーロ

 悲鳴を聞いた私たちが馬を走らせた先に、少しずつ岩山が見えてきた。

 おそらくドワーフたちの集落が近いのだろう。

 彼らはこういった山から採石を行い、様々な道具を生み出すと聞く。


 すると、岩山方面からこちらに向けて一人の子どもが駆けてくる。

 いや、よく見るとヒゲを生やしているので、あれがドワーフなのかもしれない。

 足を懸命に動かし、腕を振って走っているが、どう見ても背中に背負った斧が邪魔をしている。


 彼の後ろからは十体ほどの小鬼(ゴブリン)たちが追いかけてきた。

 こちらは皆、短剣や長い爪が武器だ。

 身軽さでは圧倒的に有利。

 少しずつ彼と縮まる距離に私は思わず声を上げた。


「斧を捨てなさい! 追いつかれますよ!」

「ふざけんなっ! 兄貴の大切な形見だ、これを捨てるくらいなら一緒に死んでやるっ!!」


 形見……。

 その言葉にフィリパさんの割札を思い出す。

 だから、私は言葉の代わりに叫んだ。


防御壁(エスクード)!」


 ドワーフの彼の周りに、薄い光の膜が展開される。

 これですぐにどうこうはないはず。


「ジーク、あの……」

「任せておけ。フェルセル、エリアナを頼む!」


 そう言うとジークは手綱を離し、あぶみを蹴って宙に舞う。


「わわっ、キャー!」


 慌てて手綱を握ろうとするが、揺られる馬の上ではそれもなかなか叶わない。

 しかし、馬は少しずつスピードを緩めると、一度だけゆっくりとその場を回り、ジークの方を向いて立ち止まった。

 その隙に私は急いで手綱を握りしめる。

 するとプリメラさんとフィリパさんも追いついてきた。


「終わったか」

「何言ってるんですか、あんなに囲まれて。何も終わってなんかないですよ!」


 プリメラさんの言葉に激しく非難の声を上げるフィリパさん。

 気持ちは分かる。

 でも終わってるのだ。

 ジークが前に出た、その時に。


 フィリパさんの言う通り、ジークはドワーフの彼と小鬼(ゴブリン)たちの間に立っていた。

 小鬼(ゴブリン)たちは、二人の周りを取り囲み、その包囲網をゆっくりと縮めていく。

 ドワーフの彼は地面にうずくまり、頭を抱えていたが、チラリとジークを見上げる。


「す、すまねぇ、アンタ。巻き込んじまって」

「いや、構わん。危ないからそのまま伏せててくれるか?」

「? ……お、おう」


 一瞬不思議そうな顔をした彼も、この状況で逃げ出せるわけもなく、ジークに賭けることにしたようだ。


「あれをやるのか? まったく周りの迷惑も考えろ、あいつは!」


 そう愚痴るプリメラさんの手には、すでに風の魔力が集まっている。

 旅を通じて、なんだかんだと少しずつ意思疎通が出来てきているプリメラさんに、思わずクスリと笑ってしまった。


「エリアナ、お前だけ外してもいいんだぞ?」

「や、やです! 小鬼(ゴブリン)の血は臭いんですから!」


 私はしっかりとプリメラさんにしがみつく。


「こ、こら、離れろ!」

「イヤです、あんなの浴びるくらいならプリメラさんを盾にして……」

「くっ! 言うようになったじゃないか」


 そんなことをしていたらジークが


「行くぞ!」


 と叫んだ。

 その叫びが合図かのように、小鬼(ゴブリン)たちが一斉に飛びかかる。


円舞斬(コルテ・ヴァルサ)!」


 大剣を抜き放ち、片手で軽く一回転させた次の瞬間、両手で剣を握りしめる。


「うぉぉぉぉぉぉーーっ!」


 雄叫びを上げながら、ジークはその場で急回転し、小鬼(ゴブリン)たちの胴を一気に薙ぎ払った。

 赤黒い線が走ったかと思うと、次の瞬間彼らの胴は真っ二つに切り裂かれ、血飛沫が走る。


竜巻(トルナード)


 プリメラさんの一言で私たちの前に小さな竜巻が巻き起こる。

 飛んできた小鬼(ゴブリン)の血はそれにぶつかり四散した。

 それを確認したプリメラさんが、グッと拳を握ると、竜巻も止み、残された強い風が頬を撫でていった。


 ジークに目をやると、彼の周りには二十個の小鬼(ゴブリン)だったものが転がっている。

 ドワーフの彼は、ようやく顔を上げると、周りの光景を見て、


「うわあぁぁぁっ!」


 と悲鳴を上げた。

 ジークを見上げるとガタガタと震えだし、再びうずくまる。


「もう小鬼(ゴブリン)は倒した。安心するが良い」

「うっ、うう……」


 かなり怯えてしまっている。

 私とプリメラさん、フィリパさんはジークのそばへと移動した。


 まずはドワーフの彼の怯えをとらねば。

 私は彼の背中に手をかざして祈りを唱えた。


「神……よ、そのやすらぎをもて、この者の心に……穏やかなる風を吹かせたまえ。『平静(セレニダーデ )』」


 青い光が手から発せられ、ドワーフの彼の体へと沁み渡っていく。

 つい信じてもいない神への祈りで一瞬止まってしまったが、きちんと魔法が発現できて良かった。


「……あ、あれ、俺? あ、あんた、助けてくれてありがとう! 助かったよ」


 彼はジークの手を取り、跪いて頭を下げた。


「どうしてあのように追いかけられていたのですか?」

「あぁ、砕石をしに出かけて、今日はいつもより少し奥まで行ってみたんだ。そうしたらあいつらがいつの間にか住み着いてやがってよ。手近な石だの投げてなんとか誤魔化してここまで逃げてきたんだ」

「ところであなたのお名前は? 私はエリアナ、そちらの剣士がジーク、エルフのプリメラさんと、馬商人の娘のフィリパさんです」

「俺はホシェード。集落に住む鍛冶師、ペネードの弟だ」


 そう言うとホシェードさんは、背中の斧を悔しそうに見つめる。


「少し前に、魔物にやられて逝っちまったけどな」

「そうか……この辺はよく魔物がでるのか?」

「とんでもねぇ。少し前までは岩山羊や岩ウサギなんかがその辺を歩き回ってる、のどかなところだったさ。本当にごく最近なんだ。こんなに危険な魔物がうろつくようになったのは」


 ジークは辺りを見回すが、今のところはこの小鬼(ゴブリン)くらいしかいなさそうだ。

 ジークは手を貸してホシェードさんを立ち上がらせると、


「我らは『スブソーロ』を目指してここまで来た。お主もそこの住人か?」

「あぁ、そうだ」

「では、送ろう。また魔物が出るかもしれないからな」


 こうして私たちはホシェードさんと共に『スブソーロ』を目指して歩いた。


 ◇◆◇


 しばらく歩くと、岩山の中腹に大きな洞窟が見えてきた。


「あれが『スブソーロ』への入り口だ。街はあそこの洞窟を通って地下にあるんだ」


 先頭をジークと歩いていたホシェードさんが、振り返って私たちへそう教えてくれた。

 するとフィリパさんが一歩前に出る。


「あの、ホシェードさんは、あの町に住むセルヴェージャという男性をご存知ですか?」


 そう確認する。

 おそらくこの前言っていた酒造りをしていると言った叔父さんだろう。


「あぁ。セルヴェさんとは仲良しだぞ。なんだ、知り合いか?」

「はい、姪になります」

「おお、そうか。セルヴェさんも喜ぶんじゃないか?」


 事情を知らないホシェードさんは、嬉しそうにそう話すが、フィリパさんの顔は曇る。

 起こったことを伝えることが、気が重いのだろう。


「フィリパさん、よろしければ私たちが代わりに説明しましょうか?」


 私の申し出に一瞬驚いた顔を見せたフィリパさんは、力なく笑い、それでも首を振った。


「いや、ありがとう。でもこれは父さんの娘の、私の仕事だと思うから」


 そう話す。


「分かりました。ではせめて側にいさせてください。何か力になれることもあるかもしれませんし」

「お、おい、エリアナ。私たちは旅を急がねば……」

「ここで見捨てるほどひどくはないですよ。ね、プリメラさん?」


 私の物言いに、憮然とした表情になるプリメラさん。

 彼女だってエルフの集落では、なんだかんだと私を気にかけてくれた。

 本来心優しい人だから、きっと引いてくれると思っていた。


「エリアナさん……ははっ、いつか誰かに騙されやしないかと心配だよ、そんなだと」

「あら。私を騙す気なら相当の覚悟で来ないと。何せ怖い人が二人も付いてくれてますからね」


 前をゆくジーク、後ろを警戒してくれているプリメラさんにそれぞれ笑顔を向ける。

 どちらも同じように苦笑いが返ってきた。


「あなたたちと旅が出来て、本当に良かったよ。力の強さだけじゃない、心の強さも持ったあなたたちとね」

「私たちも心はぶつかり合って、今があるんです。フィリパさんなら大丈夫ですよ。お父様も天国(そら)から見守ってくれてますから」

「父さん……そうだな、そうだといいな。ありがとう、エリアナさん」


 程なくすると洞窟の入口に差し掛かる。

 外から見ていたら真っ暗に思えた洞窟の中だったが、目の前にすると、薄暗い明かりが付いていた。


「すごいだろ? 灯りは天然のヒカリゴケを利用している。たまに灯りが少ない時は、ランタンを追加したりするけどな」


 ホシェードさんは、口ひげをゴシゴシこすりながら自慢気に話してくれる。

 ドワーフは物作りの達人というイメージがあったが、こうやって自然ともうまく共存している姿には、とても好感が持てた。

 ホシェードさんの自慢気な気持ちも分かるというものだ。

 そのまま下り坂となっている洞窟を進むと、一段明るい広い空間が見えてくる。


「あれが俺たちの街、岩窟都市『スブソーロ』だ。太陽の光をなんかの仕組みで採り入れてるらしいんだが、仕組みを聞いても俺にはよく分からん。なんでも魔術と技術の組み合わせらしいんだけどな」


 ということは、空間を照らす灯りは太陽の光ということになる。

 地底の空間に人間も暮らしているということで、日の光を浴びなくて大丈夫かと心配になったが、そういう仕組みであれば大丈夫なのだろう。


「ドワーフの街は初めて来たが、すごいな。今の太陽の仕組みと言い、家を飾る装飾に、街の中を走るおかしな形の馬車……か? 馬がいないが。見たこともないものばかりだ!」


 珍しくジークが興奮した口調でキョロキョロと辺りを見回している。

 その後ろではプリメラさんもジークのように態度に出しこそしなかったが、目は忙しく動き回っていた。


「ははっ! そう言ってもらえると嬉しいな。『今あるもので見たことのないものを』が、俺たちドワーフ族の信条だからな。あの馬のいない馬車は『車』と言って、風の魔法と組み合わせて動かしてるのさ。まだまだ試験段階だけどな」

「ということは人間かエルフが関わっているのか? たしかドワーフは魔法を使えない種族だと聞いているが?」

「あぁ。エルフの兄ちゃんが手伝ってくれてるよ。俺たちは良いものが作れれば、誰とだって手を組むからな。……おっと、別にエルフを悪く言ったつもりはないんだ。誤解しないでくれ」


 慌てて手を振るホシェードさんに、プリメラさんは怒りを見せるどころか、不思議そうな表情を浮かべるだけだった。


「そう……か。世界は広いんだな。私は、狭すぎたのかもしれない」

「そうかい? 俺たちが節操がないだけとも言えるけどな。あんまり気にすんなよ」


 この二人を混ぜておけば、案外いい組み合わせになるんじゃないだろうか?

 見ていてそんなことを考えてしまった。



 馬を預り所に預け、私たちはまずフィリパさんの叔父さんの酒造所を訪ねることになった。

 その道中、私はホシェードさんに『魂を消滅させる剣』のことを聞いてみる。


「なんだそりゃ? そんなおっかないものの話なんか聞いたことないな」

「そう……ですか。なんでもドワーフ一族の宝としてまつられてると聞いたのですが」

「一族の宝……ねぇ。だとしたら集落のお偉いさんじゃないと知らないかもしれないな」


 それは確かにそうかもしれない。

 ドワーフ族の至宝だからと言って、ドワーフ族全員が知ってる必要はない。

 むしろ知ってるものが少なければ少ないほど、秘密が守られやすいだろう。

 そうすると今度はドワーフ族の管理者、長老的な方々と会う方法を考えなければいけないかもしれない。


 そんなことを一生懸命考えていたから、私は気づかなかった。

 私たちとすれ違った、あるドワーフたちが鋭い視線でこちらを睨んできていたこと。

 そしてその一人が距離を空けて私たちを尾行してきたことに。



「叔父さん!」

「……? おぉっ、フィリパか。久しぶりだな、だいぶ大きくなって。コルセル兄貴は一緒か? 兄貴には新作の酒を試して……」

「叔父さん、ごめんね。あの、その……父さんは、死んじゃったの」

「死んだだとっ! フィリパ、何があった? 教えてくれないか?」


 そこからフィリパさんは、涙を流しながらも、しっかりとモンタリアの街に起きた悲劇のことを語って聞かせた。

 その後の私たちとの出会いも。

 私が背中をさすり、落ち着かせる。

 街に起きた悲劇から、まだそれほど時間も経っていない。

 それでも彼女はポツリ、ポツリと、話し続けた。

 自身が父の後を継いで馬商人になるため、助けて欲しいことまでしっかりと。

 セルヴェージャさんは、話を聞き終えると顔を上げ、深いため息をついた。


「そうか……。よし、俺に出来ることなら力になってやる。外ならぬ兄貴のため、カワイイ姪のためだ。うちのやつに紹介するから来てくれるか?」


 そう言うとセルヴェージャさんはフィリパさんの手を引き、奥へと連れて行く。

 ホシェードさんが言うには、奥で働いてるみんなと奥さんに紹介しに行ったのだろうということだ。

 それを待つのも何か無粋な気がしたので、あらためてこの街を出る時に挨拶することとして、私たちは伝言だけをホシェードさんに頼んでお暇することにした。



 家を出ると、突然ドワーフ五人に囲まれる。

 中には長斧をこれ見よがしに見せつけている者も。

 その先頭に立つドワーフは、一人だけ腕に腕章を巻いていた。

 何かの役職にある者だろうか?


「あんたら、少し聞きたいことがある。一族の宝を探しているというのはあんたらか?」

「えっ、ええっ! 何かご存じなのですか?」

「そうか。よし、捕らえろ。話は詰め所で聞かせてもらう」


 私の返答に我が意を得たりと、厳しい視線を投げかけ、背後のドワーフに指示を送る。

 縄を持ち、私たちへ迫るドワーフに抵抗するそぶりを見せようとした二人を手で制し、私は大人しく捕まるよう指示をする。

 きっと何かの勘違いに違いない。

 話せば分かる。

 この時はまだそう思っていたが、話はもう一段面倒なことになるのだった。


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